第227話 身分の差と及隶の役職
使用人たちにも手伝ってもらいましたが(本来使用人がやることをあたしも手伝っていた、が正しいと思う)、労おうと思ってお風呂を勧めました。でもみんな、王族の入る場所を穢すことはできないと言って断ってました。
二年目に入った三年の喪の最中の子履、子亘、子会も一緒に古い屋敷から引っ越す予定でした。子履はまた中庭に小屋を作るからいいのですが、部屋の中で三年の喪を過ごす子亘と子会のための、普段とは違う仮の狭く粗末な部屋が足りません。風呂や図書室などを作ったせいで、部屋の数が減ってしまったのです。仕方がないので子亘と子会は、普段の部屋にこもることになりました。
部屋がここにあると使用人の足音が聞こえてうるさいだろう、二階だから親に失礼にならないか(※三年の喪は本来は土の上で直接生活するものであり、親の埋められた地中を想うためのもの)と
子亘と子会の部屋は、あたしの今いる子履の部屋のすぐ隣りにあります。あ、今はもう子履だけの部屋ではありませんね。あたし、子履、
と思ってある日、朝廷を終わらせて背伸びして自分の屋敷に戻ろうと宮殿を出たところで、とある家臣に呼び止められました。誰かと思えば、朝廷にもたまに顔を出している
「ちょっといいですか」
「はい、どうかしましたか」
適当な物陰へ連れてこられると、姒通は周囲をちらちらと見て、小さめの声で話しました。
「
「及隶のことでしょうか?はい、同じ部屋で暮らしています」
「私は及隶の上司にあたります。陛下とご結婚なさるとの噂もあるあなたのようなお方が身分の低い小役人をそばに置きますと、その小役人に対して周りが恐縮するようになります」
「あー‥‥」
確かにそうです。これも身分の差ってやつでしょうか。この世界では身分の差というのは、あたしが思った以上に意識されているかもしれません。例えば商丘の厨房では子履との関係を意識されたあたしは簡単に料理長になれましたが、あたしのことを知らない
とはいえ、及隶はあたしの大切な後輩ですしあまりみすぼらしいところに住まわせたくないというのも本音です。
「分かりました。陛下と相談いたします」
「できるだけ早くにお願いしますね。及隶を妬む者がいて、
「ご忠告ありがとうございます」
丁寧に
◆ ◆ ◆
当然のように土の中を潜って子履の小屋に入ったあたしは、早速このことを相談してみました。
「これは相当に深刻な事態かもしれません」
子履は険しい顔で腕を組みます。え、そんなに悩むほどのこと‥‥いいや、確かに大切な話ではありますが。
「前世の中国では、多くの優秀な家臣が罪もないのに次々と殺されていきました。そのせいで滅んだ国すらあります」
「ええ‥‥」
「だから讒言の対処は早いほうがいいのです。特に及隶は体も小さいので、簡単に暗殺できます」
「暗殺って大袈裟な‥‥」
ですが中国史に詳しい子履に対してあたしは反論する言葉が見つかりません。「そのとおりですね‥」と、無意味にうなずきました。
「及隶はやはり、別々の部屋に寝かせるしかないでしょうか?」
「いいえ、私と婚約しているあなたととても仲のいい人を身分の低い職に置いていることが問題なのです。少しでも目を離すと危険です。皇后に付き添って身の回りを世話する役職を作って、及隶を任命するのです」
「ええ‥‥」
後輩とはいえ及隶に身の回りの世話をされるのは、どうにも違和感があります。
「及隶が仕事で失敗したことがないという話を聞いたのですが、あれもやっぱり周りが及隶を評価する時に萎縮してるんでしょうか?」
「いいえ、私も姒通から聞きましたが、あれは本当のことらしいです」
ついでにしてみた質問ですが、これもやっぱり、変な感じのする答えをもらいました。
◆ ◆ ◆
亳の街も前よりはにぎやかになりました。
あたしは
「どの本を読むっすか?
「ああ‥及隶、手が届かないでしょ。あたしが取るよ」
そんな及隶は、あたしの荷物をほとんど持っています。荷物といってもバッグです。さすがに財布は及隶に持たせられませんが。そこまでしなくても今まで通り及隶も手ぶらでいいのにって2ヶ月くらいかけて毎日言ってましたが聞いてくれないので、あたしはもう諦めています。
そんなあたしにはもう1人、同行者がいます。
「そのような小さい
「
そうです。あたしは今、簡尤と一緒に街を見て回っているのです。今年に入ってから、月に2,3回散歩するようになりました。実際の街を見ながら政策の話をするのが当初の目的でしたが、今はこうして世間話もしています。
「いいえ、あたしの好きな作家の新作がないかと思いまして」
「おお、お好きな作家がいらっしゃいます?」
「はい。
「小耳に挟んだことはあります。面白いのですか?」
「はい、面白いです。前回は
「興味あります」
そうしてあたしは莱朱の本を探します。新書は前世と同じように、平置きされています。そこから探してみます。あ、あった。
「ん‥‥これは小説のようですね」
その本は、表紙に『二春録』と大きく書かれていました。前回と同じく、薄めの本でした。中をばらばらとめくってみると‥‥うーん‥‥?どうにも、とある国の女王が家来の女の子に恋をして、追いかける内容です。‥‥ん?いやにピンポイントではないですか。え、この女王は家来の水着を盗んで毎日大切にしてるのですか?他人の水着をずっと持っているって相当な変態ですね。ちょっと友達にはしたくないタイプの人かな。
「どうですか?どんな感じの内容ですか?」
「ははは‥‥えーっと、低俗です」
莱朱もこんな話を書くんですね。あたしはその本を戻して、そそくさと書肆から出ました。
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