第225話 三年の喪、最初の正月

いつもの小屋で、あたしは姬媺きびと話したことを子履に伝えます。


「3人はお元気にしてましたよ。終古しゅうこさまは親をなくして三年の喪に服したばかりだそうです」

「それでは私と同じですね」

「はい。推移すいいさまと大犠だいぎさまは卒業してすぐ結婚するおつもりだとか」

「まあ‥‥」


子履しりが頬を赤らめて止まってしまったので、あたしは話題を変えます。


そうの国で気になったことがあります」

「何ですか?」

「曹王さまとお会いする前日、亭にいたときに趙旻ちょうびんさまが会いに来てくださいました」

「はい」

「ですが翌日趙旻さまにお尋ねしたところ、会いに来られたという記憶がないと」

「えっ」


本当は姬媺から『友達になりたかった』と言われていなかったという話もしたかったのですが、去年のことであたしも記憶に自信がないので言わないでおきます。あれもあたしは確かに言われたはずでしたが、姬媺たちが一斉に首を横に振るとこちらも不安になるものです。


「不思議な話ですね」

「でしょう?不気味でしたよ」

「そのようなの話は聞いたことがあります。私自身が体験すれば怖いと思いますけど」


子履は平然としていました。もう何を話しても驚かないんじゃないでしょうかと思うくらい、平然としていました。子履は打たれ弱いと思いきや、たまに配慮しているあたしが馬鹿らしいと思うくらい平然としてる時があるんですよね。


「ところで」と、子履があたしの顔をましまし見ます。え、何、何ですか。子履はかわいいって思ってますけど、そうやって近寄られると恥ずかしくて、その。


「その髪飾り、伊纓いえいからもらったものですよね」


あ‥そういえばあたし、しばらく前から髪飾りをつけていたのでした(※第87話)。伊纓からもらった、あたしの本当の母の形見らしい髪飾りをつけていました。


は前世でもオレンジ色が好きでしたね。今でもなつめが好きですし」


子履の言う通り、髪飾りはオレンジ色の立派な花の作り物になっています。最初に伊纓からもらったときはチューリップのような形だと思っていましたが、今見るとコスモスが大きくなったようで、チューリップというよりは少し平ぺったい形状に近くなっています。多分、大切に保管しようと思って入れた箱が小さすぎて、花が少し開いてしまったんですね。


「似合ってますよ、摯」

「ありがとうございます」


子履に容姿をほめられるのってもしかしてこれが初めてでしたっけ?と思うくらいに、子履の言葉は純粋で飾り気のないもののように聞こえました。あたしは正座したままいくらか後ろに下がります。「どうして遠ざかるのですか?」と言われたので、「何でもありません」と答えておきます。


「でも、私の髪飾りを一緒につけるという約束が守られてないですね」

「ええ‥‥」


髪飾りを2つ同時につけるなんて聞いたことないですよ。


「まだ髪の毛がそんなに長くないので‥‥」

「関係ありません」

「‥‥‥‥‥‥‥‥分かりました」


子履が頬を膨らましていたので、あたしは仕方なくうなずきます。


というわけで三年の喪にかかわらずまた土を掘って外出した子履に無理矢理つけられる形で、あたしの母?の形見よりは少し小さめですがオレンジ色のマンゴーのようなかわいらしい球のついた髪飾りをつけました。母の形見のすぐ下につけました。

「喪が終わればちゃんとしたものを用意します。国費で」と子履が言ったので「徐範じょはんさまに叱られない程度でお願いします」と答えました。一体何を買うつもりなんでしょうね。


◆ ◆ ◆


子履が三年の喪に入って最初の正月が過ぎました。いろいろな家臣と挨拶したり、簡尤かんゆうと一緒にんだりしますが、やっぱり王様が喪中なので家臣たちも遠慮しているのかどの宴会も控えめでした。

でもあたしにとっては新鮮でした。あたしはこれまで、しんの国では料理人、しょうの国ではまだ成人していない子履の婚約者として過ごしてきましたが、家臣という立場で正月を迎えるのは初めてです。去年も婚約者という立場からいろいろな人と会いましたが、今年は特に多くの家臣や家族と会わされた気がします。


「うちにも伊摯様と同じくらいの娘がいるんですけど、内気で困ってるんですよ」


経済の本でわからないことがあったし正月だけどいいよねと思って簡尤の家に行ったのが間違いだったみたいで、この家で2回目の宴会に付き合わされているときに、簡尤が連れてきた家臣にこう言われました。宴会といってもこの世界では建築物だけは中世のドイツだかフランスだかにあるレンガ仕様で、テーブルもまるいものにきれいで白いクロスがかけられているのですが、あたしと同じテーブルに座っていた嬀允きいんという家臣がこう切り出してきました。


「コミュニケーションがうまく取れないのでしょうか?」

「いえ、話すことはできるんです。ただ、人見知りのようで」


なますをフォークでゆっくり刺してすくい上げるように持ち上げるという古代中国におおよそないような食べ方をしながら、嬀允は苦笑いしました。


「仕事仲間と話せないのでしょうか?」

「最低限の会話はできていますが、友人が作れないみたいです。特に最近は仕事上憧れの人と会うこともあるらしいのですが、全然話せていないそうで」

「友人が作れないとつらそうですね」


あたしは少しの間黙って、鱠をご飯にかけて食べていましたが‥‥会話が止まってしまってます。よく見ると、嬀允も何か言いたそうだけど言えないというふうに、ちらちらとあたしの様子を見ていることに気づきます。ああ‥‥そういえばあたしのほうが身分が高いのでしたね。嬀允は朝廷に毎回出るような人ではないですし、あたしは王様の婚約者ですし、嬀允もいろいろ様子を伺っているように見えます。頭では分かっていても、あたしのほうも遠慮してしまうんです。この世界では年齢の高いほうが偉いという常識もあるのですが、両者は矛盾しています。どうすればいいかわからないこともあって、ついついあたしのほうが一歩下がってしまうんです。


「その娘のお名前は何と言うのでしょうか?」

じょうといいます」


その名前に、あたしは聞き覚えがありました。


「もしかして、ツインテールのおさげの子ですか?」

「それです。お会いなさいましたか」

「はい、おっしゃるとおり遠慮がちな子だと思いました」


何かに付けてちらっと姿を見る程度ですからどういう子なのかあたしはよく分かっていません。嬀允から、嬀穣の趣味や好きなものを一通り聞いておきました。


「あこがれの人、ですね‥‥」


あたしには目標があります。子履の役に立ちたいのです。あたしは簡尤のことを尊敬してますし目標にしたいのですが、それは家臣としての話です。人生を通して、この人のようになりたいと思える素晴らしい人格を持った人物に、あたしはまだ出会っていません。もしそういう人がいたら、あたしはどのように感動するんでしょうか。嬀穣はあこがれの人に対してどういう感情を抱いているんでしょうか。いろいろと想像が膨らみます。


◆ ◆ ◆


というわけで建卯けんぼうの月になりました。予定より早く工事が終わって、あたしと子履の住む宮ができたので、早速及隶きゅうたいと一緒に駆けつけてみます。子履の希望通りに控えめな建築ですが、やはり家臣と同じレベルにはできなかったらしく、きれいでぴかぴかな塗装が入っていました。

建設を担当した役人と少しばかり挨拶して、宮の中に案内されてみました。

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