第208話 商の朝廷に出ました
子履はあたしとは別の部屋で1人だけで暮らしています。屋敷の奥にある、小さめの部屋だそうです。あたしもその部屋に挨拶に行こうとしたのですが、使用人に止められたので一度も行けていません。
曹の国の王様は家臣よりも遅く出勤するのがお決まりだとこの前
宮殿の大広間では、家臣たちのいるスペーズよりも王様の座る椅子がある場所のほうがちょっと高くて、その間には数段の階段があります。陛下の「
子履と直接話すのは、もしかしたら子主癸が死ぬ前以来かもしれません。子履は大広間であたしと2人きりということにまだ気づいていないかのように、ひたすら本に視線を落としています。
「あの‥」
あたしが声をかけるのと同時に、大広間のドアが勢いよく開かれます。
「あー、遅れた遅れた!」
簡尤でした。遅れたといっても、あなた3番目ですよ。子履とあたしに次いで3人目ですよ。他誰もいませんよ。何かをやりきったように満面の笑顔で入ってきた簡尤は、「おっ」とあたしに気づきます。
「いらしていましたか、
「その呼び方はやめてください。まだ結婚もしてないですし」
「失礼しました。昨日、
うん。ってことは、今日はたまたま運が良かっただけで、あたしと子履が2人きりになれる機会は早朝の朝廷ではないってことですね。よく考えてみれば、さっき子履があたしと2人きりになっただけでは特に反応せず本に集中していたのも、こうなることが分かっていたからですね。あたしは「はぁ」とため息をついて、肩を落としました。
「ああ、
小声であたしに忠告してきます。うわー。それを言うなら簡尤ももうちょっと子履に配慮して静かに入ってくださいよ、と思わずにはいられませんでした。
◆ ◆ ◆
朝廷は小難しい話も多くて退屈です。隣国からまた食糧の依頼が来て、でも商にとっても食糧は必要だから、子主癸はこう考えていただの、子履はどう考えるかだの。あたしも意見を言うことはあります。簡尤も、あたしに遠慮せずにと言って直接発言させてくれますが、よく横槍を入れてきます。
問題は、子履の顔色が日に日に悪くなっているように見えることです。子履の話す言葉にも力が入っていません。三年の喪では粗末な食事ばかりを摂ります。毎日、元気がないように振る舞うことを強制されますので、演技なのか本当なのか判然としません。声のトーンも落ちてきていますし、顔も悲しそうです。
あたしも含めて家臣が話している間、子履はずっとうつむいていることがあります。家臣と目を合わせません。見ているこっちが心配です。でも他の家臣たちはまるで何事もなかったかのように、平然と議論を続けます。そんな人たちが非情に見えましたが‥ただ、あたしにもどうすればいいか分かりません。
「簡尤様」
ある日の朝廷の終わりに、大広間から退出する家臣たちに紛れて、あたしは尋ねてみました。
「陛下が弱っておいてですが、気にならないのですか?」
「三年の喪ですからね」
簡尤は、まるでそれが当たり前のことのように流します。いらついてしまうものでした。
「心配にならないのですか?」
「あれだけ親を慕うのが美学というものですからな。もちろん病気になるようでは困りますがな。今は自分のことを考えたほうがいいですぞ」
簡尤はふところから本を一冊取り出してあたしに手渡します。経済の本でした。
「まだ難しいかもしれませんが、字の練習だと思ってお読みになるのですぞ」
あたしはその本だけを持って、呆然と立ち尽くすことしかできませんでした。
◆ ◆ ◆
宮殿は急造ですがわりとすぐできそうです。しかしまだ新しい屋敷はできていません。仮の屋敷のこの部屋にあるベッドは、あたし1人分しかありません。新しい屋敷ができる頃には、三年の喪も終わっているでしょう。
あたしは、窓辺にある机に本を置いて、椅子に座ります。部屋にはあたし1人だけです。窓から差し込んでくる光が部屋を照らしていましたが、それは窓の近くだけです。向こうにあるドア周辺は日陰になっていて、うすぐらいです。それを見ていると、あたしは急に感傷にひたらされます。簡尤からもらった本を見る余裕なんてあるはずがありません。
ドアのノックがします。あたしはぴくっと立ち上がりますが‥「入るっすよ」という声がしたのでため息をついて、ゆっくりと座ります。
「センパイ、最近元気がないっすよ」
「え、そう?」
及隶は、机のそばに置いてある小さい階段を使って、あたしの机の端にお茶を置きました。そのうちの1つを引き寄せて飲んでみます。なんだか落ち着いたような、甘い味がします。
「毎日のように、こうしてぼうっとしてるっすよ」
「え、そうだったっけ?」
「お嬢様が落ち込んでて悩んでいるっすね」
及隶は、あたしの座っている1人用の椅子に割って入りました。あたしがお茶をもう1つ引き寄せると、及隶はそれをつかんで少し飲みます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます