第209話 3ヶ月ぶりに子履と話しました
こんなこと
「
「でも陛下を手伝うことは間接的に先王のためにもなるっすから、そこまで間違ってるわけではないっすよ」
「そうかなあ‥」
そこまでいって、あたしはお茶を飲みます。苦くて甘い味が口の中に広がります。
「履様が三年の喪に服すようになってから、日に日に顔色が悪くなってるの。十分な栄養が取れてないと思う。このまま3年間も痩せていく履様を見るのがつらい。先王の件も含めて、あたしってやっぱり無力だと思う。一応、
「センパイにしかできないことがあるっすよ」
「
「冗談じゃないっすよ。陛下のそばに寄り添えるのは、九州の中でセンパイ1人だけっすよ」
確かに‥子履とあたしは前世で一緒にいたらしいですし、子履にとってあたしは一番頼りになるのかもしれません。
「でもあたし、履様とはまだ話せてないよ。話そうとしても周りが邪魔するし、料理も粗末なものしか作れないし」
「隶に考えがあるっすよ」
「えっ?」
◆ ◆ ◆
その日はもう遅かったので翌日、あたしは久しぶりに厨房へ顔を出します。
「お久しぶりです、
あたしに真っ先に話しかけたこのおじさんは、今は料理長であるあたしの代理をしています。あたしが政務で厨房をあけることが多くなった後も、すごくお世話になっています。
「お久しぶりです。ところであたし、今夜の履様の食事を作りたいのですが」
「はい、それでしたらあちらへ。お手伝いは2人でいいでしょうか?」
「いいえ、どうせ簡単な食事ですしあたし1人でやります。1人だけでやりたい気分です」
「分かりました」
あたしはマスクをつけて、帽子をかぶって、割烹着に着替えると厨房の片隅にあるテーブルを借ります。お米を炊きます。簡単な吸い物も作っておきます。そういえばあたしが
子履の部屋へ運ぶのもあたしがやろうとしましたが、使用人に止められます。「高位の方が運ぶに及びません」まあ、いつものことです。去年の夏休み、子履の妻として扱われるようになったあたりから、本当にあたしへの扱いが慎重になっている気がします。まあ変に疑われるのもよくないですから、「ありがとうございます、お願いします」と無難に言っておきます。
食事を運んでいく使用人の背中を眺めながら、子履はあの手紙に気づくか、そしてちゃんと読んでくれるか、間違って飲み込んだりしないかなどと不安に思っていましたが‥‥さっそく翌日には動いてくれたようです。早すぎだろ。
念のため、中庭で小さい小屋を作っている人に尋ねます。
「もし、何の小屋を建てているのでしょうか?」
「ああ、陛下が土の上にこもりたいとおっしゃるから、こうして建てているんですよ」
「なるほど」
何事もなかったようにそこを離れるあたしは、心のなかでガッツポーズをします。子履が三年の喪でこもっている部屋は屋敷の一室で、床があります。死体は土の中に埋めるもので、つまり建物の外に埋められます。それがこの世界の人にとっては、親が家の外に追い出されて寂しがっているように見えるのです。なのでそれを悲しむために、子は土の上で過ごすことになりますが、それは通常の三年の喪の話です。子履ほどの身分の高い人になると、さすがに土の上には置けないと家臣が言い出すのです。あたしも子履には少しでも快適に過ごしてほしいから子履を普通の部屋に置く案に賛成したのですが‥‥土でないといけない理由ができてしまいました。及隶の策です。
◆ ◆ ◆
夜になりました。あたしは人目を盗んで、2階の部屋の窓からこっそりこっそり下に下ります。暗闇の中で人目がないのを念入りに確認すると、近くの林の茂みに入ります。しゃかんで土に手を当てて、呪文を唱えます。
そうです。あたしの魔法の属性は
土がめくれます。大丈夫。大丈夫だ。見えないドリルが穴を開けて、土がめくれる速度が強くなっていきます。1分くらいで深そうな穴ができたので、その中に入って
「んー、どうだ!」
だいぶ掘り進めた後、あたしは地面から首を出します。果たしてそれは、子履の入っている小屋の中でした。子履がいます。1人でいます。どこだと腕と手を取り出して振り返ってみると、後ろにいました。
「あっ、履様‥」
子履の顔を見上げて、あたしは気づきます。唇をかみしめて、目からぼろぼろと涙を落としています。時は
子履があたしの首をつかもうとするので、あたしは「待ってください」と、いったんのぼって穴から出ます。出た途端、子履が後ろから抱きつきます。顔は見れませんが、声を押し殺しているのが分かりました。背中にとても熱いものが押し当てられています。
「つらかったですか?」
「‥‥もちろんです」
振り返る隙もないくらいに、子履はとにかく強く抱いてきます。そういえば、と今更になって思い出します。子履、あたしと2人きりになるのあんなに嫌がっていつも及隶をそばに置いていたのに、こういう時は平気なんでしょうか。子履が気づいてないだけという可能性もありますので、触れないでおきますか。
子履も一通り落ち着いたようなので、あたしは体の向きを変えます。子履を抱いて、背中を撫でます。
「本当に‥本当に
「はい。話すのも3ヶ月ぶりですね」
「家の人がみんな、私と摯を引き合わせないようにしてるのです」
「ああ、やっぱりですか」
恋人も立派な娯楽ですよね‥‥。でも、三年の喪は建前のうえでも親の死を悲しんでいることになっています。そんなときに恋人の支えすら許されないなんて、この世界ってどこまで厳しいんでしょう。
「三年の喪なんてやめればいいのに」
あっ。つい思っていることが口に出てしまいました。これでも子履、頑張って服しているのに失礼なことを言ってしまいました。
「私もそう思います。こんな制度はやめて、代わりに入浴と歯磨きと散髪を定着させるべきです」
でもどうしようもない、という言葉が言外にあるような気がして、あたしは思わず子履の頭を撫でます。やっぱり汗でギトギトでした。お風呂も許されていないのでしょう。
「体は洗ってますか?」
「週に一度、川の水を浴びるくらいしか」
「食事はとれてますか?」
「少ないです」
「ですよね‥明日お持ちしましょうか?」
「欲しい‥と言いたいところですが、私の顔色が元に戻ると周囲から悲しまれないと思われるでしょう」
「そうですか‥‥」
やっと子履はあたしから離れます。穴を掘って進んでいたあたしの服の土がうつっていますが‥もともとここ土の上ですし、子履も粗末な白い服を着ているのであまり問題はなさそうです。
「毎日来てくれますか?私、もう耐えられなくて」
「都合を作って、必ず来ます」
「私が寝ていたら、起こしてください」
「深夜でなければ。その時は置き手紙しますね」
子履はもう一度、頭をあたしの胸に預けます。
「摯がいるだけで安心します」
「朝廷でも会っていたじゃないですか」
「こうして話したかったのです。前世でいろいろありましたから、今は‥摯を離したくないのです」
とにかくつらいんですね。積もる話もありましたが、今日はさっき子履に抱かれる時に時間を浪費してしまいましたからあまり話せなさそうです。あたしはひたすら子履の頭を撫でていました。
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