第210話 子履のためにできること
でも食事をなんとかできない以上、
そう思ってある日の朝廷に出てみると、子履は一度もあたしと目を合わせませんでした。いつも通りですね。でも子履の言葉は前より少し長くなったような気がします。以前よりも、家臣の言葉をしっかり聞いて述べているように見えます。そのことを夜に聞いてみました。
「私はこの国の王ですから、しっかり仕事しなければいけません。
「そんな大袈裟な‥‥」
あたしは言葉に詰まります。そういえばあたし、朝廷に出るようになって最初の頃は積極的に発言していたのですが、今は
猫のようにあたしにひっつく子履の背中を撫でながら、あたしは小さい決心を心にとめるのでした。
と思ったら、あたしがまた穴に入って帰ろうとする時に、子履は声をかけてきます。
「ひとつお願いがあるのですが‥」
「どうしましたか?」
「その‥」
子履は気まずそうに目をそらします。袖で口を隠します。
「‥‥‥‥パンツをください」
「えっ?」
「あの‥‥‥‥私、おもらしをしてしまいまして」
「それはよくないです、すぐ替えを用意して持ってきます」
気付かなかったです。お風呂に入っていない子履は匂いが強いので気付かなかったです。
「待ってください。摯もパンツ1つのために往復するのは大変でしょう?」
「いえ、履様のためなら‥‥」
「ですから、その‥今穿いてるパンツで十分です」
あたしはどきりとします。あたしのパンツを子履が穿くんですか‥‥?え、今?ええ?確かにサイズは違いますが、あたしのが少し大きいくらいなので穿けないことはありません。
「ほ‥本当に大丈夫ですか?無理なさってないですか?」
「大丈夫です」
「確かにおもらしは気持ち悪いかもしれませんが‥あの‥もう少し我慢できませんか?」
子履は静かに首を振ります。うつむいて、髪の毛いっぱいの頭をあたしに向けながらでした。子履はポニーテールで、後ろ髪を大きなリボンでまとめているのですが、肩にかかって揺れる髪の毛がきれいに見えてしまいます。
「‥‥分かりました、その、向こう向いてくださいね」
「もちろんです」
子履はあたしに背を向けます。あたしはなぜか無意味に昂る興奮を抑えながら、漢服の中に手を伸ばして、そーっとパンツを脱ぎます。やっぱりなんですが、あたしも毎日穴の中を四つん這いで進んで子履のところへ来ているので、汗でしめっています。さっきお風呂で着替える時にパンツを替えたばかりなので、あまり汚れているとは思いませんし、子履にパンツを渡してもいいと思った理由の1つでもあります。‥‥‥‥決してあたしもおもらししたわけではないですが、こんなものを子履に渡していいのかと‥‥不安になります。
「あの‥これで大丈夫でしょうか?」
「脱ぎましたか。はい。大丈夫です、ありがとうございます」
「洗いますから明日返してくださいね。サイズもあわないでしょうし」
「もちろんです」
あたしはそのまま戻りますが‥‥あたしのってくさくないんでしょうか。あのにおいのせいで子履はあたしのこと嫌いになったりしないんでしょうか。もやもやします。
‥‥まあ、穿くならにおいなんて気にならないでしょう。普通は。明日から子履の分のパンツを持っていきましょう。毎日持っていきましょう。
◆ ◆ ◆
翌日から、あたしは部屋で、
でもさぼることはありません。あたし、子履の役に立ちたいんです。少しでも、子履の国のために力になれたら。
‥‥なーんて思ってましたが、この言葉、分からないんですよね。単語の意味はつかめますが、文章として繋げると意味が分かりません。簡尤に聞きましょうと思って本を持って立ちますが‥‥‥‥‥‥‥‥子履との話題は多いほうがいいかもしれません。いやいや、やっぱりこういうことは簡尤のほうが詳しいです。‥‥‥‥簡尤に聞いた後で、ちゃっかり子履にも聞いちゃいましょう。
さて、早速簡尤の屋敷まで歩いていって、通してもらった応接室で聞いてみます。
「簡尤様、以前いただいたこの本について質問があるのですが」
「ああ、難解かと思いますが、それが出せる中で一番簡単な本なんですよ。読めない字や分からない言葉でもありましたか?」
「それが‥‥この、物の値段が釣り上がるのはこれから大きな災害が起きることを示しているという記述ですが、逆じゃないですか?」
「王に至らないところがあると、天が怒って災害をもたらします。ものの値段が上がるのは王の政治が間違っているしるじであるのと同時に、災害の前兆でもあるのです」
うん、言ってる意味が分からない。経済の本にそういう宗教とか信仰的な話を混ぜるなよ。ここは穏便に、この世界の常識にあわせていくのが処世術というやつでしょうか。
などと考えていると、簡尤があたしの顔を覗き込みます。
「何か言いたいことがあるのでしょう?」
「ありませんよ」
「絶対あるでしょう。朝廷の時みたいな邪魔はしませんので、言ってください」
「ああ‥‥はい。いや‥‥やめときます」
「本当に?」
「‥‥王の政治の出来と災害は全く関係ないと思います」
それを聞くと簡尤は笑って、「さすがに関係ないときもあります」と言いました。
「『需要』と『供給』がありますよね。ものの値段はそれでバランスを取っています。このバランスが崩れると、インフレやデフレが起きます。例えば王の政治が原因で食べ物の供給を減らしてしまうと値段も上がってしまうわけで、例えばこの本のここに書かれているとおりに平民にお金を配ってしまうと、逆にインフレが強くなりますよね。特に食べ物のような生活に密着した物資の供給には敏感です。なのでここの記述にも賛同はできませんが」
そのあともあたしは一通り本の内容について話します。宗教的な要素もありますが、全体的に前世の高校で習ったこととあまり違いはありません。簡尤はしばらくうんうんとうなずいた後、「もうちょっと難しい本のほうが合っているようですね」と言って、応接室を出ます。
少しして戻ってきた簡尤は、何冊かの本を持っていました。それをあたしに渡した後で、簡尤は尋ねます。
「私からも一つ質問していいですか?」
「はい」
「インフレ、デフレとは何ですか?」
「ああ‥‥」
この世界では横文字も普通に使われてるのであたしもナチュラルに使ってしまいましたが、専門用語の横文字はあまり普及してないと思ったほうがいいですね。あたしはそれをそうやって説明しますが‥‥簡尤は「なるほど、その状態に名前があるのですね」と食いつきます。
「その2つの言葉が載っている本を今度紹介してください」
「は、はい‥」
そんな本、この世界にはないんですよ。どうしましょう。助けてください履様。
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