第27話 正月になりました
この世界では、年齢の数え方が前世と違います。0歳とは言いません。生まれた瞬間に1歳になります。そして誕生日もさほど重要なものではなく、正月が来るごとに年齢が加算されます。日本の数え年と似ていますね。
なので、これまであたしは7歳と言っていましたがこれも虚歳で、前世の日本基準ですと6歳と半年くらいです。
うん、2月を春と言える勇気はどこから来るんでしょうか。おもいっきり寒いんですけど。
「ここ数年、夏も冬も寒い日が続いているらしいっすね」
及隶も他の人も同じようなことを言っていました。あたしや及隶が物心付く少し前から比較的涼しかったり寒かったりする日が多かったらしいのです。あたしははじめ、この世界には産業革命も地球温暖化もないから前世より涼しいのだと思っていましたが、どうやらそうでもなかったようです。何年か前までは暑い日が何度も続くことも普通にあったらしいです。初めて知りました。今年最初に得た知識です。
この世界の神話では、王様が悪いことをすると天候が変わり、作物が不作になったりするなどという話も多いんですよね。と、正月早々縁起でもないことを言ってしまいました。今あたしは、厨房でてんやわんやです。正月なのでめっちゃ忙しいです。ゆうべ寝るときも子履にお願いして、庶民でも気軽にあたしを叩き起こせる宿舎で寝かせてもらったほどです。といってもみんな、公族の婚約者のあたしに遠慮して叩き起こしてこなかったんですけど、代わりに及隶が早めに起こしてくれました。持つべきはかわいい後輩です。
猫の手も借りたいくらいです。厨房では、らしからぬ怒号もまじります。
「人参はどこにやった?」
「あそこだあそこ、おい持っていくな!」
まだ
さすがに正月の食卓は子履1人というわけにもいかず、
テーブルの上には豪華な料理が並んでいます。
子主癸とその家族だけならこの空間にあたしも入れたと思いますが、ここには親戚もたくさんいますから、まだ結婚していないあたしを入れる道理はないでしょう。
あたしはキッチンの後片付けの指揮を引き継ぎの人に指導しながら終わらせると、他の料理人たちが荷物をまとめる中には加わらず、厨房の端にある椅子に座ってその様子を眺めていました。
あたしが料理人でいられるのもあと1週間です。まあ学園を卒業したらすぐ復帰するつもりでいますし、
こんな寒い日は温かいお風呂に入りたいものです。そういえばタオルは毎日変わるのですが、朱色のタオルの色は変わりません。もう1つのタオルの色だけが日替わりです。子履もそこまであたしに配慮してくれているんだなあ、と思いつつ、なんとなく毎日その朱色のタオルを及隶に使わせています。
◆ ◆ ◆
3日すると親戚たちが、家の遠い順番で次々と帰り始めました。5日目にはやっとほとんど撤収してくれたので、あたしたち料理人の仕事も楽になりました。同時に厨房で、あたしのグループの子たちが集まって、あたしと及隶のささやかなお別れ会です。
「
「みんなありがとうございます!この味付け、すごくいいですね!」
あたしは及隶と一緒に、遠慮なくいただきます。公族の婚約者になってからみんなに遠慮されることが増えたので、あたしも変に気を使わせないよう、できるだけ丁寧に振る舞います。
同じ年の子が尋ねてきます。
「斟鄩でも料理は続けられますか?」
「学費を稼ぐためにバイトするつもりだよ」
「でしたら、斟鄩に私の知り合いがいますので、その店で働いてみませんか?」
「わあ、ありがとう!ぜひ!」
「待ってください、今メモを書きます」
これで斟鄩のバイトも安心ですね。いたれりつくせりで嬉しすぎます。
さてそのお別れ会も終えて、あたしと及隶は子履の部屋に戻ります。親戚が多くいる間は2階で寝るわけにもいかなかったので、子履の部屋に来るのは実は5日ぶりなのです。火鉢のきいた暖かい部屋です。ふう、ぬくい。
子履が濡らした熱いタオルを手渡してきます。
「まだ親戚が2人残っておりまして、お風呂に入れられない日が続いてしまいごめんなさい」
「いいえ、庶民がここの風呂に入れて立派なベッドで寝かせてもらえるだけ、すごくありがたいです」
「婚約者にしては粗末すぎますが‥」
「お気になさらず」
そうしてあたしは部屋を出ていく子履を見送りますが、ドアが閉まる直前に及隶があたしに声をかけます。
「タオル交換するっす!」
「あっ、
子履からあたしに手渡された朱色のタオルを、及隶の緑色のタオルと交換します。それを聞いたのか、子履がまたドアを開けて尋ねてきます。
「どうされましたか、履様」
「‥‥
「あっ、最初に及隶が青いタオルは嫌だと言って交換してまして、それ以降ずっと朱色のタオルは及隶に使わせています」
「そうでしたか」
ばたんとドアが閉まった後、少しして子履のすすり泣き声が聞こえてきます。え、何があった?あたしは急いでタオルで体を拭いて、服を着てからドアを開けます。
「履様、どうなさいましたか?お怪我でも?」
「‥いえ、何でもございません」
子履は涙を流してひどく元気がないように見えました。えっと、あたし何かしたんでしょうか。何度か聞きましたが、子履は答えてくれませんでした。
そのあと寝ましたが、それでも子履はベッドの布団に丸まって泣いている様子でした。どうしても気になったので、あたしはこっそり子履のベッドまで行って、布団の上から背中をなでてあげます。
「‥‥っ!」
子履は驚いて飛び上がり、あたしの姿を認めると、ばつが悪そうにうつむきます。
「‥‥今は来ないでください」
「泣いている人は放っておけないです。何かありましたか?」
「‥‥‥‥私的なことです」
「‥何かありましたらあたしに声をかけてくださいね」
そう言って、自分のベッドに戻りました。さすがの子履にも、あたしに言えないようなことがあるんですね。
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