第118話 料理長になりました

なにはともあれ、厨房!まな板!包丁!鍋!食材!料理人たち!えへへ、あたし晴れて料理人に復帰しました。なんかこうして改めて厨房を見回すと、清々しくて、自分の家のようになつかしくて。ここに戻ってきたんだなーって感じがします。この復帰のために1人死んだのは複雑な気持ちですけど。


「あ、様の婚約者とかあたしは気にしてないので、今まで通りの態度でお願いします」


頭と口を布で包んだあたしが言うと、料理人たちは素直にうなずいてくれます。あたし、料理長とは呼ばれていますが、厨房の中でも5人のちびっこ料理人グループのリーダーなんですよね。5人たちはあたしを取り囲んで、わいわい騒ぎます。


リーダー、お久しぶりです!」

「心配してました!」

「また一緒に料理できて嬉しいです!」


半年以上一緒に料理してきたのでそれなりに仲良くなったかなと思いましたが想像以上でした。そうやって少しの間わいわいやっていると、他のグループのリーダーたちが全員集まってきます。全員です。2~3人ならわかるのですが全員です。一人残らず全員が、あたしに頭を下げます。


「お願いします、厨房全体の料理長になってくださいませんか?」

「‥‥‥‥ん?」

「私たちで話し合ったのですが、歳の差こそあれ、将来王様の皇后となるべきお方を下の身分に置くことはどうしてもできないので、この厨房全体の料理長になってほしいのです。難しければ名前だけでもいいので」

「‥‥‥‥え、ええっ!?」


いやいやなんですか。あたしの身分の話がこんなことになっていたんですか。でも‥‥他の料理人たちを恐縮させると厨房全体の効率が落ちますし、それにあたしは前世で何度かリーダーをつとめた経験もありそんなに難しそうだとは思いませんでした。ああ‥‥確かにあたしは前世の記憶があるので、年齢に対して異常なほどリーダーシップがあるのかもしれません。


「わかりました、ただしみなさんはあたしに従ってもらいます。今の料理長はどなたでしたか?」


すると1人が手を上げました。おじさんくらいの年齢でしたが、見るからに優しそうな人です。あたしはその人の両手を握ります。


「初めまして。これから短い間だけになりますが、副料理長をお願いします。一緒においしい料理を作りましょう!」


◆ ◆ ◆


他のグループの料理人たちがみんな頭に布を巻いていなかったので、巻かせました。「髪の毛や唾液が落ちますから」と説明すると、渋々ではありますが巻いてくれました。もうこれはほんとに子履しりに法律として整備してもらいたいレベルです。

1ヶ月ぶりの料理です。あたしは張り切って魚を切ります。うん、1ヶ月前の感覚をまだ忘れてないようですね。今日もお客様が来てますから、どんどん作っていかないといけません。いやー、疲れますね。でもこうしてみんなと一緒に仕事できるのは本当に幸せですからね?


いつもの調子で夕食分の仕事を終えて他の料理人たちとわいわい話しながらまかないを食べていると、使用人2人が走ってきます。何事かと思うと、1人が言います。


子履しり殿下が一緒にお食べになりたいと申しておりまして」

「ああ‥‥」


そ‥‥そういえば学園に行くまで、あたしは料理人なのに自分で料理を運んで、しかも子履と一緒に食べたことすらあります。学園にいる間、バイト先も偃師えんしでもずっと子履とは別にまかない食をとっていたので、すっかり忘れてしまっていました。今日の食事も全部、侍女たちに運んでもらっていました。

もう1人の使用人があたしのまかないを取り上げて運んでいくので、あたしは「‥‥み、みんな、また後でね!」と言ってついていくしかありませんでした。


1階にあるその部屋では、子履のほか子主癸ししゅきや子履の妹たちがいました。あたしはどんな顔をして会えばいいか分からず小刻みな足幅で歩いていましたが、子履が隣の空いている椅子を叩きますので、そこに座ります。


「本日の昼食はわざわざこの屋敷までお客様を連れてきてを紹介しようと思ったのですが、来なかったので怒ってます」

「申し訳ありません‥‥」


平謝りするしかありません。いやいやこれ料理人の仕事じゃないからね?と言いたいところですが、さすがに子主癸の目の前ですと分が悪いです。

子履はそう叱ってみたあとで、ちらりとあたしの席にあるまかないに気づきます。豪華な食事と違って、魚の切り端で作った形の整っていない料理、作り損ねの焦がした料理などが、それも平民向けの質素な容器に乗っているものですから、食卓の中でもひとぎわ目立ちます。


「摯、いつもそのようなものを食べているのですか?」

「はい‥」

「その個がした料理を一口もらっていいですか」

「あっ、それは‥」


つかんで食べる春巻きのようなもので、下側はきれいに焼けていますが、上側がほとんど真っ黒になっています。子主癸が止めようと一瞬腕を動かしますが、また戻しました。いや止めろよと思ってる間に、子履がそれを一口かぶりといきます。


「‥‥うん、焦がしていますが味は変わりませんね。摯も一口食べてみてください」

「‥‥はい」


なぜか子亘しせんが殺気立った目であたしを睨んでいますし、子履がじーっとあたしの口から絶対視線を外さないように妙に目に力が入っているように見えますし、子主癸も若干呆れたようにため息をついてますし。なんだろう、なんか異様な空気の中で、あたしはおそるおそるそれを一口食べます。


「‥まかないの中でも比較的いいものがあたしのところに集まるので、他の人はもう少し悪いものを食べてますよ」


貴族の食卓で何話しているんだという話ですが、あたしは料理長なのでそりゃ集まります。と思っていたら次は子主癸が話しかけてきます。


「作り損ねは普段、どのくらいの割合で発生しますか?」

「はい。新人の数や料理の難易度にもよりますが、大体2から3割くらいです」

「失敗が多く貴族の取り分が足りなくなった場合は?」

「次の食事の食材から作って、足りなくなった分は改めて買いに行きます」

「今後はその分も、私たち一家の食事に使ってください。冷害が起きていますので、食事は倹約しなければいけません。もちろん、まかないが足りる程度にお願いしますよ」

「はい、分かりました」


王様がこのようなことをみずから言ってくるのですから、きっとしょうの道路に人骨は落ちていないのでしょう。(※道路がきれい/民がお互い譲り合い歌をうたう/民が道に落ちているものを拾わないなどは、中国の歴史書や小説で仁政の象徴として取り上げられることがある)

あたしは身分の高い人達よりも先に食事を終わらせて食器を持っていきますが、去り際に子履に「次からは摯も貴族向けの食器を使ってくださいね」と言われます。やれやれ、とほほ。


◆ ◆ ◆


料理の仕事を再開してから3日、あたしより遥かに年上の副料理長に前世の料理を教えていたところで、にわかに屋敷の中が騒がしくなったような気がします。子履への来客なら大広間のある別の屋敷のほうに行っているはずですから、この屋敷に直接来るお客様といえば、子亘か子会しかいかあたしに直接用事、もしくは子主癸に公務関係ない私的な用事のある人くらいですね。

すぐに3人分の豪華な食事を作ってくださいという指示がとびます。3人のうち少なくとも1人はうちの屋敷の貴族の分です。あたしたちはいつもの調子で料理を作って、あとは使用人に混ざって運んでいきます。3人の中に子履が含まれているとは聞いていませんが、念のため行っておくものです。


1階の普段家族が食事を取っているスペースとは別のスペースに仕切りができていて、そこに立派なテーブルが置かれていました。あたしはそこに料理を運びます。この時点でテーブルには誰も座っていないことも多いのです。やれやれ、子履がいないとは運び損だったようですね。食事を置き終えてから使用人たちと一緒に出ていくと、すれ違いさまに子主癸、そしてなつかしい顔が2つ見えました。姒臾じきとその父です。

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