第37話 出会って5分でバトル(1)
全学生数60人の
ちなみに
「あたしがちょっと持とうか?」
「センパイも自分の荷物持ってるじゃないっすか」
「ああ‥」
庶民は庶民でもあたしは学生なこと忘れてました。でも及隶のことは心配なので、あたしは及隶につきっきりになります。結果的に、及隶が付き人をやっている子履のそばにずっといることになります。計算外ですよこんなの。
でも少しはいいことがあります。庶民はなにかと士大夫にいじめられるものです。使用人は常に士大夫につきっきりだからいいのですが、学生であるあたしはそうもいきません。及隶のおかげであたしの味方になってくれる士大夫のそばにずっといる口実ができただけでもよしとしましょうか。
「
廊下を歩いている子履が突然立ち止まって、振り返ってきます。不意打ちすぎます。いきなり立ち止まるものですから、あたし子履にぶつかりそうになります。なんとか至近距離で止まりましたが、間近から見る子履の顔が特に‥黒目がくりっとしていてとてもきれいで‥唇のすぐ内側の唾液で濡れている部分が窓から差し込む日光を反射して白く輝いているのを見て、あたしは自分の表情を隠すように大きくうつむいて、何歩か下がります。
「‥‥摯、どうしたのですか?」
「あ、あ、あの‥いきなり立ち止まらないでください」
「分かりました、すみません」
あたしは一回目立たないように深呼吸をすると、理由を尋ねます。
「それで、どうなさいましたか、
「今夜、一組の人で集まって食事をしませんか?」
なんだそんなことですか、そのためだけにわざわざ立ち止まって呼ばないでください‥‥。びっくりしました。
「はい‥」
あたしは呆れ顔で返事をします。子履はふふっと笑って、それからまた歩きはじめます。
「摯」
「はい」
今度は歩きながら話しかけてきました。
「摯は学園と言えば何を思い浮かべますか?」
「はい‥?」
なんか突然変なことを聞いてきました。‥しかしあたしと子履は共通の前世を持つ関係、子履もそのような回答を期待しているのでしょうか。
恋愛、と言いかけましたがそれだと子履の思うつぼになりそうな気がしたので、あたしは別の言葉を選びます。
「友情とか、部活、修学旅行、とかですかね‥?」
「またあるじゃないですか、もっと大切なものが」
ああ、子履はあたしに恋愛と言わせたいのですね‥‥なんて思っていたら、子履のほうが足を止めて言ってきました。
「恋愛ですよね」
「‥はい」
やっぱり言ってきましたよこれ。とか思っていると、子履はまた言葉を続けてきます。
「摯が私を避けたがっていることは知っています。ですが私は、この学園にいるうちに絶対にあなたを振り向かせますね」
気付いてたんですね‥‥っていやいやそうじゃなくて。
「どうしてそんなこと言うんですか?その‥その。あたしと付き合うのが無理だと分かったら、他の人にアプローチするのが普通では?」
あたしは後半部分、子履が視界に入らないよう視線をそらします。それからちらちらと子履を見ます。あたしを見てにこにこ笑っているその笑顔が眩しくて、あたしの心臓が高鳴りしてしまいます。
これまでにも子履とこれだけ近い距離にいたことはありますが、今は恋の話をしていることもあって、余計子履の匂いを意識してしまいます。どこかなつかしいような、甘くてずっとかいていたくて、落ち着くような匂いです。
子履はその人形のように小さくかわいらしい口を開きます。
「それは、あなたが私の前から消えて‥」
「センパイ、なに立ち止まってるっすか!」
いいところで及隶の大きな声が聞こえてきます。見ると及隶は、あたしたちから20メートルくらい離れた、教室2つ分またいだ、かなり遠い位置にいました。子履がいきなり立ち止まったのに気付かず、先に行ってしまったようです。
子履は、及隶の声が入った瞬間は不機嫌そうな顔をしていましたが、及隶の位置に気づくとあたりを見回します。廊下には他に誰も歩いていません。本当に誰もいません。廊下が無人だったことに気づくと手で口を覆い隠し、頬を真っ赤にしてあたしから距離を取ります。
「‥‥り、履様‥」
なんだろう、あたしは急激に寂しくなります。なにか大きなものを失ったような気がして子履に手を伸ばしますが、子履が小刻みに首を振っていたので引っ込めました。
◆ ◆ ◆
及隶がずっとそばにいたら、子履もあたしと2人きりでいるのを恥ずかしがることなく、最後まで話せたんじゃないでしょうか‥‥子履は何を話そうとしていたんでしょうか。ずっともやもやが取れません。
10人の学生の入る教室は、2人用の長い机が、前列は2つ、後列は3つ並べられています。後列の右、左の机は若干斜めに配置されています。あたしは前列の右端の席に座りましたが、子履はそこから1人隔てた席に座っています。子履はさっきの反動で、またあたしを避けてしまったのです。なんだかあたしは複雑な気持ちです。
あたしと同じ机に座っている、あたしと子履に挟まれた学生は、黄色に近い茶色のツインデールを生やしている女の子でした。
「どこの出身でしてよ?」
少し偉そうに、顔に薄ら笑いを浮かべながら尋ねてきます。まあ士大夫ってこれくらい偉そうにするのが普通ですよね子履と任仲虺が異常なだけで、と思いつつあたしは答えます。
「姓を
「わたしの姓は
うわ、出ましたよ相手をいきなり名前で呼ぶ人。この世界では家族以外の人が親友でもないのに下の名前だけを呼ぶのは失礼とされ、姓とあわせて呼ぶのが普通です。たまに
「いいえ、庶民です」
嘘をついても後でばれるでしょうと思い、正直に答えることにしました。
「みなさん!この方、庶民でしてよ!庶民の分際で畏れ多くもこの学園に入ってるんですわ!」
教室はしばらくしんと静まり返りますが、姚不憺がすぐに机を叩いて反応します。
「やめないか!伊摯はちゃんと入学試験を通過したんだ。ここで学ぶ権利はある」
「この学園は代々、貴族だけを受け入れてきたのですわ。設備も貴族向けのものばかりです。この庶民に果たしてふさわしいのかしら?」
そのまま2人は口論を始めてしまいます。子履が困った顔をして何か言いたそうにあわあわしていましたが、距離も遠いしあたしはもうどうしようもありません。
と、そのタイミングで引き戸が開いて、
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