第156話 妺喜との面会と夏后淳維
そうして善は急げで
すぐに衛兵に尋ねます。
「妺喜という人がここにいませんでしたか?」
「ああ、それなら貴人だからということで、ついさっきこの中に連れて行かれたよ」
衛兵の指さした先は王宮などの入る門の中です。あの中に入るにはさすがに特別な許可が必要です。
「今すぐ妺喜様にお会いしたいです!」
「いや、それは無理だと思うよ、あれは陛下や貴族が‥‥」
「そこを何とかお願いします!」
「いや、無理だ。君たちのような人はこれまでたくさん見てきたが、俺はただで通したことはなかったよ。ああ、あの貴人はきっともうここには座らないだろうね」
それであたしと子履は顔を見合わせます。「どうしますか?」とあたしが尋ねると、子履は「寮に戻れば用意できます」と返事します。わかりにくいですけど、衛兵は賄賂を要求しているのです。まあ通行料のようなものだと思えばいいのでしょう。
と、そこにまた足音が聞こえます。振り向いてみると、その人は高貴そうな服を着て、何人かの護衛をそろえている人で、‥‥見慣れた顔でした。
「どうしましたか?」
その顔を見定める前に、相手から声をかけてきました。あたしは拝を、子履は
「
淳維‥あれ、ああ、そうだ。あたしたちよりちょっと年齢が上くらいのこの少年は、
「私も経緯は存じています。今日の
「この待遇は朝廷で決まったことですか?陛下が?」
「はい、父上の提案から始まりました」
子履は何秒か引いたように黙っていましたが、わめくように淳維に尋ねます。
「友人に会うことはできませんか?」
「分かりました、私の方から掛け合ってみます。しばらくお待ち下さい」
夏后淳維はそう言って、護衛を1人だけ残して宮中に入ります。あたしはちらっと衛兵を見ますが、衛兵は気まずそうにそっぽを向きます。
「‥‥まさかこんな抜け道があったとは、予想していませんでした」
傍らにいる子履が悔しそうに唇を噛みます。護衛と衛兵の2人がいるので、小声でひそひそ話をしてみます。
「抜け道って‥妺喜様が
「はい。前世では2つの説があります。説の1つは、
「‥ここはあくまで独裁国家ですよね」
「そうですね‥」
と、子履は目を伏せます。
「‥宮中に入った妺喜が
「大丈夫ですよ。仮に桀王の妃になったとしても、妺喜様は以前あったような陰気臭さもありませんし、わりと簡単に宮中に溶け込めると思いますよ」
夏后履癸はともかく、他の人たちはさすがにいい人ですから、妺喜も人見知りなところはありますけどわりかしすぐ仲良くなれるでしょう。ストレス発散できる相手がいるだけでも随分違うものです。
しかし子履はあっさり首を振ります。
「果たしてそうでしょうか‥?」
「えっ?」
「確かに妺喜の根はいい人ですし、話してみれば楽しいです。悪い人などでは決してありません。しかし、悪いことをしないとは限らないのです」
「といいますと‥‥?」
「なにか、妺喜を駆り立てる、想像を絶するような何かが起きるかもしれません」
そこまで言い切った子履の頭を、あたしは優しく、軽めになでてやります。子履は肩を震わせますが、すぐに力を抜いたのか、肩が低くなっていくのがわかります。
「大丈夫ですよ。心配しているようなことはそうそう起きません」
「‥‥そうですね」
子履はすっかりため息をついてしまっています。などと話していたところで、夏后淳維が戻ってきました。しかしそれはやっぱり、浮かない表情でした。
「ご友人ですが、
「ええっ!?」
後宮といえば、
「それで‥会うことはできますか?」
「父上の‥‥陛下のお住まいです。難しいのではないかと思います」
「面会の時だけ別の建物に移ってもらうことはできますか?」
「さすがに父上の直接の許可が必要でしょう。もともとこの面会自体、役人のお目こぼしでやらせてもらえるようなものです」
夏后淳維にこれ以上迷惑をかける訳には行きません。あたしは「ありがとうございます」と揖しますが、子履はまだ食い下がっています。
「女中のふりをしてでも会えませんか?」
「それは‥‥」
「
あたしもここはさすがに止めなければいけないでしょう。子履も引き際を悟ったのか、「‥‥はい」と力なくうなずきます。
◆ ◆ ◆
妺喜の生まれた
「申し上げます、陛下にお会いしたいと、
「広萌真人‥?名前は聞いたことがある。真人(※仙人の中でも上級位に位置する)であれば丁重にお迎えしなければいけない。朝廷は‥もう議題はあと2つだったな。続きは明日にしよう」
そう言って会議を散会させて、喜鵵は役人とともに、早足で客間へ行きます。客間では、白い服を着て白髪を耳の周りにしか生やしていない老人が、ただ1つぽつんと置かれている椅子に座っていました。喜鵵はすかさず、拝をして丁寧に深く頭を下げます。
「ようこそいらっしゃいました。蒙山伯喜鵵でございます。このような辺地にお越し下さりありがとうございます」
などといくつか口上を並べたあと、「どのような用件でいらっしゃいますか」と聞きます。するとそのばか長い口上をずっと黙って聞いていた広萌真人は、退屈そうに一言返します。
「娘の身も知らずに、なんと呑気な父だ」
「‥‥‥‥どういうことでございましょう?」
「お前の娘が昨日、夏王にさらわれたのだ」
と、広萌真人は吐き捨てるように言いました。
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