第107話 子履は魔法が使えなくなったようです

さすがの子履しりもいきなり連日の仕事は体に祟るだろうということで、徐範じょはんが休みの日を作ってくれました。ちなみにあたしはそれまでの間、暇なので本を読むなどしていましたが、やっぱりこうして部屋に他に人がいるだけで安心するものです。あ、子履のことが好きなわけではありませんからね。わかってます?

‥‥と思ったのですが、今日の子履はあまり元気がなさそうです。及隶きゅうたいに持ってこさせたポットで紅茶を入れたカップを、机の椅子に座っている子履の目の前に置きます。ここ数日貴族らしい生活をして得た知見ですが、なんだか及隶相手だと命令しているという感じがしなくて扱いやすいので、厨房の仕事がある時以外のわずかな時間はあたしのそばに待機してもらっています。普段はベッドの上で脚をばたばたさせています。


「来客対応は大変ですか?」

「ああ‥‥。ありがとうございます。お茶を飲みながら当たり障りのない話をするだけですが、夜に酒を飲むこともあります。話題作りには苦労します」


子履、はじめのうちは人見知りで押しに弱いという感じがあったのですが、今も対人は苦手なところがあるようです。学園に行ってからはあんまりそういうところは見えなくなったのですが、やっぱり根本的に使うエネルギーが違うのでしょうね。

子履はゆっくりと紅茶を飲みますが、半分だけ残してカップを皿の上に戻します。


「‥‥それだけではないですね」


独り言のように、目を伏せて小声で言っていました。


「どうしましたか?何か問題でも起きましたか?」

「関係ない‥‥とは言い切れないですね。摯にも伝えたほうがいいかもしれません。ついてきてください」


そう言って、子履はゆっくりと椅子から立ち上がります。


◆ ◆ ◆


「これでいいですか?」


あたしは屋敷の裏の草原の中で、ちょうど草の生えていないスペースを見つけて、土の魔法でちょっとだけ盛り上げます。風呂場で使う椅子のような、とても小さめの台ができあがりました。


「はい。では少し離れてくださいね。集中しますので」


子履は目を閉じて、しばらく時間をかけて呼吸を整えてから、呪文を唱え始めます。なんてことない、いつも子履が使っている呪文です。微風とともに、その魔法が放たれます。

しーん。見た目は何も起こっていないように見えます。もともと土を固める魔法って見ただけでは分からないですよね。


「‥‥崩してもらえますか」

「はい」


あたしはその台を踏みます。コンコンしてて硬くて割れない‥‥と思いきや、あっさり崩れます。あれ?


「‥‥どうですか?」

「まるで最初から魔法がかかっていないかのようです」

「‥‥かかっていません」


子履はまたも目を伏せて、肩を落とします。


「ある貴族とお会いして、魔法比べをすることになったときに初めて気づいたのです。私は魔法が使えなくなったかもしれません。摯と一緒なら使えると思っていたのですが‥‥」

様、他の魔法もお試しになりますか?」


あたしは及隶と一緒にいろいろな魔法のセッティングをします。しかし子履は毎度毎度、どれだけ精神を落ち着かせても、呪文を間違いなくゆっくり唱えても、何も起きません。(この世界に時計、時刻というものはないですが太陽の位置から推測するに)14~15時ころに及隶が「夕食の準備があるっす」と言って抜けた後も、2人で土のほか金属も庭に持ち込んで試しますが、ぴくともしません。


ついに子履は木の根に座り込んでしまいます。


「なぜでしょう‥‥」

「確か、嫌なことがあった時、精神に大きな負荷がかかった時に使えなくなることがあると授業でやっていた気がしますが、何か心当たりはございますか?」

「それがないのです」


子履はふうっとため息をつきます。子履が見落としているなにかがあるかもしれないので、あたしも子履の隣りに座って尋ねます。


「来客の中に、苦手な性格の方がいらっしゃったとか?」

「ございません。みな、いいお客様ばかりでした」

「話題を考えるのに苦心しすぎたとか?」

「学園でも頻繁にあったことなので、特別に負担がかかったとは思いません」

「うーん‥‥」


あたしも分からなくなって、子履と同じ木にもたれます。が、しばらく空を眺めていて、ひとつ思い出しました。


「プールの前の日に、務光むこう先生に、きんではないって言われましたよね」

「はい」

「あれから魔法を使ったことはありますか?」

「あっ‥‥」


確かに貴重な金属をどうこうするとか、土を固めるとかは、すいの魔法と比べると使用頻度は落ちます。特に金属は、この世界では武器として使われるので貴重とされており、魔法を使うほどの金属が普段の生活の中で溢れているようなことはありません。10日、下手すれば数カ月間1回も使わなくても不思議ではありません。ついでに言うとの魔法もわりと使用頻度低いんですけどね。料理の時に使うことはありますが、それ以外はさっぱりです。


「テスト勉強の時に使ったのが最後です」

「じゃあ、務光先生の言葉がきっかけかもしれませんね」

「可能性はあります。教科書には書いていませんが、魔法を使うにはイメージが必要です。務光先生からこう言われたせいで、頭の中でイメージを作りづらくなっているかもしれません」


そう言って、子履は立ち上がります。


「イメージを作るのが難しくなったのですか?」

「はい‥‥いつもと比べると、頭の中の魔法がぼやけているような気がします。自分は金ではないと思うと‥何が正しいのか分からなくなって‥‥」


子履はまた、頭を抱えだします。どうしましょう。さすがに仕方ないです。あたしはそっと、子履を軽く抱いて、後ろ頭を叩きます。


「大丈夫です。今度の休みに、正しい属性を探しましょう。もしかしたら他の4属性のどれかが、履様の正しい属性かもしれません」

「‥‥はい、そうですね」


日も落ちてきたので屋敷の中に戻ります。子履は少しだけ立ち直ったように見えましたが、やっぱり不安は尽きません。魔法が使えないまま学園で授業を受けることはできるのでしょうか。そもそも、魔法が使えない王様は過去にいたのでしょうか。障害者として扱われたりしないでしょうか。


◆ ◆ ◆


そんなある日、朝起きて寝ぼけたように廊下を歩いていると、使用人に呼び出されました。


「易者がぜひともあなたにお会いしたいということですが」

「はあ」


正直あたしはうらないなんて信じません。でも会いたいと言われたなら会うしかありません。


応接室に通されたあたしは、テーブルの向かいの席に座っている易者の顔を見ます。あっ、この屋敷に来たばかりの時に占いをお願いしようとして断られたあの人じゃないですか、まだここで働いていたのですね(※第7話参照)。なつかしいような申し訳ないような気持ちがします。相変わらず貫禄のありそうな顔づきをしています。身分の差があっても、というかあたしは身分なんて気にしないのですが、こうして面と向かっているだけで思わずかしこまってしまいます。


「お、お、お久しぶりです‥‥それで、用件とは何ですか?」

「はい。今日、あなたに悪いことが起こります。災いは北の方から昇るとあります」

「北の方‥‥からですか」


占いは信じてないですが、わざわざあたしのために報告してくれたので無下にすることもできません。そのまま義務的にいくらか会話して占い師を帰してから、あたしは部屋に戻ってまたベッドに頭をあずけます。


「‥‥北の方から、災い‥‥」


まあ大したことはないでしょう。あまり気にすることではありません。所詮占いは占いです。


朝食も済ませて休んでいると、またドアのノックがします。使用人から呼び出されます。


「申し上げます、しんのほうから来客でございます。あなたにお会いしたいと」

「えっ?」

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