第106話 子亘とお茶を飲みました
あたしは言われるがままに、2階にある
「素敵なお部屋ですね」
「ありがとうございます。よく言われますの。ささ、お座りになって」
あたしがテーブルの椅子に座ると、子亘はポットから入れた紅茶を差し出してきました。
「お飲みになって、ふふ」
「ありがとうございます」
その紅茶は透き通ったようにきれいな色でした。それに一口つけると、子亘も同じポットからカップに紅茶を入れて飲みます。お菓子も差し出してきたので、あたしはそれをひとつだけ食べて一息つきます。
「このようなかわいらしい部屋もいいものですね」
「ふふ。
「はい、
「何か面白い話はございませんこと?」
「秋になると柿の木が実るのですが、木を倒そうとするいたずらな子供がたくさんいまして‥」
そのあと少しの間、莘の国の話をしていました。子亘はあたしの話が面白いのか、時々くすくす笑って聞いていました。
「ところで、姉上とのなれそめはどのようなものでして?」
「はい‥
「姉上らしいですわ。姒臾は相手が姉上でさえなければ、けっこういい男ですのに。私も友人もどきめいていましたのよ」
「あれ‥‥そうなんですか?」
あたしは少しぽかんと口を開けます。あたしがこれまで見てきた姒臾とかなり印象が違いそうです。ああ‥‥でも、あたしにとっても、姒臾の子履への対応を見るまでは、ずっとイケメンだなーと思っていました。ただ貴族だから偉そうだなというだけで、悪い印象はありませんでした。
「その話、もう少しお詳しく‥‥」
「うん、そろそろ時間ですわね」
子亘がくすくす笑います。え、何事かと思うと、あれ、あたしの指先が少しずつしびれてきます。
「あっごめんなさい、手がしびれたようで、少し失礼を‥あれ、あっ、腕が‥」
「ふふ、しびれて当然ですわ。しびれ薬を入れたんですの」
「え、ええっ!?」
あたしは立ち上がろうとしますが、脚もしびれてました。脚が思うように動かす、「うわっ」と転んでしまいます。子亘はふふふと笑いながら椅子から立って、そして地面に倒れたあたしに馬乗りになります。
「し、子亘様、なぜこのようなことを‥‥」
「ふふふ。伊摯様、姉上と婚約なさったんですって?」
「は、はい、し、しました‥‥」
「姉上とどのようにお近づきになったんですの?私には一度も恋してくれませんでしたのに」
「ち、ちょ、ちょっと子亘様、目が怖いです」
子亘は馬乗りになったまま、くいっと顔を近づけてきます。口裂け女のように横いっぱいに広がったその唇から、不気味なほどに白い歯が姿をのぞかせました。
「私は姉上の恋人になるために姉上に合わせて歯を磨き、入浴し、香や
え、えーっと、そういうところなんじゃないかな?子履は気づいてるんでしょうか?この子亘、普通にしていれば人形のようにかわいらしいはずなのに、その目は狂気にしみていておそろしいです。
「あっ、あ、あっ、あ‥‥」
頭をくるくるさせながら声にならない声を出していると、突然子亘がばたりと横に倒れてしまいます。え、ええっ、何なんですか?あたしも起き上がろうにも、しびれ薬が効いて体を動かせません。目玉を思いっきり横へ動かして、目尻で子亘を追います。うつぶせに倒れてしまっていました。
「しびれますわ‥‥」
ん?子亘ももしかして薬を飲んでしまった?
「失礼ですが‥薬はどこに入れたのですか?」
「ポットに入れましたわ‥‥」
うん、カップに入れろよ。普通気をつけるだろ。それか飲むなよ。お粗末すぎるぞ。と突っ込みたかったのですが、相手に情報を与えるまでもないので何も言いませんでした。あたしはふうっと深呼吸して、ただ天井を眺めていました。虚無ですね。
「姉上、ああ、なぜ姉上は私に振り向いてくれないのですかあああ!!」
あの机の引き出しに入ってた気持ち悪いノート、絶対子亘のやつですね。子履に気づかれる前にどこかに隠しておくべきですね。
◆ ◆ ◆
夕方になる頃には薬の効果も抜けました。
「ま、まっ‥」
子亘はまだ治ってないようです。あたしは「失礼いたします」と言って、ポットとカップをお盆に乗せて部屋を出ると、「どなたか!」と大声を出します。すぐに使用人がやってきて、それを回収していきます。「絶対に飲まないでください、腐ってますから」と言い添えておきました。
普通ならあたしが自分で厨房に持っていくものですが、使用人に言いつけるのが普通の貴族のやり方なんですよね。できれば自分で持っていきたかったのですが。
と思って子履の部屋に戻って机の引き出しからノートを回収するころに、ドアを開けて息を切らした子亘が入ってきました。
「子亘様、また何か?」
「こ‥‥このことは姉上には‥‥」
「もちろん、言いませんよ」
「ありがとうございます‥‥」
子亘はまた、ふらふらと廊下に戻っていきました。あはは‥‥。子履も大変ですね。ていうか、子履の弱みが欲しいのになぜか子亘の弱みを手に入れたようです。うん。役に立たねえよ。
‥‥と思っていると、子亘と入れ替わりで子履が帰ってきました。うわ、やばい。あたしは思わずノートを後ろに隠して、そっとそっとベッドに戻ります。
「
「ひゃっ、は、はい!」
「夕食ですよ」
「はい!」
あたしは隙を見てノートをベッドの中に隠して、子履と一緒に居間へ行きます。
子亘は少し体調が回復したらしく、何事もなかったかのようにテーブルに座っています。当然のようにあたしの隣に座っている子履は、「久しぶりに摯の料理が食べられると思ったんですけどね‥‥」とぼやきます。
「貴族に平民の仕事をやらせるのは屈辱的な扱いと聞いたことがありますわ。特に外国から来た伊摯様をそのように扱うと、外交問題にならないですか?」
と、向かいの席の子亘が何事もなかったかのように子履に尋ねます。むー。表向きはなんてもない普通の発言ですが、特に理由もないのにむかついてしまいます。
「摯はもともと料理をしていました。それに私は、摯の料理に惚れたのです。いいではないですか」
と、子履があたしを見て言います。あたしは必死で反対側を向いてやります。惚れたとか適当言わないでくださいよ、恥ずかしくなるじゃないですか。
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