第105話 子履の妹に会いました
「ひまだー‥‥」
あたしは
あたし、いつもなら食事の時間でないときも料理の下ごしらえ、食材買い出し、下調べ、次の料理の相談、技術指導、掃除などで忙しいんですよね。一日中厨房にいました。それがなくなると一気に暇になって、かえって落ち着かなくなるものです。
ところであたしは今、部屋に1人きりです。及隶なら厨房に入れるということで、とりあえず厨房にいる料理人たちに現状の説明と最近の様子を教えて欲しいということで及隶をやっています。子履のほうは、理由はわからないのですが
ん?1人きり?1人ですね。確かに1人ですね。そうだ、この部屋に子履の弱みってないでしょうか?弱みを握ればそれをエサに婚約解消してもらえるかもしれません。うしし。
部屋を見回して誰もいないのを念入りに確認してから、あたしはそろりそろりと窓際にある子履の机まで来て、こっそり引き出しに手をかけます。
「センパイ、戻ってきたっすよ!」
いきなりドアが開くので盛大に転んでしまいます。
「どうしたっすか?」
「き、及隶、驚かさないでよ、あとドアはノックしてよ」
幸いまだ引き出しはあいていません。あたしは壁にぶつけてしまった頭をさすりながら立ち上がります。
「そ、それで他の料理人たちには説明した?」
「しっかりしてきたっす」
「よかった」
「センパイの料理を完璧に再現できなくて苦戦してるって言ってたっす」
「ああ、あの料理ね」
この世界ではあたしの創作料理扱いになっていますが、前世から持ち込んできた料理もいくつかあって、それを自分のグループの料理人たちにきちんと伝えきれていなかったようです。あたしにはこのあと2学期もありますし、この機会にきちんと教えるべきですね。
あたしはそのあとも及隶といくらか話した後、部屋から出しました。
さて、また1人になりました。子履の弱みを探す作戦、再開です。あたしはそーっとそーっと引き出しを開けます。これは、ただのペンですね。これは、これは、これは、これは。ああだこうだ。これじゃない。どれじゃない。
「あっ」
分厚い本のようなノートが1冊出てきました。これは確か、あたしがこの
「うんうん。うん。‥‥うん?」
内容はあたしが思ってるのと全く違いました。同じデザインのノートが複数あったということでしょう。そしてそこに書かれている内容を見て、あたしは戦慄します。
”好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き”
”愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる”
”舐めたい舐めたい舐めたい舐めたい舐めたい舐めたい舐めたい舐めたい舐めたい舐めたい”
”セックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックス”
ほとんどこのような言葉がノート一面を埋め尽くしています。あたしは次の瞬間、それを閉じました。見なかったことにしましょう。うん。あたしはこのノートを見ていません。何も見ていません。こっそり引き出しにしまいます。
しかしその直後にノックがしたものですから、あたしはまたすてんと盛大に転んでしまいます。絶対骨折りましたよこれ。痛いです。よろけながら立ち上がると、子履でした。あたしは冷や汗をたらたら流します。
「疲れました‥‥私の机で何をしていたのですか?」
「あっ、そ、それはその‥‥ごみが落ちていましたので」
「分かりやすいですね」
子履はくすっと笑うと、そのままこちらに来て机の椅子に座ります。あたしは横でただ見ているしかできませんでしたが、子履は例のノートとは違う引き出しを開けて何枚かの紙を取り出すと、そのまま立ち上がってしまいます。
「あ‥」
あたしが思わず声を上げると、子履は振り返ります。何事もなかったかのように、平然とした表情です。
「どうしましたか?」
「あ‥‥いえ、その。徐範様と一緒に何をなさっているのですか?」
「国の代表としての仕事です。母上が不在の間、これまでは私の妹が外国からのお客様に対応していましたが、長子の私がいる間は私が対応することになりました。しばらく忙しくなりそうです」
「ああ‥‥分かりました」
子履はあたしにそれだけ説明すると、「それでは」と言って足早に部屋を出ていってしまいます。いやほんと心臓止まるかと思いましたよ。あたしは何も見ていません。うん。あたしは本当に何も見ていません。
ばたりと倒れるようにベッドに横になります。しかし何もやることがないと寂しいものです。料理があたしの生きがいだったんだけどな‥‥。
◆ ◆ ◆
試しに屋敷の中を歩いてみました。そうだ、風呂の掃除でもやりましょう‥‥と思って見たら、すでにきれいに掃除されたあとでした。まあよく考えたら掃除は平民がやることなので、徐範や
すれ違う使用人たちに申し訳無さそうに控えめに会釈しながら廊下をうろついていると、向かいから使用人たちが何人かやってきます。その中に及隶がいたので、あたしは思わず物陰に隠れます。
「はい、及隶、落ちそうですよ」
「あっ、あ、気をつけるっす」
及隶は身長も低いのでものを運ぶのが苦手なんですよね。そこはいつもならあたしがフォローしていたんですが。そうか。あたしがいないと及隶は1人なんだ。他の使用人との関係は良好のようですが、また何かミスしたりしないでしょうか。あたし、早く復帰して及隶と一緒に仕事しなくちゃいけないですね。
「
後ろからいきなり呼ぶ声がしたのであたしはぴくっと振り返ります。
あたしは思わず拝をしますが‥‥その少女は笑って、その場にしゃがみます。
「あなたはいずれ私より身分が上になりますから。さあ、立ってください」
「はい‥‥ええと、失礼ですがあなたは?」
言われるがままに立ち上がると、その少女は丁寧にお辞儀します。
「これまで何度も料理を頂戴していましたが、自己紹介がまだでしたね。私は姓を
か、かわいい。第一印象、かわいい。
子履よりちょっと身長は高いですがあたしより低いのは変わらず、髪の毛はつやつやでさらさらでまるでお姫様です。抱きたい。服の着こなしもきれいで、まるで人形のようです。抱きたい。
思わずよたれが出そうなのをこらえます。
「せっかくですし、お暇でしたら私の部屋でお茶でも?」
「はい、ぜひ!」
あたしは引っ張られるようにふらふらと
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