第108話 育ての親が会いに来ました

本日2日目の応接室です。北の方から災い?もしかしてこれのことでしょうか。

あたしが応接室のドアをあけると、テーブルにはすでに2人の男女が並んで座っています。誰かと思えば‥‥張沢ちょうたく蔡洎さいきでした。


「母上、父上!?」


あたしは思わず叫んでしまいます。あたしを産んだ親は不明ですが、あたしを空桑くうそうで拾ってしんの国で育ててくれた親がいます。それがこの2人です。2人とも、莘の屋敷で会ったのが最後でしたが、相変わらずにこにこしていて、その顔を見るだけでなんだか心のつかえが落ちていくようです。


「おお、。久しぶりじゃないか」


義理の父の張沢が、嬉しそうに腕を動かします。


「お久しぶりでございます。どうぞこちらの椅子にお替えになってください」

「はいはい」


丁寧にゆうしたあたしの勧めで、2人とも上座の椅子に移動します。確かに2人はあたしのように何か爵位や身分を賜ったわけではなく身分の差はありますが、ここでは身分よりも親であるということが優先されるのです。

あたしは、通常は来客が座る粗末な椅子に座ります。これでも前世の椅子とは違って、座ってみるとふかふかです。


当たり前とはいえば当たり前ですが、張沢も蔡洎もひと目で平民とわかるような粗末な服装です。ぼろぼろとまではいいません、服はむしろこれでも新品のように見えます。あたしに会うために取り繕ったのでしょう。莘の役人とは面識があったので会おうと思えばすぐ会えたと思いますが、面識のないはずのしょうの役人はよく通してくれましたね。

と思ったら、簡尤かんゆうが何人かの役人を従え、血相を変えて応接室に入ってきました。あたしに申し訳無さそうに深く頭を下げて揖をします。


賤民せんみんを客として通ししてしまい、大変申し訳ございません。役人が金を渡されて騙されたようで。ああ、ご無事でよかった。無礼にも上座に座ってますね。今すぐどかせます」

「いやいや、大丈夫です。この方はあたしの義理の親でございます。本当に義理の親ですから」


役人たちが2人をどかそうとする前に、立ち上がって大声で説明します。なるほど賄賂ですね。この世界では普通のことですし、もはやチップのようなものだと思っていいかもしれません。それにしても、賄賂がすぐばれてこのように素早く謝ってくるなんて、ここはすごく管理の行き届いた職場に違いありません。


「義理の親‥これが‥」


簡尤がまだ信じられないような表情で2人を眺めています。ややこしいことになりそうな予感がしたので、とりあえず帰らせましょうか。


「つもる話もございますゆえ。ああそうだ、その役人に渡したというお金ですが、よろしければ父上、母上にお返しくださいますでしょうか」

「は、はいっ、手配します」


と言って簡尤たちは頭を下げて、そそくさと部屋を出ていきます。さて席に戻ると、今度は張沢・蔡洎のほうが驚いていました。


「摯、しばらく見ない間に本当に役人に頭を下げられる立場になったんだな。すごいじゃないか」


あ、ああ、そういえば親には、あたしが子履しりの嫁にさせられそうで困っている話は一切していませんでした。そりゃこの2人に本当のことを話して、万が一嫁げと言われようなものなら、こんな世界ですからあたしは絶対に嫁がなければいけません。怖くて相談できないんですよね。


「はい‥‥実は料理が商王陛下の娘にいたく気に入られ、貴族としての役職をいただき屋敷を自由に歩き回れる権利をいただきました」


もはや貴族であることは隠しようがないのでそこは認めておきます。


「何でもっと早く言わなかったんだい?娘の出世じゃないか、親としてこんなに嬉しいことはないぞ」

「ありがとうございます。偶然が重なって手紙に書きそびれていました」

「おお、そういえば莘から商へ行くと決まったときも手紙だけよこして、会いに来てくれなかったじゃないか」

「あのときは急に決まったことなのでばたばたしていました。心配させてしまい申し訳ありません」


すると張沢と蔡洎はあたしの返事に何か気に障るところでもあったのか、2人でひそひそ話しています。しばらくして、張沢が椅子に座り直して、高級な紅茶を少しだけ飲んで、尋ねます。


「摯」

「はい」

「他人行儀になってないか?」

「えっ?」

「親に対してそこまで丁寧に敬語を使うような子じゃなかったぞ」


あ‥‥確かにあたしも子履に出会ってから、王族の間近で過ごす経験を持ってしまったので礼儀を気にするようになっていました。特に学園は王族ばかりですからね。


「商に来てから身分の高い方と接する機会が増えてしまいまして」

「ああ、王様の娘に気に入られたって話だったな、そりゃそうか、ははは」


と、張沢は蔡洎と笑いあった後、「寂しいな」と小声で言います。


「それよりどうしてお尋ねになったのです、手紙をいただければこちらからお会いに参りましたのに」

「ははは、たまたま近くに用ができたんだ。ついでだしここでもしかしたら会えないかと思ってな」

「そういうことでございましたか」

「しかし立派な屋敷だな。お前もここで過ごせて楽しいか?」

「そんなこと‥‥いえ、楽しいですよ、はは」


義理とはいえ親は親です。あたしを小さいときから育ててくれた親です。それに、しばらく料理の仕事がなくて暇をもてあましていたあたしのことです。話も弾みます。

時々親のカップにポットで紅茶を入れますが、そのたびに「自分で入れる」と言われます。


「親子ですからご遠慮なさらず」

「また他人行儀になってるぞ」

「あはは‥あっ」


その時、ふと気づきました。テーブルに身を乗り出していたあたしはポットをテーブルに置いて、椅子に座ります。


「そういえば、父上はちょう姓、母上はさい姓ですが」

「ああ」

「どうしてあたしは姓なんでしょうか?」

「ああ、それはさ‥‥」


もしかしたらあたしが空桑くうそうに落ちていた時に、何か母に関するものも一緒に落ちていたのでしょうか。そうであれば、本当の母を知る手がかりがもしかしたらあるかもしれません。といっても、もしあるならすでに親があたしに教えてくれているはずです。


になかなか子ができなくて困っているところにお前を拾ったんだ。だがな、どうしても子供が欲しかった手前、子供をなくしたやつの気持ちも分かってしまうもんでな、遠慮してしまったんだ。伊は適当に決めた」

「そういうことでしたか」


あたしと張沢はそれで盛り上がりますが、蔡洎は冷静に口を挟みます。


「あなた、そろそろ教えてあげてもいいのでは?」

「ん?」

「姓を伊にしたのはお告げでしょう」


ああ、また占いみたいなあれですか。あたしの本当の母が桑の木になった話といい、話半分に聞いておくべきですねこれは。


「いやいや、摯は占いが嫌いだし、どうせ聞いてもすぐ忘れるぞ」

「摯もいい歳になったのですし、このような立派な屋敷につとめているのでそろそろ話してもいいのでは?」

「そうだなあ‥‥」


張沢はぼりぼりと頭をかいていますが、ため息をつくとお菓子1個を乱暴に口に入れます。


「摯、お前は信じないだろうが」

「はい」

「お前、空桑に落ちていただろう?あの日、俺たちが空桑に行ったのも、お前に伊姓をつけたのも、全部神のお告げなんだ」

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