第77話 お見合いをしました(2)

法芘の屋敷は、やはり西洋風のものでした。しかし周辺の建物とは一味違って、フランス・コルマール旧市街にあったような木組みのものでした。他と違うデザインをわざわざ選ぶあたり、法芘らしさがあっていいかもしれません。

古代中国の屋敷には絶対なかったと思われる草原のような中庭を通って、馬車は玄関前に止まります。子履、あたし、そして及隶が馬車から出ると、多数の女中、使用人とともに、法芘が顔を出します。この世界には、建物はあれだけヨーロッパ寄りなのにメイド服というものがなく、使用人たちはみんな粗末であるものの古代中国風の服を着ているので、いくらしんしょうで慣れてもやっぱり違和感は残るものです。


「法芘様、ただいま参りました」


あたしが地面に膝をつけて(※はい)正座に近い姿勢になって両手を組んで頭を下げますが、法芘は慌てるように言ってきました。


「俺たちだけのときはゆう(※立ったままする礼)でいいぞ」

「とんでもございません、一度でもおごると心が腐ります」


あたしがそうやって丁寧に返事しますが、法芘は手で顔を覆ってため息をつきました。


「お前の小さい頃はあんなに無邪気だったのに、少しでも知恵がつくととたんにかわいくなくなるものだ」

「‥法芘様は相変わらずでございます」


拝も終わったのであたしは立ち上がりますが、及隶が拝をしていないのに気づきます。「こら、膝をつけなさい」と声をかけるのですが、法芘は「まあまあ」と及隶の頭をなでてあたしを邪魔します。


「この子、あの時厨房でお前と一緒にいた子じゃないか」

「はい。姓をきゅう、名をたいといいます。あたしの1個下の後輩です」

「おお、1個下ということは、俺がげん(※に属する都市の1つ)に行ってからやって来たのか」

「はい。あたしの自慢の後輩です。隶、挨拶しなさい」

「よろしくお願いします」


及隶が小さくぺこりと頭を下げると法芘はそれがいたく気に入ったらしく、その体を持ち上げます。


「おう、かわいいじゃないか、よしよし」

「おじさん、くさいっす」

「こら、隶!」


あたしは法芘が止めるのも聞かずに、その及隶の体を強引に奪い取ります。まあこの世界には入浴も体を洗う習慣もないので、仕方ないといえばないですけども。


「あたしの後輩が失礼しました」

「まあ、よいってことよ、がははは。ところでそこの子は誰だ?」


法芘がそっちを向くと、子履は丁寧に頭を下げて名乗ります。


「私は姓を、名をといいます。商の国の公子です」

「おお‥宮殿でもちょっと会ったな。公子さんでいらっしゃったか。ということはあの商伯の子か。さあさあ、あちらへ」


法芘はタメ口を使いつつ、体はしっかりと揖をしています。あたしにはあれだけ言いつつ、おめでたいものですが‥‥法芘と子履は初対面でしたね、そういえば。


◆ ◆ ◆


通された部屋には、法芘の子とおぼしき若い男がいました。といってもあたしより2,3個くらい上で、前世日本の感覚では中学生くらいの子供です。


「お見合いの子たちだ」


法芘の案内、そして子履とあたしが口々に自己紹介したあとで、その子は揖をして丁寧にお辞儀します。


「私は姓をほう、名をはつと言います。本日はようこそいらっしゃいました、さあ席におすわりになってください」

「彂とは、強さを感じるお名前でございますね」

「‥‥そうですか、はは‥」


子履の言葉に法彂ほうはつが気まずそうに苦笑いするので、子履は「はは‥」と無理に笑ってみせますが、あたしは怪訝な顔で法芘を見ます。


「もしかしてあの名前、何かあるんでしょうか?」

「ははは、俺は最初、はつと名付けようとしたんだよ。だが周りから全力で止められてさ。がっはっは」

「‥‥‥‥法芘様、本当に変わってないですね」


発とは今の夏王である夏后履癸かこうりきの父であり前王である夏后発かこうはついみなです。王様の諱を使うということは、その王様のことを尊敬していないとみなされるのです。前世日本では全く想像できないことですが、もしこのまま発という名前をつけてしまったら常識がないと思われるだけでなく、反逆者とみなされて処罰されかねません。まあ、夏后履癸のことをデブと言っちゃうあたり、本当に法芘らしいです。

あたしは失笑する口を手で隠しつつ、法彂に案内されたテーブルの、子履の横の席に座ります(※失笑=笑ってはいけない場面で笑うこと。名前は親からの贈り物であり、儒教社会で人の名前を笑うことは親への侮辱ととられかねない)。あたしと子履の向かいに法彂が座っているのですが、子履はさきほど無理に笑ってみせたのが恥ずかしくなったのか、少し斜め向こうに視線をそらしています。でも法彂は気に留めていない様子です。法彂も自分の父のことを理解しているのでしょうか。

と思ったら、法芘が身をかがめて、及隶の手を引っ張ります。


「じゃあ俺は及隶とちょっと遊んでくるから、お前らは楽しんでこい」

「おじさんくさいっす」(※この世界に入浴の習慣はない)

「こら隶、せめて法芘様と呼びなさい」


法芘は、明らかに不快そうにしている及隶を引っ張って部屋から消えます。‥‥ま、まあ、及隶にはあらかじめ説明してあったことですし、法芘も簡単に人を殺すような人ではないので大丈夫でしょう‥‥。大丈夫だと思いましょう。

改めて、あたしと子履は法彂と向き合います。


「2人とお見合いって大変かもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらは大丈夫ですよ」


そのあと3人は当たり障りのない話をしました。子履の家族のことから始まって、商の国の様子、そして莘の国について。莘にいたときの法芘の様子、最近宮殿であったこと、斟鄩しんしんの名産物、食べ物など。

そのどれにも法彂は気さくに答えてくれて、本当に感じがいいです。


「土人形や饂飩うんどんを作ったのは子供だという噂がたってましたが、まさかあなただったなんて」

「はい。土人形作りには、履様のお力もお借りしました。きんの魔法をお使いになるんですよ」


あたしがそうやって子履を紹介すると、子履はなぜか一瞬ぴくついたあと、遠慮がちにうなずきます。どうしたのでしょうか、子履にとって法彂は好みではないのでしょうか。でも今までも普通に元気ありげに話せていましたし、急に元気がなくなる理由が今のあたしには見当つきませんでした。

その様子をなんとなく察したのか、法彂も肩を動かします。


「座ってばかりではなんですし、庭に出てみませんか?」

「はい、ぜひ」


よく気配りできるみたいです。あたしの中では姚不憺ようふたんのほうが、その、イケメンだと思うのですが、法彂と過ごしてみるのもいいですね‥‥。


◆ ◆ ◆


古代中国の庭は昔の日本と似たような感覚でとにかく風流という感じがあるのですが、この世界のヨーロッパ風の庭は華やかです。庭師の手入れした花畑の中を、法彂の案内に従って進みます。花が好きというのは女の子のさがというやつで、この香りや鮮やかな色使いがとにかく美しいのです。あたしも子履も半ば興奮気味に歩きながら花を眺めていると、法彂が尋ねてきました。


「お二人はどのような花が好みですか?」

「はい、オレンジ色の花が好きです。‥‥あっ」


あたしは子履より先に返事してしまったのに気づいて、慌てて子履の後ろに下がります。それを法彂は不思議そうに首をかしげて見ていましたが、今度は子履に直接尋ねます。


「子履さんはどのような花が好みですか?」

「はい。水仙が好みでございます」

「水仙ですね‥この花畑ですと、あちらにございます」


あたしは一歩後ろに下がっていましたが、法彂と話しているときの子履の横顔が一瞬、ちらっと見えました。子履は笑っていました。作り笑いではなく、自然な笑いでした。あたしにも何度か見せた顔です。それを見ると‥‥少しさみしくなるのでした。

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