第78話 お見合いは破談になりました
花見も終わって、さっきの部屋に戻りました。廊下から部屋に入るときに隣の部屋から声がしたので、半開きのドアをこっそり覗きました。
と思ったら、
「どうしましたか?」
「何でもございません」
ここで子履はくすっと笑います。
「
「そ、そうですか‥?出てますか、
あたしがごまかすように眉にしわを集めるのを、
部屋に入ってテーブルについたところで、あたし・子履の向かいに座った法彂が切り出します。
「はじめから思っていましたが、
「いいえ。でも個人的に仲良くしています」
あたしの代わりに子履が平然と返事しましたが、法彂はまたちらちらと、あたしと子履を見比べます。
「一つ、基本的なことをお聞きしていいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「なぜ、公子とその使用人が一緒にお見合いに来ているのですか?結論が最初から決まっている問いをなぜするのですか?」
その質問に、あたしと子履は顔を見合わせます。あれ?なぜか認識がうまく噛み合っていないような気がしたのです。
今度はあたしが説明します。
「はい。履様とあたしの2人とお見合いいただきたいからですが」
「私はどちらかを選べばいいのですか?」
「えっ」
その法彂の返事で嫌な予感が頭をよぎります。発言をためらったあたしの代わりに、子履がまた説明します。
「私は摯を正室に迎えるべく婚約しています。法彂様は私と摯の側室にお迎えできないかと思います」
法彂は目を点にして、ぱちくりまばたきしながらあたしたちを見ます。そりゃそうですよね、女同士なうえに身分差もすごくありますから。こういうのには慣れています、いや慣れたくないです。
「おっしゃっている意味がよく分かりませんが、まず、子履さんと伊摯さんが将来結婚して正室になるのですね?」
「はい」
「そして、子履さんが私を側室として迎えるのですね?」
「いいえ、私と摯の2人です」
「その2人同士は結婚しますよね?」
「ですから、あなたは私、摯、2人の側室になるのです」
法彂は手で頭を抱えてじっくり考えてから、テーブルに頭を強くぶつけます。
「申し訳ありません、私は女を2人も持てません」
ああやっぱり、とあたしはため息をつきました。法芘はいい加減な性格なので、きっと今回のお見合いの趣旨も間違って伝わったのでしょう。
子履はわずかに未練があるらしく、テーブルから少し身を乗り出します。
「
「いえ、私は1人の妻を大切にしようと考えています」
「ですが、側室を持つことは多くの子を生み、あなたのご先祖様の祭祀を絶やさないことにも繋がります。むしろ推奨されていることでしょう」
「私は妻を1人だけ持つことが道義だと考えています。
一夫多妻(正確には一夫一妻と妾)が常識となっているこの世界にあっても、このような考えを持つ人も少なくはありません。説得は諦めましょう‥‥ですが、ここまで食い下がる子履もあまり見ません。よっぽと法彂のことが気に入ったのでしょうか。
◆ ◆ ◆
法彂とのお見合い、というかこの世界の感覚で言えば縁談そのものではありますが、破談になったとはいえあたしと子履にはまだ用事が残っています。機を見計らって法芘に内緒の話をしなければいけません。
と思って、今、部屋にはあたし・及隶・子履、法芘と法彂の5人が、長方形のテーブルを挟んで向かい合っています。及隶はよっぽと法芘がこたえたらしく、あたしの膝の上で震えています。あたしがよしよしとその頭をなでていると、法芘はまだ懲りないようで、笑顔で及隶に手を振ります。及隶は涙目で何度も首を振ります。
「にしても、まさか本当に2人と結婚しろという話だったなんてな、ははは」
と、法芘が言ってきます。法彂も気まずそうに頭を下げます。
「申し訳ございません、私がもう少し早く気づいていれば」
「ははは、
これはしょうがありません。今日の縁談の依頼を法芘にするときに、あたしは法芘が不在だったので代わりに置き手紙をしました。ですが依頼の内容が、2人の女性と同時に縁談してほしいというめったにないことであったので、法芘が勘違いしてしまったのです。こればかりは仕方ないです。
「申し訳ございません、あたしの説明不足です」
「まあまあ、ははは。妻を2人同時に作れってそうそうないことだしな」
そりゃそうですね。法芘はあんな性格ですが、今回ばかりはあたしが悪いです。
あたしはもともと、法彂がいい男だったら夜逃げするつもりだったんですけどね。法芘の力を借りて子履から離れようとしたあたしもあたしです。でもそんなことを考えつつ、子履の横に座ってその匂いをかいていると、なんとなく安心するものです。
この世界には風呂というものがなく、子履も商の国を離れてからは一切風呂に入っていないはずです。それなのに、タオルで念入りに体を拭いているのでしょうか、子履の匂いは他の人ほどすっぱくはなく、前世の記憶のある人を寄せ付けるような、自己主張の激しくないものでした。それだけで不思議と落ち着いてしまうのに気づく自分が悔しいのです。
「さて‥」
話も一段落したところで、子履が法芘に顔を向けます。それから、ちらちらっと法彂を見ます。人払いの合図です。それに気づいた法芘は笑いながらも、隣の法彂の肩を叩きます。
「
「‥はい」
法彂は
「ほらほら、
あたしも及隶を部屋から追い出そうとしますが、及隶は首を振って頬を膨らませながらあたしの服を掴みます。困りました。及隶も追い出して3人だけで話したいところなんですが。
「法芘様はずっとこの部屋にいるから大丈夫だよ」
「本当っすか?」
「本当だよ。あたしが守るから。今出てってくれたら、後で棗料理作ってあげるから」
「分かったっす‥‥」
及隶はあたしと法芘を少しにらみますが、しぶしぶ部屋を出ていってくれます。
あたしが席に戻る頃には、あれだけ笑っていた法芘は、まじめにあたしたちを見つめていました。それを見てあたしは引いてしまいました。こんな顔をした法芘を見るのは、あたしですら初めてかもしれません。
「一体どうした。ここからが本題だろう?」
法芘はまるで別人のように、厳かで貫禄のある声で尋ねてきました。
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