第33話 姚不憺とお出かけしました(1)
「妺喜‥」
あたしは思わず、声に出してしまいます。しかし少女はたしろくこともなく、平静に受け答えします。
「なんだ、おぬし、わらわの
「は、はい‥」
「わらわの姓名は
「はい、ありがたき幸せでございます」
子履は夏の滅亡を阻止するために、妺喜が闇落ちすることのないよう見てほしいと強い口調であたしに依頼していました。あたしは責任を持って、妺喜を支えなければいけません。それが急に重い責任を伴う行為のようにも感じられるのです。緊張してきました。仕方がありません、後で子履と相談しましょう。
今はまず、妺喜と仲良くして、いつでも話しかけられるような状態にしなければいけません。‥‥ですが妺喜はたった今この部屋に来たばかりです。部屋の片付けもあるでしょう。
「荷物の整理、手伝いましょうか?」
「いいぞ。ところで、あっちにいるのは誰じゃ?」
妺喜が、あたしのベッドの上で転がってひもで遊んでいる
「あの子はあたしの後輩で、学生ではなく使用人として参りました」
「庶民が庶民の使用人をするのか?まあ大富豪ならあるかもしれぬが」
「あっ‥実はあたしとあの子は
事情を説明すると、妺喜はくすくす笑います。妺喜は人当たりが悪いだけで、中身は案外普通の女の子かもしれません。
「あやつの名は?」
「姓を
「あやつは使用人なのにわらわの荷物の片付けに参加しないのか?」
「それもそうですね‥呼んでまいります」
3人で妺喜の荷物を整理します。服は箪笥に、本は机に置いて、その他もろもろの小物も整理します。といっても寮に持ってこれる荷物はそんなに多くないので、すぐ済みました。
◆ ◆ ◆
「ところでお主は商の公子のことを名前だけで呼んでおるが、それは許しをもらっておるのか?」
「はい。このように呼んでくれと言われました」
「気に入られておるようじゃな」
あたしは部屋の中央にある寮備え付けの四角いテーブルに座って妺喜と話しつつも、どこかそわそわしていました。あたしと同じ部屋の子が妺喜だったこと、仲良くなったことを子履に報告して、今後の作戦を練らなければいけません。子履に会う理由ができたのです。意味もなく子履に会いに行くと結婚を認めたと誤解されそうな気がしましたから、会う理由というものが重要なのです。そして今ここに会う理由があるのです。子履に会いたい、などと思うようになってきました。
そんなあたしの気持ちを見透かしたのか、妺喜が促してきます。
「どうした、予定でもあるのなら行ってもいいぞ」
「はっ、はい、ありがとうございます!」
妺喜に変に気を使わせるわけにもいかず、あたしはそわそわした足取りで部屋を出ます。ベッドで転がっている及隶がにやにや笑っていた気がしましたが、気のせいでしょう。
◆ ◆ ◆
さて子履に報告ついでに‥何とか話を引き延ばせないでしょうか。と思ったものの、そういうときに限ってたった5分で会話が終わってしまうものです。妺喜に関しては経過観察で話はまとまりましたが、あまりにも早くすっきり終わってしまったので、話の発展のさせようがありません。子履の部屋の中のものを褒めようかと思いましたがとっさには思いつかなかったので、また来る約束をして部屋を出ていってしまいました。
やってしまったーーー!あたしのバカ!バカバカバカバカバカ!やっちゃったあああ!!!
あたしは無人の廊下で、頭を抱えてうすくまっていました。
「どうしましたか?」
いきなり近くから、どこかで聞いたような男性の声がします。かばっと顔を上げてみると、
「
「はい。‥ん?
そう言われて思い出します。確かにこれは当たり前のように着ていたのですが、姚不憺が買ってくれた服です。思い出すと、あたしの顔がみるみる赤くなっていくように感じます。
姚不憺がにっこり笑ったので、あたしの興奮は最高潮に達します。
「大丈夫ですか?顔が赤いようですが」
「いっ、い、いえ、何でもございません。もともとこういう体質ですので!!」
あたしはとっさに思いついた言葉を並べて幕引きを図ります。姚不憺は魔性の笑顔であたしが目をくるくるさせている顔をしっかりと見ます。そんなに見られるとあたし死んでしまうんですけど。
「夕方まで時間がありますので、2人でお茶でもどうですか?」
「はっはい、喜んで」
OKしてしまいました。どうしましょう。準備のために部屋に戻ると言ったら、なんだかんだで寮の出口で待ち合わせることにしました。
◆ ◆ ◆
「
「この通りをちょっと左にそれます」
大通りから薄暗い小路に入ります。途端に変なにおいがします。これは‥‥。
足元を見ると、道端に骸骨が転がっていました。
「うわっ!?」
あたしは思わず向かいの家の壁にぶつかりますが、その壁の下にも骸骨があります。ていうか踏んでしまいました。いやあああ。
顔を真っ白にして、思わず姚不憺の腕に抱きついてしまいます。
「ひゃわわ、あ、ああ‥‥」
「おっと‥
「は、はい、
すっかり忘れていました。この世界では、大通りをちょっと外れると道端に普通に骸骨や死体が転がっていることがあるのです。商の国では道路をきちんと管理しているのでめったに見かけませんでしたが、転がっているのが普通なのです。
でも前世では見なかったものですし、怖いものは怖いです。前世では理科の授業で模型を見ることはありましたが、今目の前に転がっているのはまごうことなき本物です。本物です。本物ったら本物です。怖いです。莘の國で慣れたつもりでしたが、商に半年くらい滞在しただけで忘れてしまうくらいには耐性がないです。
「あの、手、つないでいいでしょうか‥?」
「はい、大丈夫ですよ」
姚不憺はにこっと笑って、あたしの手を温かい手で包み込んでくれます。温かく、ぽかぽかしてきます。
「真ん中に転がってることはあまりないから大丈夫ですよ。道の真ん中を歩きましょう」
「は、はい‥」
あたしは骸骨が目に入らないよう、なるべく顔を上げました。すると姚不憺の後ろ首が、あたしの目のすぐ前にあるのです。姚不憺は赤色に近い髪の毛をきれいに整えていて、きちっとしたオーラを出しているように思えました。それを見て、あたしはまた赤面してしまいます。
「はい、お店はあちらですよ」
「あ、はい、ありがとうございます!」
そこにあったお店はあまり大きくないもので、中を見てもテーブルの数は少なく、20人くらいしか入れなさそうでした。壁近くの2人用のテーブルを選んで、あたしと姚不憺は向かい合って座ります。
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