第34話 姚不憺とお出かけしました(2)

子履しりによると前世の中国ではテーブルはとうの時代に伝わったようですが、この世界ではの時代にすでにあるようです。デザインも近世ヨーロッパよろしく、おしゃれな装飾がなされていました。もちろんこの飲食店も、他の建物と同じように洋風のデザインになっています。建築物だけ見ると完全にヨーロッパなんですよね。あたしも姚不憺ようふたんも店員も全員漢服なので、アンマッチ感がすごいです。

渡されたメニューには、かんのジュース、そうのジュースをはじめ、フルーツ、餡を使ったスイーツなどが並んでいました。ここはヨーロッパの色がありつつも、かろうじて中国の体裁を保っているように見えました。いや、よく言えば東洋と西洋を混ぜたような感じか?


あたしと姚不憺は思い思いのメニューを注文して、それを食べながら話しました。姚不憺はいくつも話題を持っていて、話すのは楽しく、飽きを感じさせませんでした。


よう様のお好きな書は、そんなに昔に書かれたものだったのですね」

「はい、著者は自身を伏羲ふくぎ(※五帝ごていの前にこの世界を治めていた伝説の神様である三皇さんこうの1柱)の知り合いだと主張していて、実際、伏羲に関する記述が豊富なのです。真偽はともかく、物語としては大変面白いですよ。ところではどのようなジャンルがお好きですか?」

「はい」


あたしは一言返事して、ぴたっと止まりました。えっ何、姚不憺は今あたしのこと何で言った?


「すみません、えーっと‥今、あたしのこと何で言いましたか?」

「おや、摯と言いましたが、名前だけで呼んではいけませんでしたか」

「いえいえ、滅相もございません」


やっぱり気のせいではありませんでした。あたしは小さくうつむいて、テーブルの上のジュースに意識を集中させます。


「‥‥あ、あたしは、地理の書が好きです。各地の特性や特産物は、料理に活用できます」

「そういえば摯は料理人でしたね。どのような料理を嗜まれるのですか?」


そこからは面白いように話がはすみます。姚不憺は料理のことなんて知らないはずなのに、あたしの話をしっかり聞いて、まるである程度の知識を持ち合わせているかのように突っ込んだ質問をしてくれます。そのおかげで話がすぐ掘り下がります。といってもいきなり専門的な話をしても伝わらないでしょうから、あたしも配慮して分かりやすい言葉だけ使うようにしています。


「ないのか!」


突然、2つ向こうのテーブルにいる貴人が怒鳴りだします。服装からして、おえらいさんに見えます。めっちゃ太っていて、中国の悪役のステレオタイプに見えます。ていうか去勢きょせいされた宦官かんがんはあれくらい太りやすい体質になるそうな。しん趙高ちょうこうも確か太ってましたね。って何でこんな細かいことあたしが知っているんでしょう。少なくとも今の世界に宦官はまだいないはずです。

店員がべこべこ謝っています。


しんの国にある饂飩うんどんなるものを持ってこいと言ったではないか!」

「申し訳ございません、申し訳ございません!」

「俺の要求したものが今日までに用意できないなら店をくれる話だったよな?」

「お言葉ですが、おととい言われて使いのものを莘にやりましたが、とても2日では‥」

「黙れ!」


うわー、なんだか揉めています。あのひとは地上げ屋でしょうか。地上げ屋、この世界にもいるんですね。前世の日本より治安が悪そうですし、なんなら道端の骸骨を放置するのが常識みたいな世界になってますし、むしろいないほうがおかしいです。

それにしても饂飩でしょうか。饂飩。


あたしは姚不憺に小声で相談したあと、ゆっくりと席を立ちます。


「その饂飩というもの、1日の8分の1くらいの時間があればあたしが作ります」


とたんに店内がしーんと静まり返ります。


「はっはっは、誰かと思えば小娘か!お前に作れるもんならその時間で作ってみろ、それで今回の話はチャラにしてくれる」

「言いましたね、約束ですよ」


あたしは今月の初めに8歳になったばかりのちびっこで、服も下手すれば料理のことなど知らなさそうな士大夫のものに見えます。相手は余裕の笑みを見せてきます。時間を与えてくれたのも、あたしの容姿を見ての驕りでしょう。

実はこの世界に、もともと饂飩というものはありません。あたしが前世から持ち込んできたんです。といってもこの世界に饂飩に似た料理はあったので、それをあたしが前世の知識をもとにアレンジしたら莘の人にうけたのです。野菜炒めに混ぜるととてもおいしいんですよね。

1日の8分の1って要するに3時間ですね。3時間かかるということで、士大夫は「用心棒を連れてきてやる。その時間以内にできなかったらお前もまとめて殺してやる」などと言って店を出ていきました。仮にあたしが士大夫だったら外交問題にならないのでしょうかあれは。今でも子履しりの婚約者ですから十分問題になるでしょうけど。


「だ、大丈夫ですか‥‥‥‥?」


店の人とは打ち合わせしてなかったですね。店員が3人くらい集まって、あたしの姿を見て何やらひそひそ話をしています。店の命運をあたしみたいなちびに任せることになるので、不安も大きいでしょう。そこは姚不憺がなんとかしてくれます。


「すみません、僕はの公子ですが、主人をお呼びできますか?」


すぐに店主が呼び出され、客の目を避けてキッチンの入り口近くでわらわらと説得が始まります。思ったより長引いているので、あたしは姚不憺に急かすように言います。


「饂飩を作るには時間が必要なので、この話し合いが長引くと失敗してしまいます」

「そうですね‥‥」


姚不憺は少し困った顔をして、それから身をかがめてあたしに尋ねます。


「必ず完成すると約束できますか?」

「‥‥?はい」

「分かりました。僕は摯を信じていますよ」


と言って姚不憺は、再び店の人と交渉を始めます。


「この店をあの大夫に取られたら、僕がその分の代金を全額弁済しますがそれでよろしいですか?」

「でっ、ですが、この店と土地は高価でして、あなたにお支払いできるのでしょうか‥?」

「関係ありません。僕は公子ですから、國のお金を使えますよ。それでも信じられないなら、僕を人質にとっても構いませんが」

「あっ、は、はい、滅相もございません、喜んで‥‥!」


これあれですね、大金持ちの余裕ってやつですね。ですが呆れる時間はありません。トントン拍子で話が進んだ後、やっとあたしと姚不憺はキッチンに入れました。姚様すごいですねと言いたいところでしたが、時間がないので後回しにします。


「すみません、姚様、ご無礼ながらひとつお使いを頼んでよろしいでしょうか」

「はい、なんなりと」

及隶きゅうたいを呼んできてもらえますか」

「はい、分かりました」


姚不憺はすぐさま走っていきました。従者もいないので、あたしと姚不憺のどちらかが寮に戻らなくてはいけないのです。饂飩の作り方は及隶も知っているので(あたしの助けを借りず1人でできるかといえば疑問ですが)、いてくれると心強いです。


さてさて、ここには小麦粉はあります。お湯を沸かして入れてこねて、伸ばします。久しぶりに触りますからなかなか大変です。そういえばこの饂飩、商の國ではまだ一度も作ってなかったですね、あつものの改良や、この世界の材料で作れる前世の調味料の作り方などを料理人に教えていたら時間がなくなったんですよね、などと思いつつ懸命にこねて伸ばします。

生地を寝かし始めたところで及隶がやってきました。


「センパイ、面白そうなことやってるっすね!」

「面白いというか巻き込まれたというか。たいも準備して!」


あたしは苦笑いしつつも指示します。

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