第15話 試験を受けてしまいました
あたしがそこに着く頃には、
「もし、失礼します。試験官はいらっしゃいますか」
「はい、私ですが」
と、2人の試験官が出てきます。2人とも女性のようですが、少し安そうな服に身を包んでいます。それで一瞬庶民かと見紛いましたが、様子を見るにれっきとした士大夫のようです。
「この者が
「分かりました」
と、黒髪のほうの試験官が言います。彼女はあたしと目を合わせて一瞬考えた後、スタッフに「帰って構いません」と言って払うと、周りに聞こえないようにしゃがんで小声で言います。
「あなた、庶民ですよね」
庶民なんです。受けたくないんです。失格になりそうであたしはほっとしましたが、それもつかの間。
「でも体から溢れ出る魔力は他の追随を許しませんね。どうしましょう、
「やりましょうか」
隨と呼ばれた緑髪の試験官は腕をまくります。
ん?これ、あたしも試験を受ける流れ?
「すみません、あたしは使用人で、間違ってここに案内されたのですが‥」
「しーっ、黙ってください。じゃあ、あちらへ参りましょう」
と、2人はあたしを引っ張ってしまいます。どうしてこうなった。
隨という試験官が、散り始めた周りの受験生に声をかけます。
「すみません、まだ1人います。並び直してください」
受験生たちがまた楕円を作ったのを確認して、2人の試験官はあたしを輪の真ん中に呼び出します。衆目がありますから、行かないわけにはいきません。あたしは周りに頭を下げるつもりで、うつむき気味でそこへ行きました。
「それでは、私が
えっと、試験官と直接戦うんですか?さすがに受験生相手でしょうから手加減してくれると思いますが。
「おい、俺達より厳しくないか?」
他の受験生たちが不安そうにこそこそ話しています。え、どういうこと?
と思ったら、目の前の試験官が手から水を吹き出します。ホースから出る水のようですが勢いはそんなにないです。水はすぐに地面に落ちて、しょりしょり土を伝って流れてきます。
ここから一歩でも動いてはいけなくて、靴すら濡らしてはいけないというルールです。もういっそ、このままわざと不合格になりましょうか。
‥‥待ってください、これはチャンスかもしれません。あたしはもともと使用人として、四六時中
何よりあの
あたしは足元の土を盛り上げて、小さな土塁を作ります。それで水は防がれますが‥‥。
「‥‥‥‥」
試験官が黙ってしまいます。どうしたのでしょうか?とあたしは尋ねかけましたが、土塁の端から水が漏れそうになったので端を補強しておきます。端に気を取られていると、水の勢いが強くなったようで量が増えていきます。あたしは土を次々と盛り上げて、土塁を分厚くします。
しかし水の勢いは次々と強くなります。これ、どこまで強くなるんでしょうか。受験生相手にここまでパワーを出しちゃうんでしょうか。と、周りの声が聞こえます。受験生たちは「おおおー‥‥」と、驚いている様子でした。何をそんなに驚くのでしょうか、あたしはともかく受験生たちはこのようなものをさっきまで散々見ていたはずです。
「上げますよ」
試験官がそう言うと同時に、水の勢いがさらに強くなります。地面に落ちず、あたしの足に直接かかるかと思うくらいになってきましたので、あたしは慌てて土塁の高さをあげます。水もどんどん高くなっていきますので、あたしは土塁というかもはや壁になってしまったそれの高さを上げます。壁で前が見えなくなりました。相変わらず周囲からは「おー」という歓声が集まってきています。
水の音がうるさくなります。水がさらに強くなっているのでしょうか。あたしの目の前の土の壁が、ぼろぼろと砂を転がし始めているのが見えます。それを見てあたしは慌てて土をまた補強しますが、轟音とともにその一部に穴が空きます。
「あああっ!?」
穴から吹き出た水があたしの服にかかります。あたしは尻もちをつきますが、壁が崩れないようにします。一気に崩れたら大惨事ですよね。
でも服は濡れてしまいました。任仲虺から借りた立派な服が濡れてしまいました。任仲虺は優しいので大丈夫だと思いますが、それでも士大夫の服を汚すのには激しい抵抗感と罪悪感と焦燥感があります。
「あーあ‥‥」
水の勢いは止まりましたが、服を濡らしてしまったので不合格でしょうか。やっぱりあたしは子履のそばでべったりくっつかなければいけない運命なのでしょうか、などと思っていると壁の向こうから試験官の声がします。
「合格です」
「え?」
あたしが戸惑っていると、もう1人の緑髪の試験官が壁を回ってきて、あたしの肩の下に腕を入れて優しく持ち上げます。
「大丈夫ですか?」
「あっ‥ありがとうございます。ですがあたしは服を濡らしていたのですが‥」
「
壁を高くしすぎたので、あたしは魔法でそれをゆっくり崩します。崩して地面に埋め戻して元通りにしてしまうと、また光という黒髪の女性の姿が見えました。
「私もやりすぎましたね、大丈夫でしょうか?合格おめでとうございます」
「で、ですが、あたしはしょ‥」
庶民と言いかけたあたしの口を、後ろから隨が手で塞ぎます。戸惑っているうちに、光が手を差し出してきます。
「私は号を
ん?ちょっと特別扱いがすぎませんか先生?それともそういうものなんですか?2人が礼をしたので、庶民のあたしはとりあえず深めに頭を下げます。
先生たちが行ってしまったところで、他の受験生から話しかけられます。セミロングボブな
「初めまして、私は
「あっ、あたしは姓を
「すごいですね、務光先生直々にご指名いただくなんて」
あたしも何がなんだか分かりません。これはいいことなのか悪いことなのかよく分からないのです。
と、あたしの呆然とした表情を読み取ってか、
「俺は
「ええっ、め、名誉顧問ですか!?」
推移も興奮気味に割り込んできました。
「そうですよ、この九州で全属性の魔法が使えるのは務光先生と卞隨先生だけだと言われてるんです。その先生の教え子になれるのは簡単ですが、指名されるような受験生は聞いたことがありません。一体どのような修練を積まれたのでしょう?」
「修練といっても、魔法の得意な方と一緒に練習していただけです‥」
「それはどなたですか?」
「はい、商の‥」
あたしがそこまで言いかけたところで、後ろから全速力で走ってくる足音とともに、あたしの背中に突っ込んでくる人がいました。
あたしは倒れそうになりますが、子履がぎゅっと抱いて支えてくるので倒れずに済みます。
「
「はい、合格いたしました」
「伊摯!一緒に授業を受けられますね!」
子履はとても嬉しそうに言って、そのままあたしを押し倒します。
「まっ待ってください、これは
あたしの制止も聞かず、子履は10年も会っていなかった友達を抱くときのように、あたしの体を思いっきりぎゅっと圧迫します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます