第16話 子履と正式に婚約しました
あたしが
士大夫の礼儀なんて、あたしよく分かりません。話してばかりいるとボロが出ます。すぐそばにいる
「皆様、この者は合格したので次の試験が待っています」
「ああ、そうでした。私たちも準備しなければいけませんね」
推移が思い出したように言います。周りの士大夫たちも、それで離れていきます。
え、次?次があるんですか?あたしはおそるおそる、任仲虺に尋ねます。
「次の試験とは‥?」
「筆記試験です。ふふ」
あ、そういえば
「でもあの2人の先生のご指名を頂いているなら、筆記がどのような成績でもまず合格すると思いますよ」
よし、とあたしは思わずガッツポーズをします。
「あら、合格したかったのですか?」
「はい、合格したら四六時中お嬢様にくっつく必要もなくなると思いまして」
あたしが嬉しそうに言うと任仲虺はうなずきますが、やや困っているような表情をしていました。
「そうですね‥よかったです」
「‥? はい、ありがとうございます!」
そうやってあたしは、張り切って筆記試験を受けてきました。
◆ ◆ ◆
2ヶ月後、結果が学園に張り出されたので使いのものをやって見に行ってもらいました。あたしも子履も合格でした。一方、
それから入試の時に姒臾があたしを殺そうとしたことは、任仲虺を通さずとも
円いテーブルを囲む椅子に子主癸と子履が座るのに対し、あたしは当たり前のように椅子に座らず立っていましたが、子主癸が「座りなさい」と言ってきました。子主癸の目の前で椅子に座るのは初めてのことで、あたしは一瞬耳を疑いましたが、子履が手のひらを差し出して促してくれたので座りました。
「姒臾は
「はい」
子履の返答にためらいはありませんでした。
いやこれはまずいですよ。子履の婚約者があたし1人だけになってしまいます。え、婚約ってもともと1人とやるものじゃなかったんでしたっけ?いえ、とにかく子履のアプローチが激しくなることは目に見えています。いくら相手が子主癸であろうと、これは聞かずにはいられません。
「大変恐れ入ります、1つよろしいでしょうか」
「何ですか?」
子主癸は相変わらず不機嫌そうでしたが、今回は顔と上半身をはっきりとあたしに向けてくれています。
「異性の婚約者がいないと世間体がよろしくないかと思われますが、今後また婚約者をたてる予定はございますか‥‥?」
「あら、私がそんな失礼な考えで婚約者をたてるとでも思ってるのですか?」
あれ、思ってた反応と違いますね。あたしは首を傾げますが、隣の子履も「えっ」と声に出しています。
「いえ、ですがお嬢様との婚約が決まった時に御主人様から頂いた
「世間体もありますけど、一番の原因は
そういえば莘伯も、あたしの前で子主癸にそのようなことをおっしゃってましたね。しかしその時点で嫌な予感がしていたなんて、あたしと子履は女性同士なのにいくら何でも察しがよすぎではないでしょうか。それともあちらもお見合いの結果をあらかじめ占っていたのでしょうか。分かりませんが、あたしが二度と莘の國に帰れない可能性があることは分かりました。(※この世界では、結婚した女性は自分の地元に帰ることができない)
待ってください、新しい婚約者をたてる予定が無いということは‥‥。あたしがそれを聞こうとしたタイミングで、子履が先に声を出します。
「母上、新しい婚約者をたてる予定がないのであれば、
「ええ。ただし婚約はしても、結婚には1つ条件があります。履、自分の跡継ぎを必ず作りなさい。履が死んだあと、子がいなければ履の妹が跡を継ぎますよね」
そういえば、子履には2人の妹と1人の弟がいるのでした。ですが子主癸は続けます。
「しかし、伯が自身の子を持っていたほうが何かと都合がよろしいのですよ。跡継ぎの問題も起きにくいですし、不孝者と
子履は、子主癸の言いたいことが分かったのか、悲しげにうつむいています。子主癸はまた、言葉を続けました。
「履。側室として迎える男を見つけなさい。子供ができたら追い出しても構いません。とにかく子供を作る相手を探しなさい。伊摯との結婚はその後です」
「‥はい、分かりました。母上」
子履は頭を下げます。子主癸は今度はあたしを向きます。
「伊摯」
「はい」
「子履には二股をかけさせることになり、伊摯には悪いことをします」
「いえ御主人様、どうかお気になさらず」
「いつまで御主人様と言ってるのですか?伊摯はもう婚約者でしょう?」
「えっ?」
あたしがぎょとんとしていると、子主癸はそばに控えていた使用人に何か言います。使用人があたしのところまで来て、立派で高そうな服を差し出してきます。ん。えっ?え?
と思っていたら、使用人が盆に乗せて持ってきた3人分の茶のうち1つをあたしに差し出します。
「履はこれから伯になる身、伊摯はその正室ですから礼儀作法を覚えなければいけませんね。今日から貴族として生活し、習い事に参加しなさい」
あたしは顔が真っ白になります。背筋ががちんこちんに凍ります。
えっと、この世界に同性婚はないんじゃなかったんでしたっけ?子供を作れない妻は追い出されるんじゃなかったんでしたっけ?
隣から子履がにっこり笑いかけながら、肩に手を置いてきます。
「よかったですね、伊摯。母上のことは、お義母様とお呼びになってくださいね」
「ま、待っ‥待ってください」
あたしは強めの声で言いました。子主癸は「ん?」と、片目の眉毛を大きく吊り上げます。
「ま、まだお嬢様と正式に結婚したわけではないのに、あたしを士大夫にするのは早すぎるのではないかと、思います!その、まだ出会ったばかりでお互いのことを知らないですし‥か、関係の進展にはもう少し時間が必要です。今の関係が結婚まで続く確信もございません」
焦りから思いついたことをとりあえずねじ込んでしまいましたが、子主癸には伝わったようです。子主癸は目を閉じて考え始めます。それをあたしも子履も心配そうな目つきで眺めていましたが、しばらくしてから子主癸は返事しました。
「‥‥それも一理ありますね。正式な結婚は少なくとも
子主癸の言葉に隣の子履はあからさまにしょんぼりしていますが、あたしの身の安寧には代えられません。
「ではこうしましょう。2年後に
うん、結婚をいちいち触れて回られるのは嫌ですが、どっちみち2年以内に破局する、いえ、破局させてみせるので問題はありません。あたしは力強くうなずきました。
「分かりました。その条件でお願いします!」
「履はどうですか?」
「‥‥問題はありません」
そう答える子履の目は鋭く、前のものを睨んでいるように見えました。子履も本気であたしにアプローチしてくるに違いありません。あたしはそれをかわしつつ、子履が他の男に夢中になるよう差し向けて自分の婚約を解消しなければいけません。そうすれば、権力争いなどでけっこう大変そうな士大夫の生活とは距離を置いて、庶民の平和な生活を満喫できます。よし、縦筋はできました。
これから向こう2年強は、あたしが庶民のままでいられるかどうかの勝負です。早速、
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