第142話 羊玄がチャーハンを食べました
「
「だから何度も必要はないと言っておるだろう。立て、通行の邪魔だ」
あたしは「は、はい」と声を震わせながら、少し転びそうになりますがやっと立ち上がります。
「ご質問、よろしいでしょうか」
「何じゃ」
「‥なぜ
学園は貴族以外立ち入り禁止と銘打ってはいるものの、実際はその貴族自体が下っ端の役人も含まれていて多い上に、街の人達も貴族に見えないこともない服を持っているので、変装した町民が列に混じっていてもそうそうばれるものではありません。そしてそのことは、貴族もおそらく心得ているのでしょう。羊玄は
「わしはこの国の民を常に思い、民のために政治をしなければいけない。そのためには民の視点を知ることも大切だ。だからこそ、定期的にこうして条件を同じにして過ごすこともある」
「それだと逆に周囲が恐縮しませんか?」
「民にわしの顔は分からぬからな。今日は控えめな服を選んでおるから、どこかの
そう言って羊玄は破顔します。確かに前世の日本の政治家でもそういう人はいましたが、この世界では身分の差がはっきりしており、礼節がとても厳しいのです。その中でこのような行動を取る右大臣の存在がにわかには理解できませんでした。
「用はそれだけか?」
「は、はい」
「わしからも聞くが、ここは魔法で料理を作っていると聞く。1人前を作るのにどれくらいかかる」
「はい、20分くらいでございます」
「20分とは何じゃ?」
あ。ナチュラルに答えてしまいましたがこの世界には時間の単位がないんですよ。ああ面倒くさい。
「薄い本を一冊読み終えるくらいの時間でございます」
「うむ。なかなか画期的な試みじゃ」
「ありがとうございます」
これだけ会話してその場は終わりました。あたしは走ってカウンターの向こうに戻って、空いているフライパンを見つけると休憩していた貴族を呼び出して料理を再開します。
◆ ◆ ◆
そしてついに羊玄が先頭になりました。この出店の事実上の責任者はあたしですから、料理も当然あたしが作って運びます。
「お待たせいたしました、こちらがチャーハンでございます」
テーブルに座らせた羊玄に、あたしはその料理を運んでいきます。
「米粒が茶色だ。焦がしてはないか?」
「はい、たれを使ってますので、色が変わるのです」
「ふうむ」
羊玄はレンゲを持って、そのチャーハンを食べ進めます。「うむ、油が多い‥」などと言ってますが、うなずきながら食べています。終わりには「素晴らしい」と言いましたが、「毎日食べるものではなさそうじゃな」と付け加えました。
米粒ひとつもない真っ白な皿にレンゲを置いて、羊玄はテーブルの上で手を組みました。
「して、この料理の文字はどうだ?決まったのか?」
「はい」
羊玄の言葉と一緒に、従者たちが慌てるように準備して、竹で作った細長い板と細めの筆をあたしに差し出します。えへへ、事前に
「火」に「少」と書いて炒。そして、「食」に「反」と書いて飯。炒飯です。うん、書けた書けた。
「はい、これがこの料理の字でございます」
「この『飯』の字の
うん?と思ってあたしはそれを見ます。確かにそこには「食」と書いてあります。‥‥あれ、そういえば、この世界では食の字がちょっと違っていたかもしれません。あれ、どうだっけ、子履もそこまでは言ってなかったかも。
「正しくはこうじゃな」
冷や汗をたらすあたしをそっちのけて羊玄はこう言って、みずからその字に線を引いて、下に新しい字を書きます。「飯」です。うわあ‥‥打ち消し線が入って少々かっこ悪いですが、とりあえずこれで完成です。
羊玄はその板を従者に持たせて、あたしの挨拶を背に、席を立つとそのまま歩いていき‥‥
「
いきなり後ろからものすごい声で怒鳴られます。あまりに声が大きすぎたらしく羊玄がぴたっと止まるのが見えましたが‥‥拝をしていたあたしは背中のえりをつかまれてますからそれところではありません。振り返ると、やっぱり
「ど、どうされましたか?」
「陛下を畏れ多くも料理にお使いになりましたよね?どういった了見ですか?なぜ断らなかったのですか?」
「え、い、い、いや、それは‥‥あの‥‥お見えになっているようなあの長い列をさばくには人が足りず‥仕方なく‥‥」
「陛下はわがままで
「ち、ちょっと
趙旻が横から小声で止めてきます。わがままで無鉄砲って陛下の目の前でそれ言うんですか、と思ったんですがつっこめる立場にありません。あたしはその場で平謝りです。何度も頭を地面にぶつけますが、怒鳴りまくる姜莭にとにかく言葉が出ません。
「そこまでにしておけ」
と、後ろからさっきの声が聞こえてきます。あたしがぴくっと飛び上がると、羊玄でした。3人ももちろん羊玄の顔は知っていますので、慌てて深めに
と思っていたら、羊玄があたしに声をかけます。
「人が少ないのか?」
「は、はい。どうしても身分がある手前、火を起こす貴族を集めるのはあれが精一杯でございまして」
「ならわしも手伝おう」
それを言われた途端にあたしは顔を真っ青になります。顔を見られないように必死で頭を下げて隠します。
「そんな、右大臣に見合う給金はお出しできません」
「
「で、ですが、右大臣もお忙しいですし‥‥」
「御託はよい。しかし‥うむ、そうだな。1回分だけ作らせろ。何を恐縮してるのだ?わしがこうして手伝わなければ、魔法を使った料理はすぐ廃れるだろう。それは文化の後退というものだ」
「そ、そこまでおっしゃるのであれば‥‥」
正直そのあとのことは記憶にありません。あたしがあまりに身を震わせて恐縮しすぎるものですから、趙旻が代わりに料理人たちに指示して鍋を確保したのは覚えてます。そのあと、羊玄が何か言って4つの鍋に同時に火をかけていたと思います。周りの貴族たちが「すげえ」と素で声を出していたのも耳に残っています。そして、羊玄が帰ったあとはなぜか姬媺が貴族たちに混じって火を作っていました。姬媺が混じっていた理由はあたしも本当に分かりません。2人の家臣の許可は多分もらっていたと思いますが、その2人ともきっと羊玄に何か言われたのでしょう。
後片付けの時に、あたしは姬媺に尋ねます。姬媺は、服についた汚れを姜莭と趙旻に叩き落としてもらっているところでした。
「曹伯さま、本日はお手伝いありがとうございます。ところで‥‥なぜお手伝いをご希望なさったのですか?」
「魔法を使った料理に純粋に興味があったわ。それに‥」
と言って、姬媺はあたしの目をしっかりと見つめます。
「あんたと友達になりたかったの」
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