第141話 麒麟が来ていました

昼が過ぎたあたりに、料理人と貴族が交代します。前半と後半で入れ替わるのです。といっても予想を遥かに超えた客を早くさばくため、前半の人たちはもうすっかりくたびれた様子でした。

あたしは後半は休んで子履しりと一緒に斟鄩しんしんのどっかへ引っ張られる予定でしたが、このぶんですと後半もいたほうがよさそうですね。ていうか羊玄ようげん様ともお会いしなければいけませんし。でもさすがにくたびれています。

昼食もまだですよね。ちょうど隣の店は作り置きしているパンを売っていたようなので、それをありがたく買わせていただきます。そういえばこの世界って強火はないのに、パンを焼くオーブンはあるんですね。‥‥考えるだけ野暮でしょう。きっと不思議な鉄板でもあるのでしょう。キーンと耳鳴りする頭を押さえながら、料理人たちが奔走する中で人げのない椅子を見つけて、パンを2つ3つ食べてため息をつきます。


さん、休憩ですか?」


ふいに、すぐそばにいた任仲虺じんちゅうきから声をかけられます。息を切らしています。ついさっきここへ走ってきたばかりなのでしょうか。


「はい」

「今すぐ来てください!」


反射で答えたかと思うといきなり任仲虺に手を引っ張られます。うわ、手に持ってたパンが落ちちゃう。慌ててそれを口に入れます。


任仲虺が引っ張ってきたのは、寮の建物の、子履しりの部屋でした。「連れてきました」と任仲虺が荒い息をついて、少しゆっくりめにドアを開けます。あたしはその中を覗き込んで、思わず「うわっ」と声に出します。狼のように大きな犬のような動物が‥2匹います。あ、これよく見たら麒麟きりんです。真っ白な索冥さくめいと‥‥もう一匹、真っ赤なのがいます。そして2匹のすぐそばに、真っ白になるまで舐められたであろう皿が2つ置かれていました。


<こいつだ>


索冥が言うと、その真っ赤な麒麟が振り返ります。


<こいつか。この”ちゃーはん”を作ったというのは>


「はい。伊摯いしと申します」


あたしははいをして返事します。ああ、子履や任仲虺が勝手にチャーハンを横取りしていったの、こういうことだったのですね。もう、神様の話だったら最初からそう言ってくれればよかったのに。と思ったら2匹はあたしをおもいっきり無視します。


<やはり異世界の飯はうまいな>


などと真っ赤な麒麟が索冥にそう話してました。うわ、異世界って言っちゃったよ。あたしはおそるおそる、そばの任仲虺を見ます。「後でゆっくり話を聞きますね」と任仲虺が言いました。うわ、怖いよ。何も悪いことはしていないはずなのに、なぜか叱られそうな雰囲気です。


「先程仲虺も試したのですが、どうやら私としか話さないようです」


と、2匹の麒麟の向こうにいる子履が洋風のカーペットに正座しながら言いました。


こうの魔力を持たぬ奴とは話せない。そう天帝てんていが決めたのだ>


索冥は、今度は少し底が深めでスープを入れる用の皿にあった水を飲みます。こうして見ると、まるでペットのようでかわいいです。


「履様、そちらの赤い麒麟のようなものは‥?」

「はい。炎駒えんくといいます。索冥に誘われて来たようですよ」

「うわあ‥‥あっ、供物くもつは足りてますか?」

「あっ‥それがその、私が呼んだわけでもなく、私と一緒に祭りを見たくて来たらしいのですが‥‥どうしても姿を人前に晒してしまうので、とめました」


ここでは人の姿に変身するのが定番では?と思いましたが、どうやらそういう雰囲気でもなさそうですね。


「履様と一緒でなければ姿を晒しても問題はないのでは?」


あたしが聞くと、子履は代わりに2匹の麒麟に尋ねます。そのあとで返事してきました。


「泰平の世でない限り、人前に姿を晒すには理由がいるらしいのです。常に私のそばにいませんと」

「ああ‥それだと麒麟と話してることが夏王さまにばれますよね‥」


つまり、麒麟は単独では行動できず子履と一緒にいなければいけないのですが、その子履が麒麟と一緒にいるところを他人に見られたくないので結局祭りに行けない状態なのでしょう。


孔甲こうこうは竜を食べたということですから、今の王さまも神を見ると何かしら要求するかもしれないのですよね」


そう言う子履に近づいて、索冥が頭をずいっと下げます。子履は少し戸惑った様子でしたが、索冥が<早くせんか>と言うのでそっと頭を撫でていました。うん、これ完全にペットですね。かわいいです。索冥もしっぽをぶんぶん振っています。


<まったく、200年ぶりにようやく人の世に行けると思ったらこれか>


<泰平な時代もそうそうないのにな。かい(※夏の過去の王)が最後だったか>


<人前に出てよくなったら必ず誘ってくれ。5匹総出で行くぞ>


索冥と炎駒の会話に、子履は苦笑いします。確かに麒麟は五行にあわせて5匹いるんですよね。木は聳孤しょうこ、火は今ここで見知った炎駒、土は麒麟、金は索冥、水は角端かくたんといいます。


「‥‥あっ、そろそろ戻らなくては。羊玄様が並んでおられるのです」

「分かりました。私もちょうどよそに用事がございました」


子履が立ち上がりますが、索冥と炎駒のことを思い出したのか、「‥‥私は用がございますので、そろそろ」と2匹に頭を下げます。2匹が消えるのを見届けています。


◆ ◆ ◆


持ち場に戻ります。うわ、行列の中に羊玄が並んでいるのがここからも見えるようになりました。羊玄1人というわけでもなく、さすがに護衛が何人かついています。

料理人たちの様子を確認します。みんな午後の当番たちです。


終古しゅうこ様、ご協力ありがとうございます」


料理を1つ終わらせて休憩に入った終古に挨拶するのですが、終古は慌てたようにはいして「伊摯様、本日はお日柄もよく‥」といつかのなつめ商人のような事を言ってきます。うわ、そんなところで膝をついたら危ないですって、うわ、後ろで走ってる料理人が終古の足につまずいちゃったよ。ああよかった、転んでない。


「終古様、今すぐ立ってください」

「はい」


こういうところは意外とマイペースなんですね。


終古が休憩に行ってしまうのを見届けて、あたしは1つ思い出しました。そういえば、と、あたしの持ち場より後ろにあったはずの姬媺きびのところを見ます。黒いローブに身を隠した姬媺は、まだそこで火の魔法を使っていました。姜莭きょうせつが近くにいたのによくばれなかったな。姜莭は交代してしまったのか姿が見えませんでしたが‥そういえばあたし、姬媺が来たことを姜莭に説明し忘れてました。ということは姜莭や趙旻ちょうびんにとって姬媺は行方不明になったということですね。さすがにまずいです。

料理が一段落したタイミングで、姬媺のところへ走ります。


「あの‥そう王さま、そろそろ交代の時間でございます‥」

「わたしはまだまだ疲れてないわ、大丈夫よ」


見たところ姬媺はぴんぴんしている様子でしたがそれは顔つきだけで、振り返る時間や腕のぶら下げ具合から、ああ疲れているなとなんとなく察しています。


「お気持ちは嬉しいのですが、ここは貴賤きせん関係なく休憩を挟まなければお体に障ります。ここのルールになっているのでどうかご理解ください」

「わたしはまだやれるわよ」

「‥姜莭様をお呼びします」

「‥‥‥‥‥‥‥‥疲れてきたし、ここまでにするわ」


姬媺は何事もなかったようにあたしとすれ違います。ははは‥とあたしは苦笑いします。‥あっ。あたしはまた姬媺を呼び止めて、そっと耳打ちします。


「曹王さまがここにおられることを姜莭様に伝え忘れたので、必要であればあたしも一緒に行ってご説明を」

「必要ないわ、わたしが何とかするわ」


うん‥あの2人は案外厳しかったと思うんですが姬媺1人でなんとかなるんでしょうか。話半分に聞いておきます。


「それからあちらに羊玄様がいらっしゃるので、通る時はご挨拶なさってください」

「忠告どうも」


そう言って姬媺は店のテントの間を抜けて、出ていきました。そういえばこれは斟鄩しんしん全体のお祭りのはずなのに、あたしはずっと学園から出ていません。とほほ。

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