第200話 謎の少年と話しました

それを聞いて、あたしと子履しりは顔を見合わせます。一緒にいる人ですら出自を把握できていないのでしょうか。まあ、このような小さいむらを回る無名の集団ならありうる話かもしれません。


「私達は貴族で、魔法の勉強をしています。あの少年が扱ったのは魔法ですよね?」

「あ‥ああ。私達もそんな気はしているんですよ。でもあいつは記憶がないって言うんです」

「記憶がない‥」


あたしがうなずいたところで、このおじさんは腕を組みます。


「ところであなたたちはどこの国の貴族ですか?」

「あたしはしんの出身で、この方と一緒にしょうにいます」

「ああ、よかった。かつのやつだったら、ぶっ倒すところでした」


葛って、そう・莘・商の南にある国で、商の周りでは比較的大きい国でしたよね。何の恨みがあるのでしょうか。ふと子履の顔を見ると、なんとなく晴れない表情をしています。


「その国に何か恨みでも?」

「いや、こっちの話ですよ」


ごまかすように笑うおじさんに、今度はあたしの代わりに子履が話題を振ります。


「話を戻していいですか。あの少年の魔法の属性は分かりますか?」

「属性‥‥?とは何ですか?すみません、貴族のことはよく知らなくて」

「貴族は魔法で何でもできるわけではなく、ある決まった種類の魔法しか使えないことになっています。この種類のことを属性といい、基本はもくきんすいの5種類の属性があります」

「いや、知らないな。あいつはさっきの風や、あとは電気、爆発くらいしか起こしてませんね」


子履は「そんな」とうなります。この3つはすべて五行と直接の関係はありませんが、風は土の魔法、電気は金、爆発は火によって補助的に引き起こすことができるものです。3つの属性を扱えるということでしょうか?だとしたらまれに見る人材ですよ。何でこんなところに埋もれているんですか。

でも、それにしては気にかかる点があります。風は土ぼこり無しで起きましたし、残りの2つもおそらくそうかもしれません。通常、魔法は五行の元素のどれかを媒体にしないと起こすことはできず、媒体無しに魔法を使うなど不可能なはずです。


「気になるならあいつと話してみますか?」

「ぜひ!」


おじさんがうなずくやいなや、あたしは子履を引っ張って、まだ荷造りの途中のその少年に話しかけます。

髪の毛は短く、金髪で、目も青い少年でした。この世界で金髪はあまり珍しいことではありませんが、目がここまできれいに青いのは見たことがないかもしれないです。先ほどの演技の時は上に漢服を羽織っていたのでよく分かりませんでしたが、よく見れば服装も‥‥この世界には存在しないはずの洋服です。チェック柄のシャツの上にベストをつけています。服装だけでもいろいろ聞きたいことがあったのですが、まずは魔法の話が先ですね。


「すみません、先ほどの芸を見ていたものです。質問があるのですが、あの風を起こした魔法の属性は何ですか?」

「僕、まだ準備終わってないんだけど」


荷台の下にまだ箱がいくつか残っています。この邑の人からもらったものでしょうか。


「どうせ出発は明日だからゆっくりしとけよ」


あたしたちを気遣ってか後ろからおじさんが声をかけてくれると、少年は持っていた箱を地面に置いて、面倒そうに答えました。


「分からない。僕が知っているのは、魔法の使い方だけだよ。誰に教えてもらったかも覚えていない。気がついたら使っていたんだ」

「他にどのような魔法が使えますか?」

「うーん‥‥」


少年は少し考える素振りを見せた後、あさっての方向に手を伸ばします。すぐにぴかぴかぴかと、空中に光る玉が現れます。電気です。無数の小さい雷のような光が、複雑に絡み合っています。


「ありえない‥金の属性では、金属の周辺に帯びさせるしかできないのに‥‥」


子履が思わず漏らします。金の魔法でも電気を発生させることはできるんですよね。子履は本気で金の属性だと思っていたこともあり、斟鄩しんしんではそれ専用の勉強もしていましたから説得力があります。

少年は電気の玉を収めると、「爆発もできるんだ。危ないからなかなか使わせてもらえないけど」と付け加えます。そのあともいくつか聞いてみましたが、どうもこの少年には本当に、どこで魔法を学んだかとか、魔法に関係する記憶がないようなのです。


そこらの石に座った少年の両隣に座って、事情を聞きます。


「仲間たちとは南の方で出会ったんだ。僕は浮浪だけど魔法が使えたから、それに目をつけてくる悪者もたくさんいてさ。助けてくれたのがあいつだったんだ」

「それで同行することになったのですね」

「魔法について僕は本当に何もわからないんだ。僕に聞いても君たちの知りたい情報は出てこないと思うよ。それより僕も魔法について知りたいんだ」

「はい、いいですよ、どうぞ」

「魔法を使うのは貴族だけだと聞いたんだけど、平民も魔法を使うことができるのか?」


その質問には子履が答えます。


「伝承では、黄帝こうていの子孫だけが魔法を使えることになっています。も出自は明らかではありませんが、仮に斟鄩にいる小さい貴族の家の出身であれば、黄帝の子孫ということになります」

「え、そんな簡単に決めていいんですか、あれは門もない一軒家のような家でしたから、貴族の中でも下等のはずです」

「摯。あなたはを姓として名乗っていますが、前世の資料では伊は氏です。そもそも前世において氏と姓ははっきり区別されていましたが、春秋・戦国時代にくだるにつれ混合されていったはずですが、この世界では最初から混合されているようですね。前世における伊尹いいん‥‥ではなく伊摯の姓はといいます。この姓はの血を受け継いでいることを示すもので、禹もまた黄帝の子孫です。つまり摯も黄帝の子孫ということになります。もっとも、前世の記憶も混ぜているのでこの世界で実際にどうなっているかは分かりませんが」

「‥‥‥‥様もせつの子孫といいますが、元をたどれば黄帝でしたよね。黄帝の子孫ばかりじゃないですか」

「少なくとも前世では、ギリシャ神話のゼウスと同じようなものではなかったかと私は思っています。黄帝のような神話の中で最も権威のある人物の子孫を名乗ることで、王族としての地位を正当化して‥‥」

「おーい、次の質問させてくれ」


子履がまた長話を始めようとしたタイミングで、少年が声をかけました。グッドタイミングです。「いいですよ、次は何が気になりますか?」とあたしが尋ねたところへ、向こうの方から「おーい」という声が聞こえます。任仲虺じんちゅうき及隶きゅうたいです。


「探しましたよ、2人ともこんなところにいらっしゃって。あ、その少年は、先ほど風の魔法を使っていた方ですね」

「仲虺様、先ほどの魔法の属性は分かるのですか?」

「いいえ。わたくしもそれが気になっていたところでした。属性は分かるのですか?」

「それが、あたしも先ほど聞きましたが分からないと」


突然、地面の影が増えたような気がします。はっと気づいて空を見上げると、いつの間にか真っ黒な雲がわいていました。奇妙です。空一面ではなくて、晴天の中にぽつりと小さい黒い雲が浮かんでいます。

と思っていたら、急に轟音を立ててぴかっと白い光が落ちました。雷?雷?え、何で?ていうか、あたしの背筋が凍ります。すぐ近くに落ち‥‥落ちた?


尻もちをついて、あたしはそれを眺めます。子履もあたしと同じく尻もちをついて離れたので無事。任仲虺も及隶も無事。じゃあ、あたしと子履の間にある、真っ黒なものは‥‥?

さっきまで少年の座っていた岩が、粉々に砕けています。


「だ、だ、大丈夫ですか!?」


あたしはその体を揺さぶってみますが、息がありません。返事もありません。「脈拍は?」と子履が測りますが、すぐ首を横に振ります。


おじさんたちが駆けつけてきました。あたしたちが事情を説明すると、おじさんは神妙な顔をして目をつむります。


「雷は私も見ました。天に召された。あなたたち以外にも何人かの貴族から驚かれるような人並み外れた魔法をお使いになってましたが、思えばあれは、天からおいてなずった使者だったのかもしれない‥‥」


そう言って少年の死体を抱きかかえると、「申し訳ない、離れてくれないか‥‥」とだけ言い残して、去って行ってしまいました。


◆ ◆ ◆


子履を楽しませるための寄り道でしたが、真逆の結果になってしまいました。馬車の中で、あたしも子履も任仲虺もみんな、暗い表情をしていました。途中まではよかったのですが、あの雷は一体何だったのでしょう。そして、あの少年が使っていた魔法の正体は一体。

短時間にいきなりいろいろ起きすぎて理解が追いつきません。なのにあたしは自分が思った以上に冷静なことに気づきます。あまりにもあまりなことすぎて、感情が追いついていないんでしょう。

あたしは膝の上にいる及隶の頭をなでます。餅のように柔らかくて愛らしいものでしたから、その時はそれが唯一の癒やしでした。

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