第291話 岐倜にアプローチしました(1)
あたしもさっきのように手紙を書くのを禁止したのも、あくまで
子履が怒ることはめったにありませんが、前世でも経験はあります。子履は臆病なのでちょっと押したり引いたりすればすぐなかったことになるものなのでそっちの心配はしてないです。あ、このことは子履には黙ってくださいね。
あたしは前世で、沖縄や長崎に行きました。戦争に関するニュースや記事も読んできましたし、学校で討論もしました。戦争してはいけないという考えが当たり前の世界で生きてきたので、単純に戦争とはそういうものだと思っているのです。ただ、この世界の常識はまた違うことも知っていますし、今日みたいに家臣に押し切られたらあたしは戦争を拒否する自信がありません。
子履はなぜあそこまで戦争にこだわっているのでしょう。前世日本であたしと同じような教育を受けているはずなのに、不思議なものです。
◆ ◆ ◆
部屋でぷんぷん怒ってる子履は、ほっぺたをこうやって両手で挟んですりすりすると機嫌を直します。かわいいものです。ほっぺたをいじると怒る及隶とは対称的です。それでもいくらか不満げでしたので、あたしはなにか話題を振ってみます。
「あたしたちの結婚式、いつやりましょう」
「その前に男を見つけなければいけませんね」
「ああ、そうでした」
今はなき子履の母である
この世界では親や先祖を尊重しなければいけません。子供を作るということは、自分だけでなく親、そして先祖の血が受け継がれるということです。子供を作らずその家が途絶えることをよしとせず、とにかく子供を作らなければいけないのです。子供を作ることは親に対する最大の孝行なのです。五刑のひとつである宮刑も、陰茎を切断して生涯尿を垂れ流す羞恥に耐えるというよりは、その代で家系が途絶えること、先祖代々受け継いできた血を新たな世代へ受け継いでいけないという屈辱を与えることが一番の目的です。
子供を作ることはすなわち先祖を敬うことであり、先祖を大切にするのが常識ですから、子供を作らないということは、そんな当たり前・最低限のこともできていない、かわいそうな人間だということになるのです。前世の南北朝時代でも、
それに、親を敬う以上、親の遺言も守らなければいけません。結婚するのは男を見つけてからという話になっていましたので、それを律儀に守るならあたしたちはまだ結婚できないのです。
「早く男を作りたいですね」
「早く私と結婚したいということでしょうか?」
「出会いを待ってばかりでいると、結婚したい時に結婚できないので不便だと思います」
すると子履は笑います。
「前世では恋愛結婚が当たり前でしたが、この世界では政略的な結婚も非常に多いです。例えば前世でもこの世界でも氏が同じ人、氏族同士の結婚は禁止されていますが、それは諸侯同士でお互いの國から結婚相手を引っ張ってきて國同士で仲良くしてほしいという周王室の思惑もあったのではないかと思います。待っていてもそのうち外国から話が来ますよ」
「でも、あたしたちが婚約しているという話が広まってしまったら、どの國も妾にするためにわざわざ縁談を持ってこないんじゃないですか?」
「國同士の結びつきのために、妾だろうとなんだろうと人を送り込んでくる可能性もありますね。子主癸が私に子供を作るよう遺言していたという話を各地に広めれば、そのうち縁談が来るでしょう」
「そういうものですか‥‥」
「かもしれませんね。この世界では、女性が伯や重要な地位に就くこともあるらしいですし、男が側室になることもそれほど女みたいだとか恥だとは思われていないかもしれません」
「なるほど」
あたしは子履の隣の椅子に座って、ひと息つきます。そこにあったお菓子を口に入れたところで、子履が付け足してきました。
「とはいえ、私も内心は早く結婚したいです。こちらから縁談を持ちかけるのもありですね。もちろん、
「ああ‥‥」
「前はそれで
忘れかけていましたが、あたしも子履も同じ男と子供を作るという話になっていましたね。
「何かあてはありませんかねー‥‥」
「ありませんかねー‥‥あ、そうだ」
と、あたしは食べかけのお菓子を全部口に入れてしまいます。
「最近ここに来た
「なぜ?」
「ほら、
「いいですね」
岐倜を商の家臣にした経緯があれといえばあれですが、少し話してみたところ、悪い人ではないし戦争の話も自分から振ってくるタイプの人ではないようでした。子履もそれで少し安心してしまってるかもしれません。と思ったら、子履が不安げに言葉を挟んできます。
「ただ‥‥」
「ただ?」
「摯の話しかしないような男でなければいいのですが」
あたしが反応に困ることを言わないでもらっていいですか。あたしもあれですよ、内心では子履こそその男に連れて行かれるんじゃないかなーって‥‥。まあ、子履に限って心配不要なあれかもしれませんけど。
◆ ◆ ◆
というわけで、商伯であり何かと目立つ立場である子履を残して、あたしはたまたま後宮の近くを散歩していた岐倜に声をかけてみます。
「岐倜様、お仕事でしょうか?」
「いいえ、このあたりを歩いているだけですよ」
「あてもなくぶらぶら歩いて?」
「最初はそのつもりでしたが‥‥こうして歩いていると、このあたりの地形や道を把握したくなってしまうもので、つい」
「道がお好きなのですか?」
「戦争になった時に道を知らなくては兵を動かせませんから。‥‥職業病ですかね」
岐倜は笑いました。あたしが急に押しがけてきたのに、少しでも嫌がるそぶりを見せません。
「このあたりもいいですが、街中を見るのもどうでしょうか?ここよりも複雑で入り組んでいますし。あたしが案内しますよ」
「いいですね、ぜひお願いします」
あっさり快諾をもらいましたので、あたしはそのまま岐倜を
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