第272話 この世界で初めてフルコースを作りました
実はこの
厨房で、料理人が
周りから「おー‥‥」という声が聞こえますが、あたしは使用人の持ってきたワゴンにそれを乗せます。
「あたしは最初の挨拶をしに行くので、その間に次のスープを仕上げてください」
「あの‥」
と、ワゴンの取っ手を握る使用人が戸惑います。
「これだけを持っていくのですか?大きい皿にサラダが少ししか乗っていないように見えるのですが‥‥」
「ああ、説明してませんでしたね、簡単に言えば、小分けして少しずつ持っていく料理なんです」
この世界では、とりあえず大量の食べ物をどんと置いて、相手が食べ終わるまでひたすら補充し続けるというのが客人をもてなすときの標準的なスタイルです。それとは全く別のことをやるのですから、料理人たちも今日のあたしの説明を聞いたときは戸惑っていましたし、多分客も戸惑うでしょう。なので、今のところは親しい間柄にしかできないものだと思います。
食堂では、真っ白なクロスがかけられた円いテーブルの向こうに子履、そして
「‥それでは、あたしが前世で専門に勉強していたフランス料理のフルコース、それを中国風にアレンジしたものをお目におかけします」
そして、使用人が少し戸惑い気味に、2人の前に少量のサラダしか乗っていない皿を置きました。手つきがお世辞にも上品とは言えませんでしたが、あたしもいきなり言い出したことですからね。
「‥‥サラダが少ししかないように見えますが」
任仲虺はやっぱり困惑していましたが、子履が「これからどんどん来ますよ、まずはそれを全部食べてください」と補足してくれます。
「え、ええ‥」と、おそるおそるフォークでそれをさして口に入れ‥‥「‥‥これは上品で爽やかな味付けです」と驚いていました。うん、喜んでもらえてよかったです。
でもさっき子履が説明したというのに「これを全部食べたら終わりですか?」と聞いてきました。あたしは首を振ります。
「あたしは次の料理があるので、食べ終わったらあのお皿を下げてきてもらえますか」
「え、食事が終わったわけでもないのに?」
「そういう料理なんです」
使用人にそういう指示を出したあと、あたしは厨房に戻ります。スープくらいならまあ大丈夫だと思うのですが、それ以外の盛り付けはあたしがしなければいけないのです。盛り付けもまた技術が必要で、この世界のそれとはセンスが違います。まあ、いきなり今日やりたいと言い出したのはあたしなのでアレですが、ゆくゆくはみんなにもできるようになってほしいと思ってます。
でも厨房に戻ったら、料理人たちがまだスープをカップに入れていません。
「この
「それは羹じゃなくてスープといいます、そういうものです」
スープの次は、魚料理を出します。単なる焼き魚ではなく、魚を真ん中で真っ二つにして、大胆に皿の上に立てて置きます。「そんな盛り付け、見たこと無いです」「そういうものです」と言っておきます。
ソルベの代わりに林檎を絞った汁を凍らせていい感じに解凍したものを使いました。これもやっぱり「食事中なのに冷たいものを出していいのですか?」と言われました。
そのあとはメインディッシュですが、小さい肉料理と大きい肉料理の2つがあります。きれいに盛り付けて、2つの料理を2皿ずつワゴンに乗せてもらいました。
最後にデザートです。
一通り終わったところで料理人たちにお礼を言って、あたしと
「仲虺様、いらっしゃいませ。今日のお食事はどうでしたか?」
2人の向かいの椅子に座ると、任仲虺は頭を傾けながら「悪くはありませんが‥これが新しいタイプの食事なのですね、驚きました」と言ってきます。
「今まで経験のない味付けで、全く異なる文化の食べ物に触れたような気がします。一体どこの國にあるどのような食材を使ったのでしょうか?」
「いえ、すべて商の國で入手可能なありふれた食材を使いました」
「ええっ!?」
「いつもの食材、いつもの分量で、ちょっと高級な食事が楽しめると言えばお手軽でしょう?」
「ちょっとというにはあまりに謙虚しすぎている気がしますが‥‥」
本当はもっと高価な食材を使ったほうが本領が出せるというものですが、今は冷害でみな苦しんでいる最中なので黙っておきます。
前世であたしのフルコース料理を経験している子履は動じることなく、ナイフとフォークをきれいに皿の上に置いていました。近寄ってきた使用人が、偶然かもしれませんが、その状態の皿を下げてワゴンに乗せました。任仲虺がナイフとフォークを乱雑に置いた皿も下げてしまったので、やっぱり偶然でしょう。
「‥食事の途中に冷たいものを出すのは驚きましたが、味はとてもいいものでした。これがいつもの食材というのは、信じられません」
「既存の調味料をある配合で混ぜて、隠し味も添えたものですが‥‥食事の順番も重要ですね。最初にオードブルといって、見た目で楽しむあっさりした料理を出します。その次は、食べるよりも体に入れやすいスープを持ってきて、体に食べる準備をしてもらいます。その次にポワソンといって‥‥」
「いきなり言われてもわからないです、ゆっくり説明してください」
あたしは任仲虺に時間をかけてあれこれ説明しました。「あの魚の食べ方がわからなかったのですが‥」「私も教えたのですが、初めての人には分かりづらいかもしれませんね」と2人とも困っている様子でした。次からは奇抜な盛り付けは避けておきましょう。
「どうでしょう、仲虺様、これを明日来られる
「わたくしは満足ですが、それには反対です」
子履の真似をして口をナプキンで拭いて、任仲虺は続けます。
「フルコースっていうのでしたっけ?一般の食習慣と全く異なるので、初めての人は当惑します。それから、食事で体が温まってきたのに冷たい食べ物を出されるのは抵抗があります。この世界の人達はみな、食事は温かいものであるべきだと考えています。まあ、そのあとの料理をおいしく感じさせるためのものだという意図は伝わりましたし、合意があれば問題はないでしょう」
料理人も使用人も同じようなことばかり言っていましたね。任仲虺は、あたしと子履が前世の記憶を持っている、その前世がどのようなものであるかをうっすら分かっている上に、この世界の価値観で生きてきたので、このような質問をするには便利な相手なのです。
「でも、これまで経験したことのない上品な雰囲気は十分伝わりましたし、高貴な食事として流行する余地は十分あります。わたくしも他の士大夫に、このような食事が存在することをそれとなく広めてみます。知名度が上がれば、劉歌は無理でも、他の士大夫を招待するときに選択肢に入るでしょう」
「ありがとうございます、ぜひお願いします」
「他に、摯さんは気づいているかわかりませんが、お客をもてなすには致命的な問題が1つありますね」
「それは‥何ですか?」
「料理は一度に全部出すのではなく、次から次へ出るのですよね?摯さんが食事に参加できないことです」
「ああー‥‥」
それはそうです。そりゃそうだ。あたしは「はは‥」と苦笑しながら、自分の腹が鳴るのを聞いていました。料理人には真っ先に盛り付けを勉強してもらおうかな。
任仲虺はあたしの様子を見て、ふふっと笑います。「もし摯さんと一緒にお話できるなら、次もお願いしますね」とも言ってくれました。そして、雰囲気づくりのワイングラスに入った普通に度数の低い酒を飲むと、真顔に変わります。
「わたくしを呼んだ理由は、それだけではないでしょう」
「‥‥はい」
これからが本題ですね。
最初に切り出したのは、子履でした。
「
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