第24話 イケメンが泊まってきました

その夕食でもあたしは当然のように子履しりの隣の椅子に座らされたのですが、子履は姚不憺ようふたんと楽しそうに話している様子でした。聞いてみると、芸能関係の話をしているようです。


の国の舞踊は、5人で足りるのですね」

「はい、その代わり帝しゅん様から授かったといわれる特別な器を使って踊るのです」


舞踊の話はとても華やかに飾られていました。そんなにきれいでみやびならあたしもいっぺん見てみたいなあ、でもあたし庶民だしなあと、高嶺の花だと思いながらその話を聞いておりました。


「そういえばしょうの舞踊を見たことはなかったのでしたね。町中でもやっていますから、ぜひ見に行きませんか?」

「はい、面白そうですね」


突然子履が話題を振ってきたので、あたしは何度かまばたきしてから返事します。返事してから、しまったと思いました。これって子履とあたしのデートなんじゃないでしょうか?えっ?でも一度はいと言ってしまったのでどう断るべきでしょうか。などと思っていると、姚不憺が割り込んできました。


「僕もぜひ見に行きたいですね」

「‥‥‥‥分かりました」


少しだけ変な間をおいて子履が返事します。姚不憺ぐっじょぶです。あたしはこう畳み掛けてみます。


「それでは3人で観に行きますか?」

「‥‥はい、そうですね‥」


子履は残念そうに声のトーンを落とします。子履とのデートを回避はできたものの、そんな表情を見てしまうと悪いことをしてしまった気分になります。ですが子履をなぐさめるには一緒にデートに行くしか方法がなさそうで、それがあたしは嫌なのです。思い切って吹っ切るしかないのでしょうか。


「‥‥いいえ、及隶きゅうたいも誘いましょう。まだ幼いですよね。学園で士大夫との付き合いもあるでしょうし、使用人として最低限の見識はつけてほしいと思います」


子履がこう言ってきたので、あたしは「はい」とうなずきます。


「及隶は伊摯いしの後輩でしたか?」

「はい、そうです」


姚不憺に及隶が後輩ということをいつ教えたのでしょうか、ああ昼間に姚不憺と一緒に歩いていたときに「センパイ」と言ってきたのでしたね。と思っていたら、姚不憺はまた言ってきました。


「及隶のことは子履さんからお聞きしましたよ、伊摯に似て明るい子ですね」

「ま、まあ多少馴れ馴れしいところはありますけど」


あたしはくすくす笑ってみせます。あたしが厨房で料理している間にも及隶の話をしていたのですね。どちらかといえば子履よりもあたしのほうに近い人間です。もっとこう、子履の身の上話をしなかったのでしょうか。


「それから伊摯さんはなつめが好きなんですね。いつでも虞の国に遊びに来てください、いくらでも用意しますから」


ん?あたしの話もしていたんですか。

姚不憺がにっこりと笑いかけてきます。それを見て、あたしの頭はぽふんと破裂してしまいます。真っ赤になって肩をすくめてうつむいてしまいます。


「‥‥あ、は、はい、遊びに行きます」

「待っていますよ」


とやり取りしたところで、子履がすかさずその話に割り込んできます。


「その時は主人の娘である私も同行してよろしいですか?」

「‥はい、構いませんよ」


姚不憺は少々ぎこちなく笑って見せながらそう答えました。

子履が窓から夜の更け具合を見て、思い出して手を叩きます。


「‥そういえば、そろそろお湯が湧き上がる頃でございますね」

「商の人は、毎日沐浴もくよくをなさっているとお聞きしましたが、本当のようですね」

「はい。よろしければ姚不憺も入られますか?」

「いえ、僕は遠慮しますよ」

「それでは私は食事が終わった後に‥」


子履はそこまで言いかけたところで、隣に座るあたしをちらちらと見ます。そして、小さくため息をつきます。


「‥‥いえ、私も本日は遠慮しましょうか」

「えっ、様はそれでよろしいのですか?毎日お入りになっているのに‥」

「今日はいいんです」


まあ子履が入らなくても、子主癸ししゅきも毎日入るようになりましたし、沸かすこと自体は無駄ではないと思います。ですが、風呂に入らない子履というのはとても珍しく感じます。


会話も一段落ついてしばらく食べ進めていると、子履があたしの耳に近づいて、小声で尋ねてきます。


「‥摯はあの姚不憺とどのような関係ですか?」

「えっ?本日初めてお会いしたばかりですが」

「‥‥そうですか」


子履は少し不満そうな顔を浮かべて、食事に戻ります。

‥えっ?子履は姚不憺と性格があわないと思ったのでしょうか。姚不憺はイケメンで優しい男だと思っていましたが、子履にとっては苦手な人種なのでしょうか。でもさっきの会話はどう見ても楽しそうでしたし、弾んでましたよね。子履のほうからもどんどん話題を持ってきて、話を伸ばしているように見えました。なので子履の所作は、あたしにとってとても意外で、想定から外れるものでした。

あたしはそそくさと食事を終わらせると、椅子から下ります。


「‥それでは厨房の片付け作業がございますので、あたしはこれで失礼いたします」

「ご苦労さまです」


◆ ◆ ◆


厨房に戻りました。他の料理人も及隶も食事中だったので、あたしは水をとってくると隣に座ります。


たい

「どうしたっすか、センパイ。お嬢様とよう様の会話はどうだったっすか」

「それが変な空気になっていて、よく分からないというか。お嬢様も今日はお風呂に入りたくないみたい。機嫌を損ねてしまったのかな‥もやもやする」

「詳しく聞かせて欲しいっす」


及隶にそう言われたので、あたしはゆっくりあつものを口に入れる及隶を見ながら丁寧に説明します。やがて及隶はスプーンを羹の皿の中に立てかけると、真面目な顔をして言ってきました。


「センパイ、それは三角関係ってやつっすよ」

「えっ?」

「お嬢様とよう様がセンパイを取り合っているっす」

「え?」


何のことだかさっぱり分かりません。2人ともあたしを引っ張り合っているという感じはなかったのですが。


「三角関係と言われてもぴんと来ないんだけど‥」

「今はまだ2人とも遠慮しあっている状態っす。こういうのは放置すると大変なことになるっす」

「えっと‥お嬢様と姚様をくっつけたいんだけど、あたしはどうすればいいの?」

「そんな悠長なこと考えてる場合じゃないっすよ。お嬢様は内心、かんかんに怒っているっす。」

「えっ、何で?」

「センパイが男を連れてきて、その男が必要以上にセンパイにくっつきすぎてるっすよ。浮気だと思われても仕方ないっす」


7歳のあたしの後輩なのに、やけに物分かりがいいですね‥‥。それはさておき、言われてみれば確かにそうかもしれません。そうだとしたら大変です。あたしは姚不憺を子履とくっつけるつもりで連れてきましたが、逆に姚不憺があたしの話ばかりしていたら子履も不審に思います。


「あたしが姚様を誘ったのは失敗だったかな‥」

「センパイの狙いは分かるっすけど、これは完全に失敗っすよ」

「ああ‥‥」


姚不憺に対する工作はまた後日考える必要がありそうですが、今はとりあえずこの状況を切り抜けましょう。


◆ ◆ ◆


といっても今、子履は姚不憺と話しているところですし、本格的に対策するなら姚不憺が帰ってしまう明日以降ですね。それまでになにか考えないと、と思いつつあたしはいつも通り厨房の片付けを済ませて、庶民の風呂代わりの濡れたタオルを持って及隶と一緒に庶民用の宿舎へ行きました。


「ん?」


部屋に入って、あたしは目を丸くしました。あたしや及隶のベッドや私物が全部ないのです。えっ?え?あたしの下着とか服とか全部ないじゃないですか。及隶も声にならない声を出して、ただの四角い箱になってしまった部屋を何度も駆け回っています。。うそ、これなにごと?

あたしと及隶は慌てて宿舎の中の廊下を駆け走って、担当の使用人を捕まえて聞いてみます。


「はぁはぁ、すみません、あたしの部屋が空っぽなのですが!」

「お嬢様のご命令で、本日から一緒の部屋で寝てほしいとのことです」

「え?」


あたしは顔を真っ青にします。

子履、怒りを爆発させるの早すぎではないでしょうか?せめて姚不憺が帰った後にできなかったのでしょうか‥‥などと文句を言っては始まりません。現に、部屋には寝るためのベッドがないのです。せめて及隶のベッドが残っていればいいんですが、それすらありません。


たい、クビっすか‥?センパイの巻き添えでクビっすか‥?」

「だ、大丈夫だよ、大丈夫、うん、大丈夫だよ」


仕方ありません。すっかり冷えてしまった濡れたタオルを持って屋敷に入ったあたしは、おそるおそる子履の部屋のドアをノックします。この部屋へ来るのは、掃除をした時以来です。


「どなたですか?」

「いっ、伊摯です‥」

「入ってください」


あたしはドアをこれでもかというくらいゆっくり開けます。前世で何かと話題になっていたピッチドロップ実験のごとくゆっくり開けます。そして部屋の中に目を入れます。

子履のベッドは、ドアの回転軸の反対側にあたる左にあるのでまだ見えません。代わりに部屋の右側には‥士大夫の部屋にはまったくもって似つかわしくないぼろいベッドが2つ、並んで鎮座していました。

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