第134話 チャーハンが話題になっていたようです

そのあとまた全体会議があって、フードコートのグループ分けが正式に決まりました。そこから先は授業の合間に寮の部屋に集まって、飾り付けの打ち合わせなどをします。姬媺きびは別のグループに行ってしまいましたが、趙旻ちょうびんが一緒なので姜莭きょうせつはあまり気にしていないようでした。


あ、任仲虺じんちゅうきも「サーハン?チャーハン?おいしいですね」と言ってくれました。子履しりも一緒に3人で並んで歩きながら相談します。


「貴族の魔法がないと作れない料理があるのは、かなり衝撃的でした。他にも魔法で作れる料理があるのでしょうか?」

「はい、いくつかアイデアはあります」

「ふふ、さんの新作を楽しみにしてますよ」


任仲虺はそれから「今回の文化祭では、まず相手を味でうならせた上で、魔法で作れる料理があることを宣伝しなければいけませんね。意識を変えれば、貴族の募集もやりやすくなって料理の研究も進むはずです」と付け加えました。確かにこの世界、料理は平民がやるものだという固定観念がありますよね。


◆ ◆ ◆


寮のベッドに寝転がってあやとりしている及隶きゅうたいの隣に転がって頭を撫でていると、妺喜ばっきがテーブルで何か作業しているのに気づきました。あたしはこっそりそれを覗き込みます。飾りのデザインを紙に書いているようでした。色とりどりの花を飾ったかわいいデザインです。


「きれいですね」

「ふふ、そう見えるじゃろ」


妺喜も笑って答えます。


「その仕事、任されたのですか?」

「うむ。他にやりたい人がいなくてのう」

「ああ‥‥妺喜様はどの仕事をやりたかったのですか?」

「料理人の確保と試食じゃ‥特に試食は人気があるのじゃ」


妺喜も以前よりは積極的に周囲と関われるようになったようです。まだ妺喜を嫌う人も多いですが、とりあえずよかったというべきでしょうか。

妺喜はたしか姚不憺ようふたんと一緒のグループと聞きます。妺喜に優しくしてくれそうな人は大体あたしが持っていってしまいましたが、運良く残った姚不憺と一緒になれたみたいですね。


「‥あっ、そうじゃ」


と言って妺喜はかたわらから紙を5枚ほど取り出して、あたしに差し出します。


「新作のショートストーリーじゃ。読んでくれ」

「はい。楽しみにしてましたよ」


中身は‥実在の人を使うのはやめたようですが、中身は相変わらず女性同士の恋愛です。中身も面白いものでしたが、ベッドに座りながらそれを読んでいたあたしがふと向こうの妺喜を見上げると幸せそうに笑いながら絵を描いていましたので、それがあたしにとっては一番嬉しいものでした。


ふいにドアのノックがします。使用人が「法芘ほうひ様が来られました」と言うと、あたしは「すぐ行きます」と言って及隶を頭に乗せてベッドから飛び降ります。今日は2回目の練習の日だったので、それを待っていたのでした。


寮の玄関のそばにいる法芘にいつも通りの挨拶をすると、法芘は困った顔で頭をかきました。


「どうかしましたか」

「いやあ‥‥前回の料理の話が広まりすぎたようだ。特に口止めもしてなかったんだがな‥‥」


法芘が何かごまかすように言います。珍しいです。いつもははっきり言うほうの人でしたから。はっきり言いすぎるのも困りものですけどね。

少したって子履など他の人達も集まったので、一緒に歩きながら法芘の話を聞きます。


「一体何があったのでしょうか?」

「いやあ‥‥俺が前回貴族を集める時に、お前が饂飩うんどんを作ったと説明したんだ。そうでもないと料理のために来てくれないからな」

「はい、それは想定してました」

「前回来たやつらが、その話とくっつけて宣伝してしまったんだ。『饂飩の発明者が新作を作った』『魔法を使った今までにないタイプの料理』だとさ」

「あー‥‥‥‥」

「ま、まあ、よっぽとおいしかったということだろう」


首をひねっています。あの法芘が首をひねっています。つっこみたかったんですがあたしツッコミ役でもないですし、法芘とそこそこ付き合いのあるあたしですから分かります。これはふざけているわけでもなくまじめな話です。


「とにかく、本番では貴族と料理人を倍くらいに増やしたほうがいいぞ」


その言葉の意味はすぐわかりました。グラウンドに行くと、料理人は前回と同じ人数だったのに、貴族の数がすらりと増えていました。2倍くらいです。うん、集まりすぎですよ。ま、まあ、練習が2回分できるからいいんじゃないでしょうか。と思ってたら以外の属性の人たちも見物で何人かいたらしいです。


その日の練習は無事に終わらせることができましたが、料理人のギャラの関係で、あぶれた貴族の分を全部あたしが作ったのでくたびれました。及隶もフライパンに米を入れたり、調味料を並べたり、盛り付けで大忙しだったので、あたしの膝でくっすり寝ています。

今日の練習の反省会ですが、今日は法芘も同席することになったので学外の飲食店に集まります。宴会用の部屋を法芘持ちで借りました。太っ腹です。


「法芘様、手配くださりありがとうございます」

「いやいやそんな、人が集まったのは全部お前のおかげだぞ。しかしどうにもまずいことになった。この話はすでに宮殿で話題になっているぞ。さすがにデブがお前を呼ぶようなことはもうないだろうが」


ああ、言っちゃった。あたしはこそっと耳打ちします。


「デブと呼ぶのやめたほうがいいです。あちらにいる終古しゅうこ様はの宮殿で働くおつもりでいらっしゃるので」

「ああ、俺の後輩になるのか。分かった」


あっさりやめてくれそうです。ふう。


「宮殿で話題になるとなぜいけないのでしょうか」


姜莭が首をひねると、子履が代わりに解説します。


「摯は以前、饂飩を作ってこの斟鄩しんしんで話題になりました。そんな摯が新作を作ったということなので、ひとたび話題になると殺到する人の数が違うのではないでしょうか」

「‥‥なるほど」


姜莭はそれから、また思い詰めたように腕を組みます。何かを考えているのでしょうか。


練習の反省会のつもりだったのに、本番に来る客数の見積もり、必要な料理人と貴族の数について、あーだこーだと議論が白熱します。


「貴族は午前と午後で交代で入れ替えるべきだ。貴族は本来は見るだけの側だからな」

「予約制にして、そうじゃない人は自前の貴族を用意するでもいいのでは?」

「数量限定かクジにすべきでは」

げん窮石きゅうせき陽城ようじょう(※いずれも斟鄩の周りにある都市)の貴族にも募集をかけるべきでは」

「いや、そんなことをしたらそいつらも家族や友人を連れてくる。チャーハンの客がいたずらに増えるだけだ」


みんな、当初の想定を上回る客が来て貴族と料理人の数が足りなくなることでは一致しています。しかし、あたしの料理を食べるためなら平民を手伝うようなこともやぶさかでないと考える貴族がいることにもびっくりしました。実際、今日集まった貴族たちは、新規も含めて、ほとんどそういうつもりで来ていたのです。


「強火で、今までにないやり方で作るからな。物珍しさが大いにあるのだ。あいつらにとって世のものがたいてい手に入る今、物珍しいものが必要なんだ」


法芘が付け加えました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る