第92話 姒臾に見つかりました
そして
「
「はい。はるか西、
任仲虺が食い気味に言うと子履も気分がよくなったらしく、話を続けます。
「そこよりも西へ行く予定は?」
「さあ‥‥ございません。そこから西へ行くと、さすがに女性のわたくしが耐えられるのか分かりません」
確かに飛行機も自動車もないこの時代に、中華の外まで馬だけで行くには無理があります。
「この
「えっ、西のことを知っているのですか?」
「私も人づてにしか聞いたことはございませんが、
うん、ぼかして言ってるけど前世の知識入っていますね。
「そのさらに西には、
「湖ですか?海なのに湖ですか?」
そのあとも子履と任仲虺は外国の話をしています。前世の知識のある子履が相手ですから、外国に興味のある人なら話を無限に続けられるはずです。あたしはしばらく聞いていましたが、やっぱりあたし自身はそんなに興味ないです。眠くなってきたので腕を伸ばしていると、手が後ろの人にぶつかります。
「あっ、申し訳ありません」
そう言ってあたしは後ろを振り返って‥‥顔を真っ青にしました。その人は
子履も任仲虺も気づいたようです。子履はすぐ任仲虺の後ろへ行って、任仲虺も立ち上がって子履を片腕で塞いでいます。‥が、姒臾は目を伏せて何も言わず、首を小さく振りました。姒臾の取り巻きの男子生徒が何人かいましたが、異様な空気に気づいたのか、みな姒臾に視線を集めています。
「お客様、ご注文はございますか?」
「帰る」
店員にあっさりそう答えた姒臾は、そのまますたすたと出ていってしまいます。「お、おい」と取り巻きたちもあわててそれを追いかけます。
こんなあっさり帰るとは思いませんでした。あたしはほっとして椅子に崩れ落ちますが、一方の子履はまだ不安そうに、胸に当てた手をぎゅっと握っています。
「‥私も帰ります」
「そうですね。暗くなった頃に待ち伏せされるかもしれませんので」
任仲虺もうなずきます。水をさされてしまいました。会計を終えて、あたしたちも学園に帰りました。
帰り道は妙に静かで夏なのに肌寒く、あたしたち3人は誰1人しゃべらず静かに歩いていました。
◆ ◆ ◆
寮の任仲虺の部屋に着いたあと、あたしは
用を足したところで厠から出ると、ふと廊下にいた
「おぬしか、ちょうどおぬしを探していたところじゃった」
「妺喜様、どうかなさいましたか」
「ああ、
それを聞いて、あたしはもう一度顔を真っ青にします。
「ど、どちらでお待ちになっていますか?」
「わらわの部屋じゃ。すでに
「わかりまっ
妺喜への返事もそこそこに、あたしは任仲虺の部屋に駆け込みます。
「あの、
そこまで言いかけたところで、子履と一緒にベッドに座って、泣いている子履の背中をなでてあげている任仲虺が目に入りました。任仲虺はなでながら顔を上げて、あたしに視線をあわせます。少し言葉が詰まってしまいましたが、やっぱり報告はしなければいけないですよね。
「‥‥姒臾様があたしに会いたいと言っています。これから会いに行きます」
「やめてください」
そう答えたのは任仲虺でした。子履も鋭い目であたしをにらみます。やっぱり‥やっぱり2人にとっても、姒臾はそこまで警戒しなければいけない相手です。
「でも及隶が捕まっていますから‥」
「もしものことがあっても、わたくしは
そう言われて、あたしは黙ってしまいます。あたしと子履が一緒に行くならまたしも、あたしと子履が離れ離れになってしまっては、任仲虺は子履を優先するでしょう。
「それに、あなたが人質になったらどうするのですか?」
「でも、今は及隶が‥」
「及隶と違ってあなたは
もう返す言葉もないです。あたしは「‥‥そうですね」と言って、そのまま部屋に入ってしまいます。
でもやっぱり心配なものは心配です。
◆ ◆ ◆
それからしばらくがたちました。暗くなったので3人で食事を終えて、食堂を出たところです。今度は及隶が来て、あたしの腕を引っ張ります。
「
「何がっすか?それよりセンパイ、
それを聞いて、あたしはまた固まります。及隶が姒臾のことをなれなれしく呼んでいたら誰だって心配になります。
「隶、頭は大丈夫?殴られてない?怪我してない?」
「どうしたっすか?」
及隶は不思議そうに、純粋な目で答えます。本当に何もされていないみたいです。あたしは言葉が止まりかけました。ですが‥及隶を抱き上げて、こくんとつばを飲み込みます。子履は暗い顔をしていましたが、さっきのように泣いているわけではありません。
「
「履さんは大丈夫ですか?」
任仲虺に話を振られた子履は、まだ不安げな表情を隠しません。やっぱり無理でしょうか、今夜も及隶と一緒に寝ましょうか。などと思っていると、寮のほうから妺喜がやってきます。
「おぬし、まだ姒臾に会っておらぬのか」
「はい。事情がございまして‥」
「早う会ったほうがいいぞ。昼からずっと部屋でおぬしを待っておるぞ。夕食もまだじゃ。食堂もしきに閉まるというのに」
そう言って立ち去る妺喜を一瞥して、あたしは抱き上げた及隶の頭をなでつつ、寮につながる廊下をじっと眺めていました。
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