第257話 陽城に着きました
果たしてそれと同じ頃、あたしたちは
それを意識してか、陽城付近の山へ近づく前に竜はあたしに話しかけてきました。
『陽城から
「え‥ええっ?
『これは
「そんな‥‥」
「どうしてここまで協力してくれたのに、最後の最後で突き放すのですか?竜に乗らないと薬が間に合わずに履様が死んでしまいます。隶の薬が間に合わなくなりますよ。履様は死んでもいいと思ってるのですか?」
『いや、生きて帰れるよう願っている』
「だったらなぜ‥‥」
『‥‥俺もどこまでしゃべっていいか分からんが、言わせてもらう。目の前にあるものを信じろ。これで想い人は必ず助かると、広萌真人もおっしゃっていた』
「‥‥っ、目の前にあるものって具体的に何ですか?そんないい加減な言葉、信じられないです!!」
あたしは竜の頭をゆすります。後ろから
◆ ◆ ◆
山のふもとにおりたところで、竜はどこかへ行ってしまいました。「さあ、急ぐぞ」と姒臾が
言おうかはちょっと迷いましたが‥‥子履を1日でも早く死にもの狂いで助けて、亳まで2,3日で帰れる別の方法を探さなければいけません。いや、子履を
あたしはさっき竜と話したことを説明します。
「だったらなおさら急がなければいけないだろうか!都心まで走るんだ!」
やっぱり姒臾はわめいていますが、そのかたわらで
「仮に履さんを無視して今すぐ商丘へ帰ったところで間に合いませんよね」
「‥はい、間に合いません」
「竜は、履さんは必ず助かるとおっしゃっていました。それを信じて今できることをやる以外に方法はないのではないでしょうか。まあ、わたくしは積極的に信じますけど」
姒臾は舌打ちをして「勝手にしろ」と吐き捨てます。そうして建物の並ぶ都心部のはずれまで着くと、「俺は2日‥いや、1日で商丘まで帰れる方法を探してくる。てめえらは暗くなったらここにいろ、いいな」と言って勝手に走り出しました。
「待ちなさい‥」とあたしは手を伸ばしかけますが、すぐに引っ込めます。
「姒臾さんなりに頑張っているのでしょうね」
「‥‥仲虺様は焦りを感じないのですか?正直、あたしもどうすればいいか分からなくて」
「先程も言いましたけど、わたくしは
「そんな‥」
でも任仲虺の横顔を見ても、視線の先が定まっているように見えず、目がうつろに斜め下を向いています。‥‥そうですね。他にすがるものがありません。あたしがこれ以上言っても、結果的には任仲虺を困らせるものでしょう。
任仲虺が振り向きました。
「とりあえず、手元に
「‥はい、そうですね」
亳の
◆ ◆ ◆
劉乂がどこにいるかは分かりませんので、まず誰かに道を聞く必要があります。と思って任仲虺と
本当に誰もこれも動いていないので、あたしはいちいち立ち止まるのをやめました。視界に入らないように、必死で上を向きます。任仲虺と一言もかわしません。「大通りに出ればさすがにましになるかも‥‥」と嬀穣が言っていたのでその通りにしましたが、全く変わりませんでした。いえ、隙間が少し増えただけです。
あたしは思わずぼやきます。
「‥‥話には聞いてましたが、ここまでひどいなんて」
「どなたから聞いていたのですか?」
「
「わたくしもです。特に
「この様子だと
「少なくともわたくしたちが学園にいた時の斟鄩ではないでしょうね」
大通りを歩きながら、あたしは思いました。
せめてなにか食べ物が‥大量の食べ物があれば。あたしは料理人なのに、こういう時に食べ物を持っていないのが悔しいです。料理人も、食べ物がなければただの人です。
「‥‥あっ」
任仲虺がはたりと立ち止まります。見てみると、壁にもたれて座っている人間の隣に座り、食べ物を与えている少女がいます。服に汚れは少しついていますが、身なりはかなりしっかりしているように見えるので士大夫でしょう。
食べ物を恵んでもらっている人間は、
少女が、その人から言われた言葉を反復します。
「数日前に来た馬車からもらった食事が最後だったのですね」
「昨日来た馬車には追い払われたのですね」
「もしかして、妻がいらっしゃったのですか?」
人間の言葉が聞き取れないせいで、少女が勝手に独り言を言っているようにすら見えてしまいます。ふと、人間が震える手でかたわらを指さします。そこには、ただ死体の山があるだけでした。
「‥‥亡くなった、のですね」
あたしはつばを飲み込みます。
「行きましょう、早く劉乂の屋敷を探さないと‥‥」
嬀穣がその場を振り切りたいかのように大きめの声を出します。あたしも「そ‥‥そうですね」と答えます。この場を離れるのが果てしなく冷酷で人の心がないようにすら感じられますが、あたしはあの少女のように食べ物を持っているわけではありません。言葉で慰める以外にできることはありませんし、そんなのは言葉を聞き取る体力すらないような人たちには迷惑なだけです。
しかしその言葉を聞きつけたのか、少女が振り向きます。「お待ち下さい」と立ち上がります。
「劉乂の子の
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