第258話 劉乂と会いました
「劉歌様」
「はい、どうしましたか?」
「劉歌様は‥その、こんなところにいて平気なのですか?」
「そうですね‥
「‥‥っ、斟鄩はここよりひどいのですか?」
「はい」
恐れていた言葉でした。あたしたち、数年前まで普通に斟鄩にいて、裏通りに死体はあったものの目に付く場所はきれいで、民の中にも笑顔が残っていて、平和な空間だと思っていました。そうか‥そうなんですね‥‥残念です。
劉歌の話の続きを聞きたくなくてあたしはそっぽを向いてしまいますが、そのあと劉歌の声は聞こえませんでした。
◆ ◆ ◆
道ばたの死体の数が減ってきたので、貴人街に近づいていることが分かりました。屋敷の敷地にまで入り込む死体はいないようで、少しだけ体が軽くなるのを感じます。
「入ってください」
出迎えてくる使用人はいませんでした。劉歌みずからドアを開けて、あたしたちを2階の客間へ案内します。しばらく待っていると、劉歌が劉乂を連れて入ってきました。それなりに歳を重ねているようで、ヒゲがしろみかかっています。
「
と、あたしはその竹簡を渡しました。
「なんと‥法芘も
「はい。いろいろな人が集まっています」
劉乂はその竹簡を開きます。読み始めはうんうんと頷いていましたが、途中から首の後ろをかいたり、首をひねったりするようになりました。
「‥‥君たちは確か、商から来たのでしたね」
「はい」
「なぜここに?」
「言ってもいいでしょうか?」と、隣の席に
「主人が罪を得て
「えっ、あの竜を倒した商伯が囚われているのですか?」
真っ先に反応したのは劉歌のほうでした。
「ヤツはあれだけ楽しみながら殺しているのに、まだ殺し足りないのですか‥‥!私含め多くの尊敬を集める人にまで手を出して‥‥」
「
劉乂の言葉は冷静ですが、どこか動揺したかのように竹簡を握りながら、半分ほどはげた頭をぼりぼりとかきます。何かをうわごとのようにつぶやいています。
「ここでこの人たちを陛下と会わせては
「父上、なんとかならないのですか!?」
独り言を遮る劉歌の声と手が、劉乂の体を揺らします。ああ、この劉乂って人、女に尻に敷かれるタイプですね。最初の威厳はどこへやら。
でも、この話し合いには
「その手紙のとおりにしていただけませんか?あたしも必死です」
と、できる限りの力でじっと劉乂を見つめます。二方から目で殴られる劉乂は、両手でしっかりと頭を抱えていました。
「わたくしもお願いします。どうか、商伯を‥いえ、主人をなんとかできないでしょうか?」
任仲虺も頭を下げます。その隣の嬀穣‥‥あれ、いない?さっきまで一緒でしたしいると思ってたのに。いえ、でも今は劉乂のことが先です。
「‥できません、いくら昔のよしみと言えど、陛下に引き合わせるわけには‥‥」
「そこをなんとかしろってんだよクソジジイ!こんなときババアならどうしてたか考えろってんだよ!そんの足りねえ頭で考えろっつってんだよ、ボケたか?」
劉歌が劉乂の肩をがっしり掴んで、金切声をあげながら激しく揺らします。ちょっと劉歌、性格変わりすぎです。劉歌の後ろにまわって、背中を引っ張ります。
「落ち着いてください、劉歌様、劉乂様が弱っておいてです」
「‥‥あっ、失礼いたしました」
我に返ったのか、劉歌がまた姿勢を正して、おしとやかできれいで上品な声を出しました。うん、もう遅いからね。話の内容から察するに、手紙にはあたしと
劉乂はその手紙を何度も何度も読んでいます。‥‥そして、隣りにいる劉歌の顔を見ます。それから、またうーんとうなります。
そんなとき、この客間のドアを誰かが叩きます。「どうした」という劉乂の声でドアを開けた使用人が、頭を下げます。
「申し訳ございませんが、御主人様のお耳にどうしても入れていただきたいことがあり‥」
「お客様がいらしている最中だ、後にしてくれ」
「それが‥火急の件でございます」
劉乂は席を立って、ドア近くへ行きます。使用人からこそこそと耳打ちしてもらうと、劉乂は目を丸くします。「‥‥‥‥そうか、下がってなさい」と肩を落として、席に戻ります。そうして、あたしたち、そして劉歌を見回します。
「‥‥分かりました。至急の御用のようですので、明日にも陛下と面会できるようにします」
そうしてもう一度席を立つと、部屋の隅にあった机から竹簡を出して、その場で手紙を書きます。
「こちらを後宮の兵士に渡しなさい」
「本当にありがとうございます」
あたしは劉乂から竹簡を受け取ります。使用人から何を聞いたのかよく分かりませんが、とにかく素直に喜びましょう。
「あと、これも手紙といっしょに」
と、大きめの小袋も一緒に渡されます。音が聞こえます。これ、お金ですね。まあそれはそうだろうなとは思いますが、その小袋のサイズから
「今夜泊まる場所は決まっておりますか?」
「うちにしときなよ」
「いえ‥今、決まってますか?」
「まだ決めていません」
「それでは、
と言って、劉乂はもうひとつ竹簡を書きます。‥‥あれ?今、劉歌がここに泊まるよう言ってきたのですが、それを無視しています。ここに泊めたくないのでしょうか?なんだか違和感がしますが‥考えすぎでしょうね。よそさまをいきなりいれるわけにはいかないお家柄なのかな。
竹簡と小袋を3つ受け取ります。あれ、3つ?そういえば嬀穣は‥いないです。劉乂には嬀穣が見えているのでしょうか?
「すみません、あたしたちは2人ですがお金が3人分あるように見えます‥」
「歌も一緒に泊まります」
「‥‥‥‥ええっ!?そりゃ、まあ、こいつらと話ができるんで嬉しいけどさ、クソジジイはそれでいいのか?」
と、劉歌が心配そうに尋ねますが‥劉乂は首を振ります。
「歌、前から言っていただろう。こんな國から脱げ出したいと」
「‥‥はい?」
「この人たちと一緒に商へ行きなさい」
場が固まります。話、重いです。
「クソジジイはどうすんだ?一応夏の番犬だろ?」
「だから言葉は選びなさい。ワシも後から必ず行く。歌は先に
「クソジジイ‥‥離れるの、嫌‥」
「ワシは恋人でもなんでもないだろう。行きなさい」
劉乂は劉歌の背中を何度も叩きます。「‥分かった。絶対、後から来るんだよな?」「ああ」と何度か言い合います。そして劉乂はあたしたちを向いて、そして深く頭を下げます。
「勝手に決めて申し訳ありません。ご迷惑でなければ連れて行ってもらえませんか?」
「劉乂様、頭を上げてください。商は誰でも受け入れる国です。ご心配なく、丁寧に扱います」
「娘を、よろしくお願いします」
「いえあの、頭を下げすぎです‥」
「どうか、よろしくお願いします」
「‥分かりました」
劉乂はあたしたちに何度もお礼を言って、劉歌ともいくらか話して抱擁します。ああ見えて父子の仲はとてもいいのですね。ちょっと離れるだけなのに、劉乂もあれだけ娘のことを心配していて。とてもいい親子ですね、本当に‥‥。
「
という任仲虺の小声ではっと気づきました。あたしは袖で涙を拭います。どうも前世のことを思い出してから、涙もろくなってしまっているのかもしれません。
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