第256話 羊玄の復活
「
「会いたいか?」
「いや‥‥」
「そうか」
「この3個の
3個の薬を渡すタイミング。そのうち2個が捨てられるタイミング。広萌真人はそれを事細かに説明しますが、妺喜は少しずつ表情を暗くします。
「‥‥そうか。わらわは伊摯に恨まれるのじゃな」
「こうなることは、最初から分かっていただろう」
「そうじゃ‥‥。これはわらわの覚悟じゃ」
「それでよい」
広萌真人は、妺喜の肩を叩きます。
「‥おぬしもじゃ」
「どうした?」
「おぬしも、わらわのせいで何年か後に自殺すると言っていたじゃろう。のう‥‥今もわらわのことを恨んでおるのか?」
それを問う妺喜の目はすでに赤くなっていて、今にも水が零れ落ちそうにうるんでいます。広萌真人は少し間を置きました。
「はじめは恨んでいたが、今はそうではない。
「‥‥‥‥」
返す言葉もなく、妺喜はただじっと広萌真人を見つめていました。
「そうだ、妺喜。言い忘れていたが、伊摯が来たときに、竜の
「竜の逆鱗‥‥なのじゃ?」
「ああ、それを伊摯に取ってこいと言え」
「そんなこと、普通の人間にできるのか!?」
「わしが手助けするので心配はいらない」
妺喜はもう一度黙りこくります。もう話がないと見た広萌真人は立ち上がってゆっくり向きを変えますが、妺喜は追いかけるように声をかけました。
「待ってくれ」
「また何かあるのか?」
「‥‥わらわの望みを1つ聞いてくれまいか?」
「望みとは何だ?」
「わらわの死に方についてじゃ」
そこで妺喜から一通り要望を聞いた広萌真人は、「善処しよう」と小さくうなずいてから姿を消しました。
◆ ◆ ◆
「
「今は右相ではない」
「そんなことを言わずに。夏の現状はご存知ですか?」
「他の人からも聞いたが、もう一度お前たちからも聞いておこう」
「はい、実は‥‥」
と、家臣たちは次々と羊玄に、妺喜があらわれてからの
「新しい宮殿は
「はい。8階建てです」
「それは造るのに何年もかかっただろうな」
「いえ、半年足らずで」
「どうやってそんなに早くできたのだ?」
「諸侯から人民を集めたのです。生きて帰られたのは、100人に2,3人ほどでした」
それを聞いて、羊玄は杖で地面を強く打ち付けました。
「わしは首都が竜に襲われたことによる諸侯からの不興を懸念して
家臣たちはみな黙るままです。誰もが夏に忠誠を誓っていますが、命を捨てるほどの覚悟を持っていない人も多くいます。そんなことが期待できるのは腹心くらいです。羊玄もそんなことは分かり切っているのか、ひげを触ってため息をついてその話を終わらせます。
「他に、諸侯の不興を買うようなことはしなかったのか?」
「それが‥昨年、
「なに‥‥?」
杖を持つ手を震わせ目を丸くした羊玄に、家臣たちがさらに事情を詳しく説明します。羊玄は「そうか」と肩を落とします。
「商伯は四肢を斬られたまま放置されているのか」
「はい‥東方からの不興を買わぬよう、せめて助けるべきかと」
しかし首をひねっていた羊玄は、「いや‥」と、それを横に振りました。
「商伯はかわいそうだが殺すしかない」
「えっ?」
「商は小国だ。力でねじ伏せることもできるが、惨殺したとあっては諸侯も商に同情して軍を起こしかねない。ただでさえ商伯は、竜を倒せるような力を持っている。その力と名声をなんとか利用して諸侯の協力を集めるのも時間の問題だ。そもそも、この国から逃げた同胞の半数が商に集まっているとも聞いたし国力も厄介だ。その力を無視できるはずがないだろう」
「な、なるほど‥」
「せめて普通に斬首したことにして首だけ返すのだ。罪を数え、正当な処罰だったことにしろ。そうすれば商伯の力は
家臣たちが黙りこくってしまったのを見ると、羊玄はうつむいて「‥まだ話したいことがあるのだが、明日にしよう」と言い捨てました。
家臣たちの群れから少し離れたところで、同行していた
「悩んでおいてですか?」
「‥ばれたか。まあ、商伯とは昔に仲良くしていたからな。だがわしは、あくまで夏の国の利益になることをしなければいけないのだ」
そう、羊玄は自分に言い聞かせるように、少し上を向いていました。白い雲が青空を覆い隠して、羊玄たちの影もすっかりぼやけたものになっていました。
◆ ◆ ◆
その翌日の朝、羊玄は
「随分老けたな」
「はい、老師がご不在なものですから、生き急ぎかけましてな」
羊玄と劉乂は古くから親交があり、劉乂のほうが少し年上です。羊玄のほうが身分は上ですが、気を抜いて対等に話すことができます。歳のせいなのか、羊玄にとってこのようなことができる相手は、もうほとんどいません。羊玄は久々に笑います。
「それで、陛下とはもうお会いになりましたか?」
「後宮に一瞬だけ姿を現して、官位を無心したらくれた。陛下には言いたいことが山ほどあるが、先にやらねばならぬことがある。陛下を説教している間にも人は死ぬからな。昨日のあの2人のような悲劇を増やしてはならぬ。陛下の説教はそのあと、斟鄩でゆっくりやるのがいいだろう。‥‥目的の
「はい」
ソファーから立ち上がった羊玄は、杖をついて、使用人の開けたドアを通って、屋敷のエントランスに戻ります。そうして羊玄はまた、立ち止まります。
「そうじゃ、言い忘れていたが」
「はい」
「わしはしばらくここを空けるが、お前はまた朝廷に出るのだろう」
「はい、次回はしあさってですかな」
「よいか。商伯を生死を問わずここから出してはならぬ。殺して、跡形もなく燃やすのだ。そして、普通に斬首したことにするのだ。幼子にはたいへん気の毒だが、夏の将来を考えるとやむを得ない。分かったな」
「は、はい‥‥」
そうして馬車に乗り込む羊玄の後ろ姿を、劉乂はどことなく複雑な表情で、ぼやけたものを見るかのように眺めていました。
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