第152話 子履と再会しました
外も暗くなりました。あたしは何人かの使用人と一緒に居間に入ります。部屋に引きこもっているあたしが途中で倒れたりしないか、体調を崩していないか見守ってくれる
「この玉子焼き、
「‥上手にできたね」
「センパイの玉子焼きも食べたいっす」
「気が向いたらね‥」
及隶から振ってきた話題に弱々しく答えます。
「最近顔色が優れないようですね。僕たち、とても心配していますよ」
向かいの法彂にそう言われます。鄧苓もあたしに視線を向けているのが、脇目でわかります。あたしは「はい」と適当に答えます。
「伊摯さん」
「はい」
「単刀直入に言います。体調がすくれないのは、子履さんに会えないからでしょう?」
「えっ」
あまりにストレートすぎます。数日前のあたしならすぐに返事できたでしょうが‥‥今のあたしは返事できません。しゃべりたくても、声が出ません。
「‥‥そんなこと‥」
「本当は好きですよね」
‥‥どうしてこんな場所でそんなことを話すのですか。それが全く理解できませんでした。この状況は一体何なのでしょうか。
「‥法彂様とあたしは許嫁でございますから、その、この話題は法彂様にご迷惑がかかります」
「そういうわけにもいきませんよ。自分の気持ちを偽っているほうがもっと迷惑です。僕は毎日引きこもって泣くような女性と結婚することになりますから」
「あ‥‥」
そうか、あたしは法彂の許嫁としてここに来たので、帰りたいとでも言ってしまえば法彂に迷惑がかかると思っていたけど‥‥迷惑、かけていたのですね。泣いて心配させてしまって。
「できる限りのことはしますから、本当の気持ちを話してみてください」
「‥‥でも、そんなことをすると今度は法彂様が‥」
「伊摯さんが部屋に引きこもっているのは僕の失敗です。きちんと今の想いを話してくれると、僕も失敗を克服して成長できますから。伊摯さんにも適切な対応ができるので、お互いにメリットがあります。ぜひ教えてください」
あたしは箸をテーブルに置いて、ふうっと一息つきます。
「あたし、履様のことが好きです」
それからしばらくの間、法彂と鄧苓の顔色をうかがいます。法彂が優しく「知ってますよ」と言ってくれたので、あたしは続けます。
「でも
「どのような手紙ですか?」
「‥‥女同士の恋愛に興味はない、履様は楽しんでいたようだったけどあたしは本気で嫌だった、心底嫌だった、二度と会いたくないと書きました」
「相当ひどいですね」
「履様は許してくれないと思います」
あたしは自分の言葉をごまかすように食べ物を次々と口に入れます。分かりきっていたことでしたが、味はしませんでした。一通り食べ終えて、そしてまた頬から涙が流れ落ちているのに気づきます。
「もし、子履さんが許してくれると言ってくれたら、どうしますか?」
「そんなわけないですよ」
あたしは首を振ります。
「いくら法彂様や
こうして法彂と一緒に
でも、もう二度と会わないからとあんな手紙を書いてしまって、取り返しのつかないことをしてしまいました。あたしはこのまま、子履のことを思いながら残りの人生を過ごしていくのでしょうか。
かちゃりとドアが開きます。
あたしは不意に、予感がしてうつむいてしまった頭を上げかけますが‥‥やっぱり期待はしてはいけないものです。
「摯、久しぶりですね」
思わず顔をあげます。子履でした。あたしの会いたがっていた子履でした。椅子から立ち上がりますが、どうすればいいか分からずそのまま固まってしまいます。子履はまた一歩近づいてきます。
「私、怒ってますよ。何も言わずに勝手にどこかへ行って。あの手紙を見た時、私はショックでした」
「で、ですよね‥‥」
「でも、謝ってくれたら許します」
こんなことをして本当に許してくれるのかという疑問よりも先に、体が動きます。気がつくとあたしは子履の体をぎゅうっと抱いて‥‥及隶に苦しいと言われてしまうくらい抱いて‥‥一心不乱に叫びます。
「履様、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‥‥」
子履は苦しいそぶりも見せず、抱き返してきます。
「もう大丈夫ですよ、許してあげます」
「ごめんなさい、ごめんなさい‥‥」
子履の体温を感じます。
子履と一緒にいて、こうして話ができることが、こんなに幸せなことだったなんて。あたし、ずっとそれに気づいていなかったなんて。もう離れたりしない。すり寄ってきたり、外堀を埋めてきたりしても、怒らないから。体を求められたら‥‥‥‥その時はまた考えるけど、今はとりあえず一緒にいたい。この体温と匂いと声、そして濡れた頬をくすぐるようにべたりとくっつく髪の毛、そして漢服、子履の全てを感じていたい。
「私の食事も来ましたよ。さあ、食事が冷めますよ」
「やだ、離れたくない‥‥」
「それは私のセリフですけど」
ようやく子履と離れて、でも隣同士の席に座ります。あれ、及隶が横にいない‥いつの間にか向かいに移動してました。そしてその隣には、しれっと
「今日の主役は子履さんと伊摯さんですよ」
法彂がはやすと、4人一同拍手します。鄧苓は何も言ってきませんでしたが、安心したかのように笑っていました。
◆ ◆ ◆
「では僕はお邪魔ですので、後で別の馬車に乗ります」
「いえいえ、邪魔だなんて、そんな」
翌日の朝、屋敷のロータリーで法彂が言います。あたしは慌てて止めますが、子履が肩を叩いてきます。
「乗りましょう」
「‥はい」
「それでは、僕はまだ荷物もまとまっていませんので」
ああ‥あのあと、法彂は帰るのは早い方がいいと言って深夜まで残ってあたしの荷物を懸命にまとめてくれたのでした。そこまで言うなら仕方ありませんね。2人に丁寧に
「ありがとうございます。大変お世話になりました」
「いえいえ。僕もお役に立てたようで嬉しいです」
あたしは子履に手を繋がれて、馬車に乗り込みます。及隶と任仲虺が並んで座っていましたので、あたしと子履は向かいに座ります。手を握りあって、お互いを見ます。
ころんころんと、馬車が出発します。
「‥摯」
「どうしましたか、履様」
「もう一回言ってください」
「えっ?」
子履は気まずそうにつばを飲み込んでから続けます。
「もう一回‥私のことが好きって言ってください。あの‥ゆうべみたいに」
「ええ、それは‥」
さすがに子履に直接言うことはできないですよ。あたしがそっぽを向くと、子履は肩に頭をあずけてきます。くすぐったいけど、自然と悪い気はしませんでした。頬が勝手に緩んでしまいます。そして‥ちらと向かいを見ると、任仲虺も及隶も白い目であたしたちを見ています。
「あ、あの、
「摯、よそ見しないでください。私以外の人の名前を呼ばないでください。また勝手に離れてしまうのかと心配です」
やれやれ、仕方ないです。2人には悪いですが。子履はあたしにもたれて眠り始めます。子履は何日も泣いたあと馬車に乗せられて、この1ヶ月間ですっかりくたびれてしまったようです。あたしもくたびれてますが、ゆうべは久しぶりに明るい夢が見れたのでよしとしましょう。子履と一緒に寝ます。
前世で、転校してしまった雪子と思い出のデパートで再会して、そのあと雪子がまたあたしの学校に戻ってくる夢を見ました。
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