第294話 里帰りしました(2)

2階にあたしの部屋があります。前世の部屋より少し狭いくらいで、照明もない薄暗い空間に机と布団がぽつんとあります。


「風呂はないのですね」

「ありませんよ」


この世界で風呂があるのなんて、しょうの國の後宮と都心部くらいじゃないですか。そもそも風呂は子履しりが発明した扱いになっており、商以外にはありません。ここはしんの國ですから、そんなものは後宮にすらありません。


「ぬれたタオルとってきますね」

「お願いします」

「雑用はたいがやるっす」

「いいよいいよ、あたしの家だから」


そうしてあたしはタオルを3つ取って戻ってきて子履に1つ、及隶に1つ渡すと、自分の服を脱いで‥‥「ま、待って下さい!」と、子履がすぐ横槍を入れました。


「どうしましたか、履様」

「その‥いきなり服を脱ぐのはちょっと‥」

「何言ってるんですか、女同士ですよね」


あたしはそれを言ったあと、はっと気付きました。そういえばあたし‥‥子履と一緒に入浴したことありましたっけ?一度もないです。子履が夏台かだいから戻ってきたあとあたしにべったりくっついていた時期がありましたが、その時ですら風呂は別々でした。

もしかして子履、あたしと2人きりになるだけでなく裸を見せるのも‥‥。


「恥ずかしいです‥」

「履様、学園のときからずっと思ってましたが、他の人がいるときにはくいくい迫ってくるわりには、肝心なところで止まってしまいますよね」

「だって、その‥‥せっく‥‥仲良しを本当にしちゃうのかと思うと興奮してしまって、頭がくらくらするのです‥‥」

「2人きりになるたびにいちいちそんなことしませんよ、なんなら履様こそ夏台から帰る時に宿で2人きりの部屋を借りてキスしたじゃないですか、あのときのメンタルはどこ行ったんですか?」

「あれは‥その‥三年の喪のときには摯もさすがに遠慮して襲ってこないと思って安心していた延長線といいますか‥‥私もこの気持ちを克服しようと頑張っていたんですよ?なので三年の喪の勢いで摯と2人きりになれたら‥‥と思ってましたが、幻想でした」


あー‥‥今までの子履の行動、大体分かりました。


「つまり三年の喪でもなければあたしは履様と2人きりになるたびに襲うと?履様の中のあたし一体どうなってるんですか!?あたしそこまで性欲の塊じゃないですよ!!」

「その‥別に嫌というわけではないのです‥ただ、これからせっく‥‥な、仲良しをするかもしれないと思うと気持ちが先走ってきてしまって、どんなわずかなきっかけでも興奮してしまって‥‥」


えっと‥‥あたし、これまであたしと2人きりになるのを嫌がってるわりには第三者がいるところであたしにべったりくっつく子履を小心者のたぐいだと思っていたんですが、どうやら真相はあたしの想像の斜め上をいっていたみたいです。もしかして‥‥性欲の鬼、だったりしないでしょうか?


「私と‥な、仲良しをしたいときは、私がどんなに嫌がっても無理矢理押さえつけて下さい。私、本当は嫌ではありませんから‥摯に激しくされたいです‥‥その‥‥」

「今ここでそんなことしませんよ!」

「動けなくなるまで徹底的にやってください!」

「ですから、そんなことしませんってば!」


なんていう恥ずかしい話をしているところで、及隶が小声で割り込んできます。


「あのー、隶は下で寝るっす‥‥」

「ああっ、隶、出て行かないで!ここで3人で寝よう、ね?」

「2人に付き従う隶の気持ちも考えて欲しいっす」

「ああっ、待って!!」


逃げようとする及隶を捕まえてほっぺたをこねこねしてやりました。やわらかいです。確かに及隶にとっては気まずいかもしれませんが、及隶がいないと子履と一緒にいられないんですよね。ごめんね。


◆ ◆ ◆


翌朝になりました。あたしは子履を家に残して、及隶と一緒に馬に乗ってしんの屋敷へ向かいます。田園の景色を眺めながら、ふと昔のことを思い出します。


「久しぶりだね」

「なつかしいっす」

「あの屋敷の厨房で一緒に料理したもんね」


ここまで口に出してから、料理をやめてしまったことを思い出してしまったので、あたしはそのまま口を閉じてしまいます。


「‥‥センパイと陛下の出会いはどのようなものだったっすか?」

「ああ‥‥あの時、履様は厨房の裏にある茂みの中に隠れていたんだよ、それをあたしが見つけたの」

「なんで茂みに隠れていたっすか?」

姒臾じきさまと結婚したくなかったから逃げてたんだよ」

「ふーん」


好きな人の話は、つい我を忘れてやってしまうものです。あたしは城壁をくくったあとは建物が増えていく莘の懐かしい景色を眺めながら話していました。人はしょうより少ないですし、どこか活力がないように見えます。原因は分かってますけどね。道に人骨が転がっているのを久しぶりに見て、明るい話をしたくなくなります。そのとき、ふと思い出します。


「‥あたしの親だけど、なんとなく、前世で出会った2つ目の親に似ている気がするんだよね」


ゆうべ久しぶりに会ってみて気づいたのですが、最初の親に虐待されて栃木まで逃げた時にあたしを拾ってくれた老夫婦と、なんとなく雰囲気が似ているように感じました。放言癖のある父、まじめで家事をそつなくこなすが朗らかな母。それがどうにも似ているのでした。そういえば張沢と蔡洎は、あたしが前世の記憶を取り戻してから初めて会ったのでしたね。


「気のせいかな」

「気のせいでもないっすよ」

「えっ?」

「前世でセンパイの身の回りにいた人たちは、一通りこの世界に転生してるっすよ。幼いうちに出会った周囲の人達の組み合わせで性格が決まるから、へたに新しい組み合わせで試行錯誤するよりも、前世と似た組み合わせにしたほうが前世と同じような人格が形成される確率が高いっす」


ええっ、神様はそんなことまで考えているんですか?ものすごく細かいです。


「だからあの2人は、センパイが思っているとおり、前世でセンパイを拾った夫婦がこの世界に転生してきたものっす。でも前世の記憶は持っていないから、前世の話をすることはおすすめしないっすよ」

「そっか」


あの人たち。やっぱり。そういやなにげに、あたしの生みの親でないことは共通してるんですよね。前世で知っていた人が身の回りにいると思うと、なんだか気持ちが暖かくなってきます。


「‥でも神様は、なんのためにそこまで?」

「センパイをこの世界に転生させたのは、果たしてほしい役割があるからっすよ」

「役割?」

「人にはそれぞれ天帝によって定められた役割があるっすよ。そうでなければ人間は全員同じ性格っすよ。人間全員がまじめだったり怠け者だったり、全く同じ経験や知識、考え方を持っていたりしたら、何も始まらないっすよね?人によって性格を変え、それを適切に組み合わせることで、天帝は変化や彩りのある世界を創ろうとしているっす」

「うわあ、なんだかものすごい話になっちゃうね。‥‥じゃあ、あたしにもこの世界の役割があるんだ」

「そっす。まあ、役割というのは神が魂を転生させる目的でしかないから、実際には神の意図と異なる役割を持っても構わないっす。あまり深く考えることはないっすよ」

「そうなんだ」


神様もいろいろ考えているんですね。じゃあ、神様があたしに期待した役割は何だろう。‥‥料理?いやいや。‥‥子履のそばにいて、子履を支える。前世で恋人同士でしたから、そのような役割を期待されてもおかしくはないかもしれません。


「愛してます、履様」


あたしはぼそりと独り言をつぶやくのでした。


‥‥つぶやいてしまってからはっと思い出します。子履、土の中に潜ってませんか?あたしは馬から下りて、歩きながら魔法でそっと地中を探索します。‥‥いないようですね。「どうしたっすか?」「うん、ちょっとね」と会話して、馬に乗り直します。

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