第51話 歴史好きな少年・終古
あれだけ騒がしかった
いやー、この世は平和だな。平和っていいもんですな。などと思っていると、すぐそばで誰かが草原に座って本を読んでいるのが目に入りました。見るところ、男の子のようで、髪の毛をしっかりきれいにまとめて縛っています。
この世界では髪の毛をきれいに結んで毛先を隠さないと、自分の寿命や魂がそこから抜けていくと信じられています。迷信ってやつですね。
あたしはなんとなく、その男の子が読んでいる本が気になったので、立ち上がってゆっくり近づきます。おっと、男の子があたしに気付いたみたいです。
「すみません、あたしは姓を
「
「ま、まあ、そうですけど‥」
そんな話、こんなところにも伝わっていたのですか。いや最初に
「そんなお方とお話できるなど、身に余る光栄でございます」
ん?
あたしが何か反応するまでもなく、男の子はいきなり正座して、両手を組んで深く頭を下げます。あたしは慌てます。こんなことをされるの、慣れてないんです。
「いやいや待ってください、あたしのほうが身分は下でございますから」
「いえいえ、本来あなたの姿を拝むことすら身に余る光栄でございます!」
「あなたもここの学生ですよね、じゃあ、あたしが言うのもおこがましいんですけど、あたしのことは対等以下に見てくださいませんか」
「対等などとんでもない!おこがましいのはこちらでございます!」
うん、堂々巡りですね。はぁ、仕方ないですね。面倒だし相手の気の済むようにさせましょう。あたしはため息をついて、その男の子の隣に座ります。
「ところで何の本をお読みになってますか?」
「あっ‥‥‥‥あの‥‥‥‥」
男の子はそれまで読んでいた本を胸にぎゅっと抱いて、答えをためらっているようでした。ええっと、あたしに答えられないことがあるってことは、それ春本(※エロ本)のたぐいなんでしょうか。
あたしが目を細めると、男の子は申し訳無さそうに小声で返事します。
「‥‥‥‥
「わあ、マニアックな歴史書をお読みになるんですね」
「‥‥‥‥変ですか?」
「いいえ、好きが高じて突き詰めるのは素晴らしいと思いますよ。歴史がお好きなんですか?」
「‥‥好きです」
男の子は少しだけ笑顔になりました。まあ、この男の子よりもやたら歴史が好きすぎて末期オタクになった子を1人知ってるんですけどね。子履というんですけど。それに比べたら、まだやさしいほうです。同じ歴史好きでも、こちらとは普通の会話ができるかもしれません。
「好きな歴史のお話、ちょっと聞かせてもらえますか?」
「‥えっ、いいのですか?」
「いいですよ、いいですよ」
「‥‥‥‥それでしたら、ここに楚伯が山の奥の川へ釣りに行った時の話がございますが‥」
男の子はおどおどした様子でしたが、それでも懇切丁寧に昔あったことをあたしにも分かりやすいように噛み砕いてくれます。
「面白いですね!すごく分かりやすいです!まさか楚伯が川に大切な形見を落としてしまうなんて、そこに現れた仙人の要求も理不尽でしたが無事見つかってよかったですね!」
「はい。この形見が美しい蝶になって伯のところへ舞い戻り、仙人が白い鷹となって消えてゆくのが今回の話です。鷹は帝
「説明、とても分かりやすかったです。面白いです」
「ありがとうございます」
男の子はにこっと笑って、ゆっくり本を閉じます。あっ、とあたしは思い出します。
「そういえばお名前をお伺いしてもよろしいですか?寮でもお近づきになりたいので!」
「あっ‥僕なんかとお近づきになっても後悔しますよ‥‥」
「でもお話は面白いじゃないですか!好きですよ!」
あたしがにこっと笑ってそう言うと男の子は少し頬を赤らめて口を結びます。
「‥‥僕は姓を
「あたしも改めて。姓を
あたしの問いかけに終古は少し視線をそむけます。
「‥‥‥‥ま、まあ‥‥僕なんかにはふさわしくないと思いますけど」
「またそんなこと言って。一途になって頑張るのはとても美しいので、自分を下げるようなことは言わないでくださいね」
「‥‥‥‥」
しばらくつばを飲みながら黙りこくっていた終古は、再び笑顔になります。
「‥僕の兄が2人、夏の宮廷で
「いい夢だと思いますよ!応援しています」
「‥ありがとうございます」
「ところで、他のお話も聞かせてもらえますか?」
子履はいつも、八王の乱だとか
気がつくとすっかり夕方になっていました。
「そろそろ帰ったほうがよさそうですね。また学園で声をおかけしたいのですが、終古様は何年生の何組でしょうか?」
「1年の2組です」
「それなら隣のクラスですね。改めてよろしくお願いします」
学園は学年全体で集まっての自己紹介というのをやらないようなので、他の組のことはあまり知りません。隣の組を尋ねる用事ができたので、次の授業日からまた忙しくなりそうですね。
次も歴史の話をする約束をして、その場は別れました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます