第52話 姫媺の謝罪(1)
女子寮の食堂へ行くと、
「どうなさいましたか?」
「‥‥寮で同室の
「ああ、
「相手が‥
ん?姒臾って確か、もとは子履の婚約相手で、やたら攻撃的につっかかってくる人でした。子履もあたしも、姒臾のことは嫌いです。同室の子が誰と付き合っていようが関係ないと思うんですが、気持ちはすごく分かります。
「姒泌が楽しそうにデートの準備をしているのを見ると、つらくなるのです」
「ああ‥‥」
姒泌が大泣きする姿が目に浮かぶようです。かといって別れさせるのも、他人のプライベートに介入することになるから憚られるでしょう。
「‥‥まあ、経過観察といきましょうか。他人同士ですしとやかく介入することでもないですし。姒泌様に何かあったら、あたしをお呼びいただければ協力しますよ」
「ありがとうございます、
えへん。
「その調子で私の女になりませんか?」
「百合には興味ないので結構です」
即答して、子履の顔も見ずにそそくさとその場を立ち去ります。
◆ ◆ ◆
初めて行く2組の教室は、1組と違って賑やかでした。
1組は
それに対して2組は、どの学生も自由にのびやかに話していて、いい雰囲気に見えました。
「おはひゃい〜‥」
姒泌が猫のように荷物を机の上に置いているのが見えます。本当に姒臾の彼女になったのでしょうか、姒臾はこういう天然な女の子とは性格が合わなさそうな気もしますが、偏見でしょう。
とか思っていると、
「おはようございます、終古様」
「あっ‥
深々と頭を下げてきます。みんなの前で恥ずかしいです、と言おうとしましたが、途端に教室の空気が一変したような気がします。みんな、あたしに視線を集めています。それだけあたしは有名なんでしょうか。クラスを跨いた自己紹介などはなかったので、名前と顔が一致していなかったみたいですね。
あたしはごまかすように、終古に声をかけます。
「あの‥歴史の話をしたいので、一緒にお昼しませんか」
「はい、もちろんです。伊摯様は大歓迎です!」
「それでは、よろしくお願いします」
あたしは終古にぺこりと頭を下げて、教室を出ていきます。教室の中から「お前伊摯と話せるのか」「どうやってお近づきになれたんだ」などという声が聞こえます。あの、あたし平民なんですけど。
などと考えながら、ふと廊下の窓から外を見ます。外は青天で、まっさらなグラウンドが見えます。
「よう、久しぶりだな」
男の声がしたので振り向きます。男だから一瞬姒臾かと思いましたが‥見慣れない顔でした。姒臾よりはあらっぽい感じがしますが、前にどこかで会ったような気がします。
「久しぶりでございます。‥あの、
「ああ、俺だよ俺、大犠だ。2組に用があったのか?」
「はい。終古様と少し」
大犠とは入試の時にお互いの名前を交換したきりです。確か推移と仲がよろしかった人でした。
「そうだ、聞きたいことがあるんだが」
「はい、何なりと」
「1組の学生たちの仲が悪いように見えるんだが、あれは何でだ?」
1組の仲が不穏だという噂も2組、3組に広まっているみたいですね。そのことは1組の中でも話題になっていますが、仲直りしようという動きは今のところ見えません。
「
「ああ、あの
大犠は何気なくそう言って、教室の中に消えます。大犠は妺喜を怖いなどとは思っていない様子でした。うん、これいけるかもしれません。時間ができたら妺喜と大犠を会わせてみましょう。
◆ ◆ ◆
1組の教室に入ると、いきなり姫媺があたしに紙を丸めた屑を投げつけてきました。痛くはないけど、なんかむかつきます。
ていうか、姫媺サイドはあたしたちを疎ましく思う反面、こうやって攻撃するようなことはあれ以来一度もなかったはずです。こんなくだらないことで攻撃してきて、子履たちが見ていたらまた新たな火種に‥‥と思って見ると、教室には姫媺グループ以外誰もいませんでした。
「あーあ、汚物に当たっちゃいましたわ。その紙はいらないからくれてやりますわ」
姫媺の言葉に、
「ありがたく頂戴いたします」
あたしは丁寧に頭を下げて、教室を出ていきます。
もう何なんですかあれ。でも子履に告げ口したらグループ同士で新たな争いの種になりそうです。どうしようか迷いながら、ふとその紙を広げます。
『夕食前、私の部屋に1人で来て』
‥‥ん?あたしは何度か繰り返し読みましたが、確かにそう書かれていました。これはあれですね、あたしを呼び出して何か危害を加えるんじゃないでしょうか。‥‥でも姫媺が紙を投げてきたとき、姜莭やもう1人の取り巻きは笑っていたのに、姫媺だけはあたしを睨むように、真面目な表情をしていました。あれは何かがあるかもしれません。あたしはくちゃくちゃになったその紙を丁寧に折りたたんで、ポケットに入れます。
◆ ◆ ◆
あたしはおそるおそる、寮のその部屋の中を覗き込みます。同室の子は‥いない。部屋の中には、本当に姫媺1人でした。姫媺は金髪でしたが、それが窓から差し込む夕日に照らされて、美しく妖しく輝いていました。
「‥来たのね。テーブルに座って」
「‥‥‥‥はい、失礼いたします」
あたしはドアを閉めますが、罠がないか警戒して椅子に腰掛けます。すると姫媺もテーブルまでやって来て、お茶を入れて差し出します。
「はい」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ありがたくいただきます、と言いたいところですが、あれだけのことをされた相手ですから、毒が入っているかもしれません。とはいえ身分差もありますし、飲まなければいけないのがつらく、怖いです。‥と思っていると、姫媺はそのお茶を引っ込めます。ん?と思っていると、そのままそのお茶を少し口に含めてこくんと飲んでから、再びあたしに差し出します。ここまでされたのですから、飲まないわけにはいきません。
「‥‥ありがたくいただきます」
あたしはそのお茶を飲みます。今まで飲んだお茶の中でも最高の味がしました。この味、香り、どれをとっても上品です。寮備え付けのものですらありません。これは‥‥外交贈呈で使われるたぐいのものではないでしょうか。
なぜあたしにこんなものを‥?そもそも平民のあたしにやるものはないんでしたっけ‥‥?まずい、頭が混乱してきた。そのお茶を静かにテーブルの上に置いたのを見ると、姫媺は話し始めました。
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