第164話 光の魔法
<そんなことより、蒙山の
「教えられません、今すぐ帰ってください!」
<なんということだ。お前もその
「それとこれとは話が別です。妺喜はあくまで
<それでは遅いと言っているのだ。どいてくれ!>
竜が興奮している様子です。あたしは「まずいです、逃げてください!!」と叫びますが、
あたしは、これまた上を見上げて呆然としている衛兵をしり目にその建物の中に入ります。建物の中に入ってドアから手を離したタイミングで、衛兵の「あっ」という声が聞こえます。
楕円状のロビーでした。半円状に曲がった階段を駆け上り、使用人たちが驚くよりも速く走って3階への階段を探します。ありました、奥の方にありました。そこを駆け上って、廊下で適当な天窓を見つけます。近くに棚があったのでそれを足場にのぼって、天窓にぶら下がってから、鉄棒みたいに腕を必死で動かして上半身を天窓から出します。そこからよし上って、風の入る天井をとにかくとにかくのぼります。怖いといえば怖いんですが、子履を守るために他に方法はありません。
屋上の屋根にへばりつきながら「
その、かつて何か置物があったかと思うくらいに少し広めの平らな床を持った空間の中は、不思議とあまり風を感じませんでした。あたしがよろけるように立ち上がると、そこでようやく子履と竜の会話が聞こえてきます。
「あなたの攻撃を、私は身を張って止めます。夏と私たちの平和を守るために」
<面白い。止められるなら止めてみろ>
と言って、竜が高く飛び上がります。上から攻撃かと思ったら、別の建物のほうへ飛び始めました。子履を無視してあくまで目的を果たすつもりなのでしょうか。あたしがここまで来た意味あったかなと思いながら、「下りましょう」と声をかけますが‥‥子履は「
今下がっても大丈夫でしょう、などと思って何歩か下がってみると‥‥子履は急に、呪文を唱え始めます。子履のそばにいた
急に、子履のまわりが白く輝きます。その光で目をつぶってしまいますが、気がつくとあたしは、まぶしいはずのその空間で何の違和感もなく普通に目を開いて立っていました。ちらっと周りを見ると、この黄色とも金色ともいえる色で光った美しい魔法陣の外側には、強い風が吹いているようで、建物の下にいる兵士たちの何人かが、転がってしまった槍を追いかけているのがおぼろげながら見えました。
子履の呪文が聞こえます。もう一度子履の背中に目をやると、それはおぼれそうなくらい美しくて、結んだ髪の毛が風で広がるように揺れて、服が規則正しく揺れて、金色の優しくて暖かい光があたしの心も包み込んでくるような、子履を止めたいという気持ちが一瞬で消えてしまうような、逆に子履が神様のように神々しくて祈りたいと思うような、そんな気がします。自分の膝が痛いのに気づいてはっと下を見ると、あたし、気づかないうちに膝を折って地面につけていたようです。
そういえば、子履は夏休みの時からずっと魔法が使えなくて、数ヶ月も悩んでいました‥と、あたしは今更思い出しました。子履が魔法を使っているのを見るのはあたしも数カ月ぶりですが、あの時はこんなきれいでまぶしく光る魔法陣などありませんでした。こんな暖かい風など起きませんでした。
「これが‥
ふと、近くの建物に怒号をあびせてまわっていた竜が、全速力でこちらへ駆けてくるのに気づきます。
<まずい、あれは止めなければいけない!>
と、そう叫んでいます。見てみると、向こうからも、こっちからも、3匹の竜が全部、全速力で走ってきます。でも不思議と、あたしは子履を引き止める気持ちにはなれませんでした。ここにいれば、きっと大丈夫。子履を信じれば大丈夫。子履は負けない。根拠のない、ありえないほど根拠のない自信が、勝手にわきおこってしまうのです。そんなわけないと思っても、あたしは手が動きません。脚も動きません。大丈夫。自分は大丈夫だ。恐怖を感じるほどの安心感に、自分の首を振る力すら残っていませんでした。
長いようで短いその呪文の詠唱が終わったようです。
<やめるんだ、その魔法は使うな!!>
竜の怒号が聞こえますが‥子履は自分を包み込んだ光を、手中に集めます。大きな光の玉が、ふくれそうに、破裂しそうなくらいに、ぶるっと動きます。
「何と言われようが、私はこの
と叫ぶと同時に、その光の玉が一気に破裂します。白い竜が飛び出るように現れたかと思ったら‥よく見ると、それは真っ赤に燃えた巨大な火の竜でした。火竜が大きな口で竜の一匹をあっさり飲み込み、暴れるように体を動かし、残りの2匹の竜を体にぶつけて焼きます。あっという間でした。
やがてその身体から、ぽたぽたと3匹の竜が地べたに落ちます。黒い点もいくらか落ちた‥と思ったのですが、よく見ると人間でした。人が乗っていました。
火の竜は大きな唸り声を出してから、そのままふっと消えました。かと思ったら‥あたしの前に立っていた子履も、緊張の糸が切れたのか、座り込んでしまいます。
子履のところに駆けつけてしゃがむと、子履があたしにもたれてきます。息を切らしたように何度も荒い息をついていましたが、その表情は、やりきったようにほほえみを浮かべていました。
子履にいろいろ言いたいことはあるんですが、とにかく無事でよかったです。あたしは思わず、もたれこんできた子履を後ろから抱き返します。
「もう無茶はしないでくださいね」
「‥‥はい」
ひどく疲れていてまともに話すこともできないのでしょうか。天井から降りるのにも体力はいりますし、今はとにかく回復してもらいましょう。あたしはそこから落ちないように気をつけながら、子履の頭を撫でます。火のような太陽のようなにおいと、冬だというのにあたたかい熱を感じました。
◆ ◆ ◆
学園の塔は、あまり高いというわけではありませんが、それでも学園全体を見下ろせるようにそびえ立っていました。昔は使われていたこの塔も、授業で使わなくなってからはあちこちにこけが生えるようになっていました。
その塔の頂上に、2人の影がありました。
「あれが‥光の魔法」
「ええ」
「あれが古来より、聖人たちの扱っていた魔法よ。あれを使った聖人たちはみな、この世をおさめ統一し民から慕われ崇められるほどの徳をおさめた。平和をもたらす人間にしか使えない力なのよ」
「‥普通の魔法は発動に媒体を必要とするわ。例えば水の魔法はそばに水や水蒸気が必要だし、木の魔法も木や葉や植物や種が必要だよね。でもあの火の竜には、周りに火の気もなく、可燃物もない空中にできたようだけど‥?」
「そうよ。光の魔法は、他の五行をすべて扱えて、かつ媒体を必要としない。だから魔力の続く限り無限に増殖し、他の力を遥かに凌駕する。まさに『伝説の力』、そして呪文も基本可能なことも他の五行と同じがゆえに、魔法の使い方を記録に残すときのインパクトが弱く語り継がれにくい力でもあるわ‥‥」
務光先生のつぶやくような説明に、卞隨先生もつばをのみこみます。
「‥‥そして私たちは、あれを陛下に報告しなければいけないわ。夏の臣として‥ね」
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