第110話 災いが起きました
えっと、これアレじゃないですか?あたしの義理の親とはいえ、本物の親が確定できていないこの状況では子履から見ると目上の人になるので、挨拶しないのは失礼ではないでしょうか?と思っていると、子履は椅子から立って普通に
「
「ああ、これで会うのは2回目ですな。しかし子履様もおちゃめだな、摯もいい嫁を持ててよかった、ははは」
えっ?
「え、ええと、父上、履様と面識がおありで?」
「ああ、もちろん面識はあるぞ。ここに入ったばかりの時にばったり会ったもんだから、軽く話したぞ。摯、お前、子履様と結婚するんだってな?俺たちは大歓迎だぞ。2人で幸せになってこい。ははははは」
2人とも高らかに笑います。えっと、あたし、子履と結婚したくないっていう話をしたかったんですけど。とてもそういう雰囲気ではありません。おまけに当の
「親が来ることをなぜもっと早く言わなかったのです。ああ、私の
何なんだこれ。最悪だ。最悪です。外堀まで埋められました。親も喜んでる様子です。ああもう、親がダメなら全部終わりじゃないですか。あたしは声を大にして言ってみます。
「あの、あのあの!あたし、履様とは結婚したくないんです!だいたい女同士ですよ。変に思わないんですか!?」
「摯もまんざらでもなさそうじゃないか」
「そんなことは‥」
「顔に書いてるぞ」
「この世界では男女の同性愛はよくあることですよ。王族もやっています。男では前漢の
「はは‥‥はははは‥‥」
あたしは口角を無理やり上げて作り笑いをするしかありませんでした。
◆ ◆ ◆
子履が「よろしければ泊まっていかれませんか?」と尋ねますが、張沢は「いえ、今回は急ぎの用です。すぐ家に戻らなければいけません」と断りました。正直ほっとしました。親はさっさと帰らせたうえで、今後の作戦を考えなければいけません。「摯、手紙よこせよ」と言って張沢と
「さて、外堀は埋まりましたし今すぐ結婚しましょう」
「
「その笄礼を今すぐやりましょう」
「笄礼は15歳になってからですよ」
「いつの時代も制度を決めるのは王様です。王様が笄礼を10歳の時にやれば、みなも合わせて10歳でやるようになりますよ」
「今はまだ王様の習慣も宗教に縛られる時代ですよね」
あたしがそこまで言うと子履は「むぅ」と頬を膨らませます。かわいいです。でも子履は「‥‥名残惜しいですが次の面会がありますので」と言って、すぐに行ってしまいました。
子履の部屋に戻ったあたしは、ベッドに転がります。すでに隣であやとりをしながら脚をばたつかせていた
それにしても今朝占い師が言っていた災いってこれのことですか。外堀が埋まってしまって、あたしはもう子履と結婚するしかないです。確かに‥‥災いです。恐ろしい災いです。災害です。もう
「ほら、そろそろ昼食でしょ」
「ちぇー」
及隶は少しすねてひもをまとめて手首に結ぶと、部屋を出ていきます。しかし及隶が出ていったところで料理の仕事のないあたしは暇人のようにベッドでころころするしかありません。1人は寂しいものです。
そうやって少しの間ころころしていると、ドアのノックがします。
「
「あ、徐範様、すぐ行きます」
あたしが部屋を出ると徐範は軽く礼をします。
「どうなさいましたか」
「料理の仕事について、陛下からお返事が届きました」
あたし、この商の国に帰ってから料理を禁止されてるんですよね。そのことについて
「拒否なされました」
「うん。‥‥えっ?今なんておっしゃいましたか?」
「陛下は
「ええっ!?本当に言ったんですか?」
「はい、これがその返事でございます。では」
徐範はあたしに竹簡を渡すと、礼をして廊下の奥へ消えてしまいます。ひとり取り残されたあたしはその竹簡を開きます。確かに、確かに、そこには『料理はやめさせなさい』と書いてありました。
「えっ‥‥」
正直、こんな返事が来るとはみじんも思っていませんでした。子履も料理して欲しがっていましたし、問題はないだろう‥‥と思っていました。料理できない。料理できないなんて。
「どうなさいましたか、
後ろからひょこっと
◆ ◆ ◆
昼食の後、あたしはまた子亘の部屋で紅茶を飲んでいました。今度はあたしが直接使用人から受け取ったポットとカップを使って、あたし自身がお茶を入れているので毒とかは大丈夫なはずです。
「それは‥お気の毒ですね。実のところ、私も伊摯様の料理は好きでした。そうですか、もう食べられなくなるのですね」
あいかわらず人形のお姫様のようなかわいらしい子亘も、残念そうにため息をついていました。あたしの料理のファンがこんなところにも。自分のファンは大切にしなければいけませんね。クセの強すぎる人ですけどね。
「必要なら私も母上にお口添えいたしましょうか?」
「はい、ぜひとも」
「母上がお戻りになったら、姉上と私と伊摯様の3人でお伺いしましょう」
「ありがとうございます」
あたしは丁重に頭を下げます。味方は多いほどいいです。そうだ、婚約破棄の相談をするのはこのタイミングがいいですね。
「ついでに子亘様に相談したいことがあるのですが‥‥」
「その前に、あなたにはひとつ反省してもらわなければいけないことがありますよね。姉上の心を奪った件について」
と子亘がにたりと笑います。うっ、しまった、子亘、いつの間にあたしの紅茶に毒を入れたんですか!?あたしは足をすりよらせて、椅子ごとテーブルから少し距離を取ります。しまった、手がしびれ‥‥ない?
見ると、子亘が紅茶の入ったカップを倒して、手でテーブルを引っ掻いて苦しそうな様子でした。そのまま暴れたかと思うと、ばたんと地面に倒れてしまいます。
「‥‥子亘様、今回はどこに入れたのですか?」
「ポ、ポットはダメだと思い、カップに‥‥」
うん、カップはカップでも自分のカップに入れたんですね、しびれ薬。もはやコントだろ。わざとやってるだろ。芸風じゃなかったらツッコミ待ち?ツッコミ待ちなんか?仕方がないのであたしは自分のカップの紅茶を子亘に飲ませます。毒が全身に回ったようで、うめき声を出しながら地面に仰向けにのびていました。
はぁ‥‥さすがに倒れている人を放置するのもしのびないです。あたしから見て子亘は1つ上の8歳にあたりますし、身長も子履よりちょっと上くらいです。子履の身長が低すぎるのです。それでも平民育ちのあたしにとっては何とか持ち上げられそうだったので、背負ってベッドに寝かせます。前回は数時間で抜けたとはいえ一応は毒ですから、大事を取って治るまであたしはこの部屋で椅子に座って本を読んで待つことにしました。
「迷惑ですから、もうやめてもらえますか」
「や‥‥めないわ‥‥伊摯様が‥‥姉上と‥別れない限り‥‥‥‥」
執念深いですね。ホラーかよ。というかそのあたしも子履と別れたいのでそれを相談しようとした矢先なんですよね。その話をするのがもうちょっと早かったら状況は変わっていたかもしれません。
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