第261話 竜の逆鱗を求めて(2)

すっかり赤くなった空が、少しずつ黒ずみ始めました。木が増えてきたので松明は使いづらいです。と思っていたら、姒臾じきが「俺は火に命令できるから遠慮するな」と言ってきたので、地面に落ちている枯れた木の枝を拾って火をつけました。懐中電灯ほどではありませんが、少しはマシな程度の明るさです。劉歌りゅうかを先頭に進みます。

ほどなくして、開けた狭い草場までたどり着きました。向こうに霧のかかるような大きい断崖、そしてその手前に小屋が見えます。小屋といっても大きいです。いえ‥薄暗くてよく見えませんが、あれはびょうですね。


「あれが劉累りゅうるい様の御廟ですか?」

「はい」


あたしの質問に劉歌が答えるとすぐ、後ろの方からかさこさと足音がします。任仲虺じんちゅうきも姒臾もすぐそばにいます。

足音の主が姿を現します。屈強そうな男が3人です。


「ど‥どちらさまでしょうか?」


しかし男たちは黙って弓を構え、あたしたちに向けます。

一本が放たれます。あたしのすぐそばに落ちます。すっかり身が氷のように固まってしまいます。


「その廟に近づくな」

「‥‥っ、私は劉累の正統な末裔・劉歌であり、これはわが劉家の大切な廟です。あなたこそどなたですか?名乗ってください」


男は劉歌の足元に一発打ち込んだあとで、続けました。


「今すぐ立ち退くなら、無かったことにしてやる。早く立ち退くのだ」


これは一体何がどうなっているのですか?自分の墓に近づくなと言われても‥‥何がなんだか分かりません。この男たちは盗賊でしょうか?劉歌に許可をもらっているあたしたちと違って、正真正銘の墓荒らしなのでしょうか?もしそうだとすれば、劉歌の先祖の尊厳が潰されては‥‥。


「早く行ってください」


任仲虺がかすかな声を発しました。


「え、でも‥」

「ここはわたくしと姒臾さんが何とかします。お二人は早く行ってください」

「‥‥はい」

「いいえ、4人とも行ってください」


木の上から、一人の少女がとんで着地します。その漢服の模様に見覚えがあります。


嬀穣きじょう様‥?」

「やはり来ましたね‥‥ここは私が1人でやりますので、みなさんは早く行ってください」


心なしか、いつも落ち着きのない人だと思っていた嬀穣は‥この時の目は、別人のように真剣で気持ち悪いほど落ち着いていました。いやこれ、普段の嬀穣を知っていると絶対混乱します。「い、いや、お前、誰だよ‥‥」と、さすがの姒臾もうろたえています。

と、その嬀穣の背中めかけて、男が弓を放ちます。「あぶな‥っ」とあたしが叫びかけたところで、その弓がどすんと垂直に落ちます。えっ‥‥え?ええ?


「早くしてください」


嬀穣がまた透き通った声で言います。何が起こったのか理解できませんが、あたしは「はっ、はい‥‥」と、くるりと転回して全力で走ります。気圧された?あたしが嬀穣に?あれは本当に嬀穣ですか?暗闇でよく見えなかっただけで別人と勘違いしてませんでしたか?

わけもわからず走っていましたが、廟に近づいたところで「お、おい‥」と姒臾に止められます。


「お‥俺は外を見張るから、お前たちは早く探せ」

「‥はい、分かりました」


姒臾を外に残して、あたしたち3人は廟の中に入ります。


門らしい門はありましたが、かつて夏帝に仕えた重臣の廟とは思えないほど簡素なものでした。代わりに建物は、山奥にひっそりとあるとは思えないくらい壁がきれいで汚れもなく、大きさもそこそこありました。


「毎日掃除されてるのですか?」

「いいえ、誰も掃除していないのになぜかきれいに保たれているのです。先祖様に礼を示すためにむりやり掃除はしているのですが、全く意味がありません」


劉歌は首を振りながら、鍵を差し込んでドアを開けます。中には‥‥大きな扉の前に、劉累のような人形が置かれています。見た目はいたって普通の廟です。

とたんに横隣の劉歌が地面に伏せます。


「ご先祖様、これから宝物をあらためますこと、どうかお許しください」


あたしも任仲虺も、急いでその場にしばらく伏せます。その時間が終わったところで、劉歌とあたしで廟の人形をどかして、その下にある大きな箱の中身をあらためます。いたって普通の供え物があるばかりでしたし、逆鱗が大切に入っていそうな小箱も見当たらないです。


「ないですね‥」

「ありませんね‥」

「どこにあるかわからないですか?」

「はい、私が埋めたわけではありませんので、さっぱり‥かむしゃらに探すしかありません」

「ですね‥‥」


それからはもう必死でした。3人総出で箱の中のものを全部取り出して、片っ端から確かめます。宝石、宝物、そればかりです。お金になるものはすごいっちゃすごいのですが、今の状況だと全然嬉しくありません。

箱だけでなく、部屋も隅から隅まで調べました。隠し扉はなさそうでした。人形の背後にある扉も劉歌が言っていた通り本当に見かけだけで、全く動きません。はしこを見つけて天井裏も調べましたが、特に何もありません。ただ、天井裏に埃が全く無いのを不気味に思ってしまう程度でした。


「竜の死骸があるというのは、私の勘違いかもしれません‥‥」


劉歌が肩を落とします。あたしはその背中をなでて、「大丈夫です、きっとありますよ」と励まします。何であたしが励ましているんだ。


でも時間はありません。建寅けんいんの月(※グレゴリオ暦1月相当)だというのに、部屋の中で何時間も暴れまわったのですからすっかり暑くなっています。外で体を冷やしたいです。5分‥‥いえ、3分だけ。


「少し外で涼んで来ます」

「あら‥ついでに、なにか地中に埋まっていそうな場所がないか見てもらえますか。わたくしたちは引き続きここを探します」

「あ、そうですね、それではお願いします」


廟の外に何かを埋める‥‥確かに竜の死骸のような巨大なものだったらそれはありえない話ではありません。前世でも恐竜が地中から出てくるのはよくある話でしたね。

あたしは一息つくつもりでしたが、外に出てはなっから地面ばかりを見ながら歩いていました。


「これ」


急に、前方からしわかれた声が聞こえてきます。あたしはぴくっと顔を上げます。そこには‥杖をついて、白髪と白いヒゲを生やした老爺が立っていました。

こんなさびれた廟の近くになぜ老爺が‥‥?あっ、あたしたち廟を荒らしに‥中身を見に来てたのでした。それがばれたらどんな顔をされるか‥‥。複雑な気持ちでいましたが、とりあえず名前を聞くべきですね。

と思っていたら、あたしは老爺の次の言葉で頭が混乱します。


「お前が伊摯いしか?」

「な‥なぜ、あたしの名前を知ってるのですか?」

「お前のことは、広萌こうぼう真人からよく聞いている」


え‥ええっ?‥‥また、またこの名前が出てきました。広萌真人です。この人もまた、広萌真人の関係者ですか。


「‥あなたはどなたですか?」

「劉累と申すものだ。かつてに仕えていた」


地面に尻もちをついてしまいます。え‥?劉累って、あの劉累ですか?あの廟に祀られているはずの劉累ですか?ってことは、目の前にいるのは‥幽霊ですか?


「想い人の一大事に、何を休んでいるのだ?立て」


あたしが言葉にならない声をたてていると‥劉累と名乗るその老爺は、あたしのすぐそばの地面に杖を刺します。あたしはそれにしかみつくように、よろよろと立ち上がりますが‥杖無しでは腰がおぼつきません。


「あっ‥あの、本当に劉累様ですか?」

「そうだ」


幽霊ですか?幽霊ですよね?ってことは‥今、まさに劉累の廟を荒らしてきたところですが、怒っているのですか?もしかして。


「廟のことを気にしているのか?」

「ひえっ!?」


図星です。墓荒らしをしていたら本人が化けて出てきたってしゃれになりませんよこれ。

‥‥と思っていると、劉累はぷいっと体をそむけます。


「気にするな」

「え‥いいのですか?」

「‥まあ、廟はことがすべて終わった時に必ず片付けてくれ。そう子孫に伝えろ。今はわしのことよりも、お前の想い人のほうがよっぽと重要だ。乱れた世の中をおさめるだけの力を、そいつは持っている」

「そんな‥それって‥」

「革命(※ここでは単に王朝が変わること)だ。お前の想い人には、それだけの力がある」


あたしは目を見開いて、その劉累の一挙一動をじっと見張っていました。少しでも変な動きをすれば、全力で逃げられるように。

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