第55話 姫媺の謝罪(4)
「‥‥と、これがことの顛末です」
あたしはこれまであった経緯を丁寧に説明します。妺喜はともかく、子履も任仲虺も驚いている様子でした。
「‥
子履が首を傾げます。そうなんですよね、言われてみればそれが一番気にかかるんですよね。姫媺は本当はいい人であれば、そもそもあたしを襲ったり攻撃的にならないはずです。でも任仲虺はそれに対して、冷静でした。
「おもえば、姫媺さんが最初に突っかかってきたのは
「ただのいきあたりばったりじゃないですか!」
「そうとも言います。ただ‥‥平民を嫌う貴族は残念ながら一定数存在します。姫媺さんもその1人でしょう。最初に摯さんを攻撃するまでの流れは、合理的に見えました」
確かにそうです。平民の中には儒教に従わない人も多いので、特にきれい好きの貴族、プライドの高い貴族は付き合いを嫌がるものです。前に子履がつぶやいていたと思うのですが、三国時代の
相手が誰でもフラットに接するというのは前世の常識でしたが、そうでない人のほうが、残念ながらこの世界には多いものです。あたしが貴族の血筋とわかると態度を変えてくるのは前世の感覚からすると正直言って気に入らないのですが、ここは妺喜のために我慢するのが筋かもしれません。それに相手が平民を気に入らないからと言って、あたしまで相手と同じような態度を取ってしまったら、それこそ同じ穴の
「それでは、あたしだけでなく妺喜とも仲直りしようとしたのはなぜですか?姫媺様は、クラスの風通しを良くしたいとおっしゃっていましたが」
「おそらくそれは本心でしょう。1組の状況は噂になっていたはずです。プライドが高く体面を気にする人であれば、ありえない話ではないです」
確かに、妺喜の正体がばれたのは大体姫媺サイドの行動が原因です。
「であれば、姫媺様は結局、自分の評判を気にして仲直りしようとしたということですか?」
「そういうことです」
「自己中心的じゃないですか」
あたしは呆れ気味にそっぽを向きます。少しでも姫媺に期待してしまったあたしが馬鹿みたいでした。
「そうは思わぬのじゃ」
妺喜の手が上がります。
「今日の姫媺の様子を見る限り、本心から反省しているように見えたのじゃ」
確かにそれに近いことはあたしも思いました。本気で謝っているように見えたのです。あれは一体なぜでしょうか。
「謝ることに慣れているだけではないでしょうか」
任仲虺が牽制するように言います。確かにその可能性もあります。いきなり上半身裸になれば、それに気を取られて姫媺の細かい仕草が見えなくなります。あれで謝られる側の思考を停止させる作戦だったと言われても反論はできません。ただ、今の任仲虺の結論のままで考えるのも、何か違う気がします。
と思ったら、子履が声をかけてきます。
「ところで、摯。明日はどうするのですか?」
「どうする‥とは?」
「摯は姫媺を許しますか?許しませんか?」
えっと‥。あたしの中でまだ結論は出てないので、いきなりそう尋ねられても答えられないんですが。でも任仲虺も妺喜も、あたしに視線を集めています。どうしましょう。ええと。
「えっと、あたしは‥‥‥‥」
◆ ◆ ◆
『媺、お前の名前には美しいという意味があります。どのような時でも、常に美しくありなさい』
これが母親の口癖でした。
外で友人と遊んで泥だらけになった時も、『美しくありません。なぜ汚れる遊びを選んだのですか?』と言われました。
食事をこぼした時も、『あなたの食べ方が美しくないから汚れたのですよ』と言われました。
寝癖を作った時も、『寝方が美しくありません』と言われました。
『美しくありたければ、友達は選びなさい』と言われて一部の友人と縁を切り、『美しくありたければ、勉学に励みなさい』と言われて休日は部屋に閉じこもり、『美しくありたければ、
母親がそう口癖のように言っていたのも今は昔。今、母親は重病で明日をもしれぬ命でありながら、政務をとっています。
『年頃の子は引き篭もらず、外で親交を育みなさい。それが美しい少女時代の過ごし方というものですよ』と言われたので、姫媺はしぶしぶ
残りいくばくも知れぬ母親のためにできることは、美しくあること。
そのために自分の周りから平民を排除し、学園の中心人物でいよう。
そう決心したのに。
「暗い顔してますよ。はい、
横の席に座るあたしは、姫媺の前に羹を差し出しました。姫媺はずっとそれを見つめている様子でしたが、すぐそばの
この飲食店には、あたし、姫媺、姜莭、
「
あたしが尋ねますが、姫媺は少し間を置いて、質問で返しました。
「結局、許してくれるの?くれないの?」
あたしは妺喜とお互いを見合って、それから笑顔で返事します。
「仲良くなるまで許しませんよ」
姫媺が単に体面を取り繕おうとしているのであれば、許すことはできません。もしそうでなければ、あたしたちと仲良くしてくれるはずです。
「‥美しくないわ」
「え?」
「少しでも綻びがあるまま生きていくのは美しくないわ。私のせいでクラスが分断されたことも、貴族を平民と罵ったことも、全部美しくないから嫌よ。母上はいつも、私に美しくあれと言っていたの」
そう‥ですね。平民を排除して貴族だけのクラスを作ろうとしたのも、その考えが根底にあったのでしょう。
「綻びがあるのはいつものことですよ。妺喜様も、母上に虐げられ、
「でも‥私は少しでも気になることがあったら、全部きれいに掃除したいの」
うわ、プライドが高いだけでなく完璧主義なんですね。姫媺がなおも食い下がりますが、あたしはまたにっこりと笑います。
「姜莭様も趙旻様も、姫媺様のことを想っておられますよ。詳しくは言えませんが‥」
「恥ずかしいわ」
姜莭が自分の頬を軽くつねりながら、そっぽを向きます。
「そのような方々が身近におられるだけでも美しいと、あたしは思いますよ」
「‥‥‥‥」
姫媺はなおも不満そうに首をふるので、あたしは羹をすすめます。姫媺はそれをしばらく見つめてから、またしぶしぶ食べ始めました。
その夜は、とにかく姫媺にいっぱい話しかけた記憶があります。妺喜も最初はおどおどしていたものの、あたしが話題に巻き込むと、その時はちゃんと答えてくれました。
◆ ◆ ◆
夜中に女子寮のラウンジに到着してからも、姫媺はまだ浮かない表情でした。
「殿下が大変お世話になりました」
姜莭と趙旻が丁寧に、拳を差し出しながら頭を下げてきます。学園の同級生といった雰囲気ではなく、かなりフォーマルなお辞儀でした。
「いえいえ、これからも仲良くやってくれますとありがたいです」
あたしがそう返事したところで、寮の当直が1人の男とともに走ってきて、あたしたちに声をかけてきました。
「曹の国より使者が参りました。姫媺様に火急の用があるとのことです」
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