第116話 子主癸が帰ってきました
あたし、つい先程まで家庭教師に教わって文字を書く練習をしていました。漢字を初めて学ぶ人を対象にして指導する家庭教師にとっては、他の生徒よりもスムーズに行ったらしいです。他の人は普通は線の引き方がなっていなかったり、文字がやたら崩れたりするそうですが、あたしは最初から整った文字を書けているのですごいらしいです。まあ前世でも同じだったり少し似ていたりしている字を書いてましたからね、文字は他の文字を見ながらであればきちんと書けます。えへん。あとは何も見ずに文章を組み立てられるようになるところまで行かなければいけませんね。前世ではコンピュータやスマホで文字を打つ機会も多かったので、忘れかけていることも多いです。
一方で
魔法の属性は例外を除けば火、木、金、土、水の5種類があり、そのうちのどれかが子履に該当するはずです。今は水の魔法を試している模様で、3人の先生のうち1人がお手本を見せています。
あたしはこっそりその庭に行って、建物の影から覗きます。子履の掛け声と先生のアドバイスがよく聞こえます。心配して来てみましたが、なるほど、なるほど、子履はまだ魔法が使えないようですね‥‥。魔法が使えない貴族はいらないとあたしが言えば婚約破棄できるのでしょうか、それとも平民の分際でと言われるのでしょうか。
などと考えていると、後ろから目と口に布を当てられます。
「んんっ!?んっ、んーっ!!」
え、なにこれ、ええっ。口に布を詰められて声が出せません。
そのまま体を後ろからきつくしめられて、後ろへ引きすられます。え、なに、誰、ええっ、え、
暴れますが今度は体を何かで縛られます。強引に引きずられていきます。
◆ ◆ ◆
目隠しを外されたそこは、屋敷の2階にある
「ふふ、そろそろ布に染み込ませた薬の効き目が出てくるはずですわ」
確かに体がしびれ始めて思うように力が出せません。例の薬です。あたしの口の中に入った布に染み込ませた薬であれば、唾液に溶け出たものをわずかに飲み込んでしまった記憶があります。しまった‥‥。
「あんな微量でも効くんですか‥‥?」
「そうですわ。直前に私の体で試したので大丈夫ですわ」
「直前に?」
あたしがいぶかしむのと同時に子亘は「‥‥もう限界ですわ」と言って、横にばたんと倒れます。うつぶせになって「しびれますわ‥‥」と固まっています。うん、もう芸風だろ。ていうかあたしより先に飲んだのなら、あたし運んでる途中で倒れるだろ。作者適当すぎるだろ。
「こ‥今度は何の用ですか?」
あたしは仰向けになって真上を見たまま、横でのびている子亘に尋ねます。
「私の‥‥私の姉上の練習を覗き見るのは、私だけの権利のはずでしたのに‥‥っ」
「ああ‥‥やっぱりそうなるんですか‥‥」
「今後一切、姉上の練習を覗かないと誓えますか?覗いていいのは私だけですわ‥‥」
「むしろ
と言っちゃったんですけど、あれ‥‥子亘は普段からこんなことをする人ですから、子履を手に入れたあとはどうするつもりなのでしょうか。
「皇后の位も私がもらって構わなくて?」
「あ‥‥‥‥‥‥‥‥これ以上の話は、薬が抜けてからお願いします‥‥」
自分が何を言っているのか分からなくなったので、とりあえず寝たふりをします。「ちょっと!」と子亘が何度か声をかけてきますが、あたしは目を閉じて知らないふりをします。心なしか、まぶたの中に子履の姿が見えたような気がしますが絶対に気のせいでしょう。
◆ ◆ ◆
あたしが治ったあとも子亘はまだ動けないらしく、ベッドに寝かせてあげます。ていうかあたしもまだ微妙にしびれが残ってて、人の体を運ぶのも一苦労です。もうやめてくださいねこんなこと。
「‥‥お聞きしてよろしいですか」
「何です?」
「子亘様は仮に履様とお付き合いできるとして、何をなさるおつもりですか?」
「それは決まっていますわ。薬を飲ませてこの部屋に監禁して、毎晩服を脱いで無垢な人肌を舐めて、それから「あ、ストップ」」
あたしの予想と全く一緒です。うわ‥‥。子履はできることならどっかのイケメンかレズに連れ去られてほしいと本気で思ってますが、誰でもいいからといって子亘に渡すのもどうかと思います‥‥。うん、子亘にあたしの悩みを相談するのは無しですね。あたしが人として後悔します。きっと。
子履との婚約解消計画はまた今度考えるとして、子亘が回復するまでここで本を読みますか。と思って窓際の椅子に座ってふと外を見ると、庭には誰もいません。魔法の練習はもう終わってしまったようです。ちょっと寂しいなあ‥‥。
と思ったら、ドアのノックがします。子亘が「入って」と言うと、使用人がドアを開けます。
「申しあげます。陛下がお帰りになりました。部屋でお待ちになっています」
「ああ‥私は体調を崩したので夕食まで行けないと伝えて‥‥」
「承知しました」
使用人と入れ違いで、子履と
「
「ま、まあ、そういうことですわ」
子履も子亘が何か薬を扱っている事自体は知っているようです。部屋の中に何歩か足を踏み入れて、と、窓際の椅子に座っていたあたしに気づきます。
「
「‥‥分かりました」
あたし、立場上は婚約者なので会わなければいけません。ああ、婚約解消の作戦をいくつか考えてましたがまだ準備できてないです。今回は普通に話しましょう。
「摯の料理人復帰を母上に掛け合ってみます。摯も一緒に頭を下げてくださいね。
「分かりました」
というわけで、薬のせいで体が動けない子亘を部屋に残して、あたし、子履、子会の3人で
◆ ◆ ◆
ベッドに座った子主癸は相変わらずでしたが、連日忙しいせいで若干やつれているように見えました。でも子主癸もまだ若いのできっと大丈夫でしょう。
あたしたちの拝と子履の口上が終わると、子主癸は親しげに声をかけます。
「履、行儀よくできましたか?」
「はい、それはもちろんでございます」
子履も前世の記憶があるとはいえ、子主癸は子履にとってれっきとした母です。子履も愛着を持っているのでしょう。身分の差の厳しいこの世界ですが、子履と子主癸の会話は母子の会話そのものでした。横から聞いていると、実の母と一度も話したことのないあたしは、どこか寂しさを覚えます。まあ今は
と、子履が話題を変えます。
「ところで、母上にお願いしたいことがございます。摯が料理できない件で母上にお手紙を出しましたが、母上はなぜ拒否なさったのでしょうか?」
それを聞いた子主癸はしばらく考えてから、首を傾げます。
「そのような手紙は受け取っていませんよ」
「えっ?」
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