(9)些細な疑問

 その日、寮で夕食を食べ終えてから談話室に出向くと、ミリーとオルガが話し込んでいた。早速話の輪に入り、ひとしきり話し込んでなんとなく会話が途切れたところで、三人揃って嘆息しながらしみじみとした口調で感想を述べる。


「こんな風に話すのも久しぶり……。最近、やっと落ち着きを取り戻したというか、通常業務に勤しめるようになったと思う……」

「あの悪夢の建国記念式典から、まだ十日しか経っていないのね……。気分的には、もう半年くらい経過した感じなんだけど……」

「本当に内務局は、この間、どこよりもきりきり舞いをしていたわよね……」

 シレイアとオルガは、ミリーに同情の眼差しを送った。そんなミリーが、微妙に重くなった空気を変えようと、新たな話題を繰り出す。


「でも、あの騒動の目途がついたからと言うわけではないけど、最近はカテリーナ様の縁談話で盛り上がっているのよね。あなた達も耳にしているでしょう?」

「勿論! やっぱり気になるわ。でももう本決まりで、後は正式に婚約するだけなんでしょう? カモスタット伯爵家嫡男のダマールさんよね? 近衛騎士の」

「噂ではそう聞いているけど、この前、何かの折に聞いてみたら、本人は『当面結婚する気は無いし、根も葉もない噂に過ぎないから』と言っていたけど……」

 すかさずオルガがその話題に食いついたが、シレイアは懐疑的な表情で述べた。しかしその主張を、ミリーとオルガが笑い飛ばす。


「嫌だ、シレイアったら、そんなのを真に受けないでよ!」

「そうそう。きっと面と向かって聞かれたから、照れ隠しでそういう風に言ったのに決まっているじゃない!」

「カテリーナ様はもう二十歳になっているし、れっきとした侯爵家令嬢なんだから、時期的にもそろそろよ」

「確かに近衛騎士として出仕したのは凄いけど、さすがに独身のまま騎士として働き続けるのは、侯爵家としての体面が悪すぎるもの」

 にこやかに断言してくる二人を眺めながら、シレイアは釈然としないまま考え込んだ。


(本当にそうかしら? カテリーナ様に話を聞いた時、本気で嫌そうな顔をしていたから、質問して申し訳なかったと思ったくらいだったんだけど)

 ケテリーナがダマールと結婚するのを前提に、婚約披露の夜会や挙式がそれだけ規模が大きくて華やかなものになるかと想像の翼を広げる二人に笑顔で断りを入れ、シレイアは部屋に戻ることにした。そしてもやもやした気持ちを抱えながら廊下に出ると、近衛騎士の制服姿のまま歩いて来る人物に遭遇する。


「ティナレアさん、今戻ったんですか? 遅くまでお疲れ様です」

「こんばんは、シレイア。今日は勤務が長引いて、さすがにちょっと疲れたわ」

 今から遅い夕食を食べるつもりだと察したシレイアは、旧知の人物に食堂のドアへの道を譲ろうとした。そこで目の前の彼女が、カテリーナとごく親しい間柄なのを思い出す。


(そうだ。本人には聞きにくくても、ティナレアさんだったら本当のところを知っているかも。お疲れのところ申し訳ないけど、ちょっとだけ尋ねてみよう)

 そこでシレイアは、恐縮気味に口を開いた。


「……ティナレアさん、ちょっとお伺いしても良いですか?」

「何? 私に分かる事?」

 ティナレアは気を悪くしたような風情は見せず、足を止めて振り返った。それでシレイアは、思い切って尋ねてみる。


「ティナレアさんはカテリーナ様と親しくしていますから、ご存知かと思いまして。カテリーナ様が、カモスタット伯爵家のダマールさんとご結婚されるという話は本当ですか?」

「……ああ、そんな噂が流れているわね」

 途端にティナレアは微妙な顔つきで、曖昧に言葉を濁した。何か拙い事を聞いてしまっただろうかと少々不安になってしまったシレイアは、神妙に言葉を続ける。


「実は以前、本人にお伺いした時に『根も葉もない噂だ』と言われたのですが、それを周囲に伝えたら、皆がこぞって『そんな筈はない』『照れ隠しでそんな風に言っただけだ』と反論されてしまったんです。でもカテリーナ様の様子だと、本当にダマールさんと結婚する気はなさそうでしたし、ちょっと自分の観察力と判断力に自信がなくなってきまして……」

 そこで困惑顔で語ったシレイアの肩を、ティナレアが両手で掴んでくる。


「シレイア」

「はい」

(え? なんだろう、ティナレアさんの顔が怖いくらい真剣。私何か失礼な事や、怒らせるような事を口にしたかしら?)

 真正面から自分の顔を凝視されたシレイアは、相手に気迫負けして内心でたじろいだ。するとティナレアは叱責するでもなく、力強くシレイアの主張を肯定してくる。


「大丈夫。あなたの判断は間違っていないわ。だから自信を持って」

「は、はぁ……。ありがとうございます。そうすると……」

「ええ。カテリーナが、あのダマールと結婚するなんてありえないわ。今現在は便宜上、そうなるかのような噂が蔓延しているけど。だから下手に騒がず、聞き流しておいておけば良いの。真実は、自ずと明らかになるわ」

 真顔で言い聞かされたシレイアは、素直に頷いておく。


「そうですか。分かりました。それでは周囲に流されず、経過を見守る事にします」

「それが良いわね。それじゃあ」

「はい。お時間を頂き、ありがとうございました」

 肩から両手を離し、食堂に向かうティナレアの背中に向かって、シレイアは頭を下げた。そして改めて自室に向かいながら、本気で首を傾げる。


(なんだったんだろう? でも何やら事情がありそうだし、下手に騒がない方が良いわよね。それにしても貴族だと、縁談とか煩いんでしょうね……。まだカテリーナ様は勤続三年目にすぎないのに。うちがそこら辺は放任主義で良かった)

 階段を上りながら、シレイアは縁談の話など微塵もしてこない両親を思い出し、自分の境遇が恵まれているのを実感していた。


(当面結婚の予定が無いのなら、このまま寮生活を続けていかれるって事だし。凛々しいカテリーナ様のお姿は、いつ見ても眼福なんだもの。本人とご家族には申し訳ないけど、やっぱり暫くは結婚しないでいただきたいな)

 最後はカテリーナの姿を思い返しながら、このままもう少しあの凛々しいお姿を拝見していないなぁなどと、その日は少々呑気なことを考えながら眠りに就いたのだった。










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