(10)予想外過ぎる話

「話は変わるが、アズール伯は最近は領地で過ごす事が多いと聞いている。そちらで色々と煩わしい事は無いかな?」

 急に話題が変わった事に加えて、咄嗟に言われた事の意味が分からなかったものの、エセリアは戸惑いながら言葉を返した。


「『煩わしい事』ですか? 忙しく過ごしておりますが、特に煩わしいと感じる物事はございませんが……。あ、最近一つだけ、あると言えばありましたか……」

「もしかしたらそれは、ジムテール男爵絡みの事ではないのか?」

 見事に言い当てられたエセリアは、素で驚きながら問い返した。


「どうして陛下にお分かりになったのですか? 確かに要約すると『第二子が生まれたので知らせる』との、かなり横柄な内容の手紙を、先月受け取りましたが」

「やはりそうか……」

「それで、あなたはどう対処したのですか?」

 途端にエルネストが渋面になり、マグダレーナが些か顔つきを険しくしながら問い質してきた為、エセリアは正直に答える。


「『祝いをよこせ』と、暗に要求しているとは思いましたが、私には微塵も関係ありませんので、即刻その手紙を破棄致しました。ですが第二子と言う事は先に生まれた子供がいる筈ですが、どうしてその子の出産の時は知らせずに、今回だけ知らせてきたのでしょう? 相変わらずあの方のなさる事は、意味不明ですわ」

「いや、第一子が誕生した時は、そなたはまだ拠点を領地に移してはいなかったから、知らせが王都のシェーグレン公爵邸に届いたのだろう」

「心得た執事達が、あなたの目に留まる前に、それを破棄したのでしょうね」

「なるほど。そういう事でしたか」

 二人の説明を聞いてエセリアは納得したが、ここでエルネストがかなり不穏な事を口にした。


「加えて、その第一子が男児であった為、以前に自分を推していた有力な貴族達に対して、その息子とその家の娘との縁組みを持ちかけたのだ。『我が息子が、正当な王家の直系で後継者だ。この子に娘を縁付かせておけば、息子が王位に就いた暁には、貴殿の娘が王妃になるぞ』とな」

「それは!? 既にグラディクト殿は王族ではない上に、陛下の後継者はアーロン殿下と決定していますのに、そんな発言は謀反を唆しているのと同意語ではありませんか!? まさか陛下は、それをそのまま放置しておられるのですか!?」

(ちょっと! 幾ら息子が可愛いからと言って、甘過ぎでしょうが! きちんと事を公にして、関係者を処罰しなさいよ!)

 驚愕して思わず非難の声を上げたエセリアだったが、ここでマグダレーナが落ち着き払った声で宥める。


「エセリア。どうしてこの事が公になっていないのに、私達がこの事実を承知しているのか、少し落ち着いて考えてご覧なさい」

「……え?」

(言われてみれば、もの凄く変。陛下が『貴族達に縁組を持ちかけた』と仰るからには、人数どころか誰に話を持ちかけたのかまで、全て把握されていると言う事よね。それに手紙の内容が完全に漏れている、と言う事は……)

 指摘されて瞬時に頭が冷え、冷静に考えを巡らせてみたエセリアは、導き出した結論を口にしてみた。


「恐れながら陛下。ジムテール男爵たるグラディクト殿は、領内の失政の責任を取って領地内の屋敷で蟄居させられていると伝え聞いておりますが、そこの屋敷の使用人の中に、陛下の手の者が何人か紛れ込んでいるのでしょうか?」

「何人かではない。使用人全員がそうだ」

「……そうでございますか」

(まさか全員とは……。それなら誰にどんな手紙を出したかなんて、完全に筒抜けよね。だけど、その事実に全く気が付かないってどうなの?)

 重々しく告げられたその事実に、エセリアは思わず頭痛がしてきた。そんな彼女には構わず、エルネストが説明を続ける。


「因みに、その手紙を送りつけられた各家では、シェーグレン公爵家を除く全ての家が関わり合いになるのを恐れて、未開封のまま王宮に転送している」

「皆様、賢明な判断ですわね。第一、幾つもの家がその申し出に応じた場合、王妃にする女性が何人も発生してしまいますのに、どうするつもりだったのでしょうか? 考えなしにも程があります」

「全くです」

 エセリアが眉根を寄せながら根本的な疑問を口にすると、マグダレーナも心底呆れたといった風情で頷く。するとエルネストが、淡々とした口調で付け加えた。


「あやつがその事で悩む必要は、未来永劫無くなったがな」

「それでは早々に、そのご子息の婚約者が決まったのでしょうか? 随分と酔狂な家がございましたね」

 エセリアが思わず遠慮など皆無な感想を述べると、エルネストが冷え切った口調でその理由を口にする。


「いや、その男児は程なくして、急な病で短い生涯を終えたのだ」

「お亡くなりになられたのですか? 確かに乳幼児の死亡率は、他の年代と比べれば高いとは思いますが……」

(蟄居中の名前だけの領主とは言え、仮にも貴族なのだし、普通の平民と比べたら格段に良い治療を受けられる筈だけど。そんなに治療が難しい病気とか、悪性の伝染病とかに罹患したのかしら?)

 どうにも釈然としないまま、曖昧に言葉を濁したエセリアだったが、ここでエルネストが予想外の事を告げた。


「先月に年子で生まれた二人目は、女児だそうだ。一人目の時と同様に、有力貴族の子息に縁組を持ちかけているらしい。アーロンを支えるどころか、『あいつは来年結婚予定で未だに子が無いから、もしもの事があれば自分と自分の娘が王位継承継者だ。繋がりを作っておくなら今のうちだ』などと、臆面もなく書き送る性根の腐ったままでは、再び神罰が下って娘を失うであろう」

「…………」

(え? それってまさか……、陛下が『神罰』を指示したという事ではないでしょうね?)

 完全に他人事の口調で語られた内容を耳にして、エセリアは一気に血の気が引いた。しかしそんな彼女の表情の変化を目にしながら、エルネストが淡々と続ける。


「特に吹聴しなくとも、立て続けに乳幼児が儚くなったのでは噂になるし、ある程度聡い者はすぐにその理由を察するであろう。未だ、全く気付いていない愚かな夫婦もいるが、奴らは気が付くまで生き恥を晒せば良いのだ」

「陛下……」

「最近ではあやつは夫人との離婚を画策して、国教会に手続きを申請しているが、こちらから頼んで無視して貰っている」

 予想外過ぎる話の流れに、もはや唖然とするしかできないエセリアが、殆ど無意識に口を挟んだ。


「まあ……、あれだけの騒ぎを引き起こした挙げ句に結婚しておきながら、奥様と離縁するおつもりですの?」

「自分と子供が無視されるのは、妻の身分が低いからだと考えているみたいですね。彼女と離婚して身分の高い女性と結婚すれば、社交界に返り咲けると妄想しているようです」

 そのマグダレーナの解説を聞いて、エセリアは呆れ果てた。


「それはまた……、救いようがありませんね。そもそも、辛うじてあの方の名前が貴族簿に記載されているのは、男爵家の継承権を持つ彼女と結婚しているからに過ぎません。彼女と離縁した瞬間に、かの方は平民扱いになる筈。どんな貴族女性が、結婚してくれると妄想しておられるのでしょう?」

「因みに、あれに付けている使用人達からの情報によると、再婚相手の筆頭候補はアズール伯、そなただ」

「いっそ後腐れ無く、死罪にしてはいただけませんか?」

「エセリア」

「申し訳ありません。つい本音が漏れました」

「漏れ過ぎです」

 エルネストの説明を聞いた瞬間、エセリアが本音をダダ漏れさせ、マグダレーナが渋面になりながら叱責した。それを目にした彼は一瞬笑いかけたものの、すぐに真摯な表情でエセリアに向かって頭を下げる。


「私への謝罪は必要ない。アズール伯爵の気持ちはよく分かる。だがあやつには、徹底的に生き恥を晒させてやりたいのでな。そなたに改めて、一言謝っておこうと思った。今後、更に迷惑をかけてしまったら、申し訳無い。この通りだ」

 それを見たエセリアは、かえって恐縮して主君を宥めた。


「陛下が私に頭を下げる必要はございません。これからも向こうからの接触は徹底的に拒絶いたしますし、周りの者達にも周知徹底させますので、お気遣いなく」

「分かった。だが、手に余る事があったら、遠慮なく知らせて欲しい」

「かしこまりました。……因みに、どうあっても二人は離婚させないおつもりですか?」

 面倒事をアリステアに押し付けた自覚はあったエセリアが、罪悪感から尋ねると、エルネストも色々と思うところはあったらしく、苦渋の表情で返してきた。


「いや、夫人からの離婚の申請であればすぐに受理するように、国教会には申し入れている」

「それで離婚が認められた場合、ジムテール男爵家には家督を継承する男性は存在しなくなりますので、爵位と領地は王家に返上されます」

「尤も今現在、あそこは王宮から差し向けた官吏が維持管理と運営を取り仕切っているから、領民の暮らしには全く影響は無いしな」

「夫人に関しては、一生生活に困らないだけの年金を毎年下賜しますが、元夫などには支払う義務も必要もありません。無一文で放り出されたく無ければご自分の立場を弁えて、早々に夫人に対する態度を改めた方が良いでしょう」

「そうでございますね」

 完全にグラディクトを切り捨てている国王夫妻の会話を聞いて、エセリアは本気で肝が冷えた。


(普段は温厚な両陛下がここまで激怒されていると言う事は、あれが単に貴族達と繋がりを持とうとしただけではなく、直接陛下に何かろくでもない働きかけをしたのではないかしら?)

 ふとそんな可能性が思い浮かんだエセリアは、それについて考えを巡らせてみた。


(初孫が可愛いだろうと考えて、『息子をお目にかけたいので、蟄居を解いた上で王都への入都を認めて欲しい』とか『息子の為に、もっと広い領地を下賜してください』とか、厚かましい要求をしたとか……。うっわ、もの凄くありえそう)

 そして自分自身の考えに戦慄した彼女は、改めて目の前の主君に対しての印象と評価を改めた。


(そして公私混同甚だしい、分を弁えない要求の理由となった血の繋がった孫を、密かに排除する決断を下したと……。傍目には凡庸に見える陛下がここまで苛烈な方だったとは、想像していなかったわ)

 そこでほんの少しの畏怖と、これまでに無いくらいの感動を覚えたエセリアは、迷わず臣下の礼を取った。


「陛下。私はこれからも臣下として、陛下と国の為に尽力して参ります。今回の学術院や特区構想も、必ず目に見える成果を上げてみせますわ」

「それは頼もしい。これからの治世の為、尽力してくれ」

 笑顔で応じたエルネストに、エセリアは再度一礼した。


(陛下にはこれまでに何回か拝謁した事はあるし、公式行事で幾らか言葉を交わした事はあるけど、個人的に色々突っ込んだ話はした事は無かったのよね。もう少し後で、伯母様経由で例の話を持ち込もうと考えてはいたけど、直に対応していただいている今回が、絶好のチャンスだわ。この際、ついでにお話ししてみよう)

 そう決心したエセリアは、神妙にエルネストに願い出た。

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