(9)隔意の無い交流

 昼食時、周囲から遠巻きにされながら一人でテーブルに着いていたカテリーナに、斜め前方から呆れ気味の声がかけられた。


「相変わらず、堂々としているわね」

「あら、リリスにエマ。席を探しているなら、空いているからどうぞ?」

「勿論、そうするわ」

「ありがとう」

 剣術の時間の交流で、すっかり仲良くなった二人に声をかけると、彼女達も苦笑しながら椅子に座る。そして運んできた昼食を食べ始めたリリスは、チラリと離れた席に視線を向けてから、皮肉っぽく感想を述べた。


「陰険な“お友達”と揉めたのは、長期休暇の前だったから、仲違いが随分と長引いているみたいね」

「別に、こちらは困ってはいないもの。それに仲違いと言うのは、ちょっと違うと思うわ。必要があれば、普通に声をかけて接しているし」

「あの人達が見下している“平民”に対するのと同様にね。それで益々、向こうの態度が硬化していると思うのだけど?」

「どう思うのかは、向こうの勝手よ」

「そうでしょうね」

 そんな淡々としたやり取りが一段落したところで、エマがさり気なく話題を出してきた。


「そういえば、そろそろ来年度の専科希望を提出する時期でしょう? カテリーナはやっぱり騎士科にするの?」

「勿論よ。エマもでしょう? 来年も宜しくね?」

「こちらこそ」

 カテリーナに微笑まれたエマは、嬉しそうに頷いた。しかしそれとは対照的に、リリスが行儀悪く頬杖を付きながら、愚痴っぽく呟く。


「……本当に騎士科を選択する、侯爵令嬢様がいるとはね。おまけに人伝に聞いたけど、男装して夜会や茶会に出席して、女性陣を誑し込んでいるんですって? 一体何なのよ、それは?」

「あ、私もそれは聞きたかったの。本当にそんな事をしてるの!?」

「あら……、意外に学園内で噂が出回るのが遅かったのね」

 リリスにはうんざりと、エマには嬉々として尋ねられたカテリーナは、意外そうに応じた。するとここで至近距離から、第三者の声が割り込む。


「本当にそうですわね。やはり貴族と平民、更に貴族でも自家が属する派閥の家同士で固まる事が多く、なかなか隔意の無い交流ができていない事が原因でしょうか?」

「え?」

「あの……」

「あら、マリーア様。ごきげんよう」

 反射的に顔を上げた三人は、そこに数人の女生徒がトレーを持って佇んでいるのを認めた。そして相手が誰であるかを認識した途端、リリスとエマは姿勢を正して緊張した面持ちになったが、マリーアと同格のカテリーナは、笑顔で挨拶をする。それにマリーアも微笑みながら応じた。


「面白い話題で、盛り上がっているのを耳にしまして。席が空いているのなら、同席させていただいても構わないかしら?」

「ええ、どうぞ。二人とも、構わないわよね?」

「あ、はい」

「……どうぞ」

「失礼します」

 そこで同行していた女生徒達に断りを入れたマリーアは、彼女達が大人しくその場を離れてから静かにテーブルに着き、硬い表情で向かい側に座っているリリスとエマに笑顔で語りかけた。


「先程のお話ですけど、私がこれまで直接お目にかかったのは一度しかございませんが、男装されたカテリーナ様は、並みの殿方など足下にも及ばない程の美男子ぶりでしたのよ? 加えて女性に対する気配りは万全、ダンスのリードも完璧。会場中の耳目を集めて、添え物や引き立て役に成り下がった殿方達が、悔し気に歯軋りしておりましたわ」

 そう言ってくすくすと笑い出した彼女を見て、二人は唖然とした表情になり、カテリーナは頭を抱えたくなった。


「マリーア様……、今のお話は、少々誇張されておられるようですが……」

「まあ……、誇張など、とんでもありませんわ。あの時のカテリーナ様は、まさに『木漏れ日の残照』のラディンそのものでしたもの。それで」

「マリーア様! まさかマリーア様も、『木漏れ日の残照』の愛読者なんですか!?」

 ここでいきなり血相を変えたエマが、マリーアの話を遮った為、カテリーナとリリスは本気で驚いた。


「エ、エマ?」

「いきなり何なの? それに人の話を遮るなんて、失礼じゃない」

 しかし当のマリーアは、一瞬驚いた表情になったものの、またすぐに笑顔になりながら端的に告げた。


「私の会員番号は、28番ですの」

「私は98番です! 嬉しい! 上級貴族の会員の方もたくさんいらっしゃると聞いてはいましたけど、これまで実際にお会いした事は無くて!」

「良作を鑑賞するのに必要なのは、血筋や家柄では無くてよ? 各個人の感性のみ。そうは思わなくて?」

「全く同意見です! うわぁ、凄く嬉しいです!」

(ええと……、これってもしかしなくても、例の男恋本を置いてある紫の間に入れる、紫蘭会の話よね? エマも会員だったの……)

 ハイテンションのエマに笑顔で対応しているマリーアを見て、カテリーナは現実逃避したくなったが、現状がそれを許さなかった。


「ちょっとエマ。あなた一体、何の事を言っているの?」

 盛り上がっている二人の顔を交互に眺めながら、困惑しきっているリリスに向かって、カテリーナは一瞬正直に説明するかどうか迷った挙句、曖昧に誤魔化す事にした。


「あの……、マール・ハマー作品の愛好会みたいな物の話よ。そうですわよね?」

 目線でマリーアに訴えると、彼女も人目がある所で大っぴらに紫蘭会の事を公言するのは拙いと判断したらしく、カテリーナの台詞に便乗した。


「ええ。私は《クリスタル・ラビリンス》からのファンですの。あなたはご存じ?」

「勿論です! あのシリーズは、全部持ってます!」

「私は《シャイニング・スター》シリーズかな?」

「やはり平民の方でも、読んでいらっしゃる方が多いのね。お二人は、お気に入りの登場人物とかはいらっしゃる?」

「何と言っても、カージナルですよね! マリーア様は誰かいますか?」

「私はアトラスかしら?」

「分かります。彼も素敵ですよね~」

 それから三人は、マール・ハマーの作品談議で大いに盛り上がった。


(同席した直後は、二人とも結構緊張していたのに、マリーア様とすっかり打ち解けて……。やはり共通の趣味や話題があると、隔意なんて吹き飛ぶのね。さすがはエセリア様)

 食事が疎かになっている三人に時折注意をしつつ、カテリーナもその話に混ざりながら、まだ面識がない年下の少女の功績に、頭が下がる思いだった。



「今日のお昼に、こういう事があったのよ。改めてエセリア様の才能と深謀遠慮を目の当たりして、心の底から震撼したわ……」

「本当に……。学園在学中に、どこまでネットワークが広がるのかを想像すると、身震いするよ」

 いつも通り、隠し部屋でナジェークと顔を合わせるなり、カテリーナが彼の妹への称賛を口にすると、彼はうんざりした表情になって項垂れた。しかしすぐに気を取り直し、準備してきた話題を出す。


「ところで……、そろそろ教養科の期間が終了するし、君とこっそりここで顔を合わせつつ、愛を育むだけののんびりした状態を、このまま続けていられないと思うんだ」

「『愛』?『育む』? この間ずっと、お互いだらだらと好きな事をしながら、偶に世間話をしているだけだったと思うのだけど?」

 ナジェークの主張に、思わず首を傾げたカテリーナだったが、それを聞いた彼は芝居がかった口調で切々と訴え始めた。


「あぁ……、この私から溢れ出る、熱い想いが伝わらないとは……。君の氷の瞳に私を映し出す為には、どれほどの恋情の炎を君に向けなければいけないのか」

「そのフレーズ、貰ったわ。今度アレンジして、使わせて貰うわね。忘れないうちに書き留めておかないと」

「君は相変わらずだね」

 自分の台詞に反応を示すどころか、いそいそとノートとペンを取り出した彼女を見て、ナジェークは苦笑した。それにカテリーナが、ノートに書き取りながら素っ気なく答える。


「お互い様でしょう? 単に結婚相手に求める条件という、利害が一致している私を、面と向かって口説く必要も、その気も無いわよね?」

「……そうでも無いが」

「え? 何か言った?」

 彼女を見下ろしながらナジェークが呟いた言葉は、ごく小さい声だった為、カテリーナにははっきり聞き取れなかった。それで不思議そうに問い返した彼女に、ナジェークが笑いながら話を変える。


「いや、何でも無い。ただここら辺で、私達の協力者を増やしておこうと思ってね」

「協力者?」

「だから今度、ティアド伯爵家から夜会の招待状が届くから、それに参加して欲しい」

「それは構わないけど……、どうして招待状が届くと分かるの?」

「イズファインに頼んだ。正式な彼の婚約披露の場だから」

 それを聞いてカテリーナは納得したが、すぐに嫌な考えに思い当たった。


「あら、そうだったの。婚約の話は前々から耳にしていたけど……。ちょっと待って。まさかあなたも出席するの?」

「友人として招待されている。君の凛々しい男装姿を見る、絶好の機会だな。まさかドレスでは出ないだろう?」

 ニヤリとからかうような笑みを向けられたカテリーナは、反射的に言い返す。


「お望みとあらば女性陣に、あなた以上に男ぶりがよいと言わせてみせるわ」

「それは楽しみだ。期待しているよ」

(相変わらず、人の神経を逆撫でするのが得意なのね)

 くすくすと笑っている彼を眺めながら、カテリーナは当日どうやって鼻を明かしてやろうかと、真剣に考え始めていた。

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