(3)お見舞い

 総主教会に襲撃事件の一報がもたらされた二日後。総主教会からギブリオ伯爵領に向かう一団が、慌ただしく編成された。

「マーサおばさん、道中気を付けてね」

「ええ、行ってきます。ステラ。悪いけど、あとの事はお願いね」

「任せておいて。あなたはレナードの看病に集中して頂戴」

 負傷したレナードの看病のためにギブリオ伯爵領に向かうマーサを、シレイアは母と共に総主教会前の広場に見送りに来ていた。しかし教会関係者だけと思っていた一団に、かなりの人数の騎士がいるのを目に留めたシレイアは、不思議に思いながら尋ねる。


「お母さん、あの騎士の人達はなんなの?」

「ギブリオ伯爵家の家中の方々だそうよ。今回の負傷者のうち、移動できる方を護衛して一昨日到着したの。それで帰途に、動かせない怪我人の家族の護衛をしてくださるのよ。ご領地での襲撃事件でギブリオ伯爵様が相当ご立腹されたらしく、すぐに総主教会に謝罪されて、怪我人の搬送や家族の移動時の護衛を引き受けてくださったらしいわ」

「野盗にあっさり騎士がやられて、ギブリオ伯爵家の面目が丸潰れというわけ?」

「そこまではいかなくとも、王家と総主教会に対して申し訳ないと思っておられるみたいなの。総主教会は最低限の人数でしか要請していなかったし、ギブリオ伯爵家の落ち度ではないのだけど」

「なるほどね……」

(それなら少なくとも、ギブリオ伯爵家がぐるって可能性は低そうだわ)

 かなり辛辣なことを考えながら、シレイアは馬車に乗り込んだマーサ達を見送って自宅へと向かった。しかしステラが、予想外のことを言い出す。


「シレイア。先に家に戻っていてくれない?」

「それは良いけど、どうして?」

「一昨日、ラベル大司教様がお戻りになったでしょう? ノランに頼まれて、お見舞いに行くのよ。事前にご都合をお伺いしておいたから」

 それを聞いたシレイアは、反射的に声を上げた。


「それなら私も行く!」

「え? シレイアも? どうして?」

「どんな方が貸金業務の総責任者なのか興味があるし、お父さんやデニーおじさんより年上の方よね? それなのに酷い怪我なんて気の毒すぎるわ。私もお見舞いしたいの。駄目かしら?」

 娘の訴えを聞いたステラは少しだけ考え込んだが、了承して頷く。


「そうね……、静かにしているなら良いでしょう」

「勿論、そうするわ」

 途中で花屋に寄ったステラは、予め頼んであったらしい花束を受け取り、シレイアを連れてラベル大司教の家に向かった。



「失礼します。カルバムです」

 ステラが挨拶すると、玄関で出迎えたラベル大司教の妻であるミリアムは、穏やかな笑みを浮かべる。

「ステラさん、久しぶりね。どうぞ入って。あら、そちらはもしかして娘さんかしら?」

「はい。はじめまして、シレイア・カルバムです。大司教様が大変なお怪我をされたと聞きましたので、母のお見舞いに同行させてもらいました」

「ありがとう。夫もこんな可愛らしいお嬢さんがお見舞いに来てくださったのを見たら喜ぶわ。さあ、入って頂戴」

「失礼します」

 笑顔で客人を招き入れたミリアムは、そのまま寝室へと二人を先導していった。


「あなた。ステラさんがお嬢さんを連れて、お見舞いに来てくださったわよ?」

 寝室に入ってミリアムがベッドに横たわっていた夫に声をかけると、国教会大司教の一人であるイザーク・ラベルは、右腕を使ってゆっくりと上半身を起こて客人を出迎えた。


「やあ、これはこれは。わざわざ来てくれてすまないね、ステラ。それにシレイアかな? 久しぶりだね。すっかり大きくなって、見違えたよ」

 笑顔を向けられたシレイアは、僅かに動揺しながら問い返す。


「ええと……、私は初対面かと思っていたのですが、もしかして違いましたか?」

「覚えていないのも無理はない。何かの行事で最後に顔を合わせたのは、君が五歳くらいの頃だったか」

「そうでしたか」

「ノランとステラによく似て、賢そうで可愛く育ったようだ。思いがけず、会えてうれしいよ」

「ありがとうございます」

 全員がミリアムが出した椅子に座り、挨拶が一通り済んだところで、ステラが話を切り出した。


「それで、怪我の方はどうですか? 落ち着きました?」

「ああ、派手に出血したが処置が早かった事もあって、傷口も塞がりつつあるよ。ただ左腕全体が、全く動かせなくてね」

 淡々と、冷静に状況を伝えてくるイザークに、ステラの顔が僅かに強張る。


「それは……、傷が回復したら、徐々に動かせるようになるのでは……。あと、指先だけは動かせるとか……」

「診てくれた軍医が、同様の傷の負傷者を何人も診た経験があるのでね。下手に希望を持たせないように、正直に教えてくれたよ」

(なんなの、そのデリカシー皆無の軍医! 確かに下手に希望を持たせたりしたら後で却って残酷な事になるかもしれないけど、これまで長年国教会に尽くしてきた老人に、そこまで容赦のない物言いをしなくても良いんじゃないの!?)

 本人はそれほど動揺しているようには見えなかったものの、シレイアは初期対応をしてくれたという軍医に対して、内心で憤慨した。


「それでは……、総主教会への復帰の時期などは……」

 控え目にステラが尋ねてみると、イザークは苦笑を浮かべながら答える。


「正直に言うと、考えているところでね。今更、大して役に立ちそうもない年寄りが無理にでしゃばっても、あまり良いことは無さそうだし。それにデニーやノランなど、私よりも若い者達がしっかり総主教会を運営しているから不安はないしな」

「そんな事はありません。まだまだ経験豊富な大司教様に目配りをしていただきませんと、総主教会は上手く回りませんわ」

「そう言って貰えるのは嬉しいがね。この機会に、総主教会から退こうかと考えているんだ」

「そんな……」

「私の事だけならともかく、若い者達を何人も負傷させてしまったからな。もしかしたら今後の生活にも、支障が出るかもしれない。忸怩たる思いだよ」

「…………」

(ラベル大司教様は長年国教会で真面目に務めを果たしてきて、周囲からの人望も厚いと聞いているわ。それにお父さんやデニーおじさんが、「貸金事業の立ち上げは困難だが、ラベル大司教なら必ずやり遂げてくれる」と確信していたくらいの人なのに……)

 しんみりとイザークが思うところを告げ、ステラとミリアムがそれに何も言えずに俯いてしまう。室内に沈黙が漂う中、シレイアの心の中にどうしようもない怒りが湧き起こってきた。

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