(14)知らない所でロック・オン

「これはまだ、売り出していないのではないかしら? この前エセリアが、『試作品をお持ちしました』と言っていたから」

 マグダレーナが軽く首を傾げながら何気なく口にしたその言葉に、側妃達は揃って怪訝な顔になった。


「え?」

「王妃様。『エセリア』とは、どなたの事ですか?」

 その疑問に、彼女が笑顔になって答える。


「シェーグレン公爵の次女の、エセリア・ヴァン・シェーグレンの事よ。私の姪に当たるのだけど、とても可愛くて独創的な物の考え方をする子なの」

 それを聞いた面々は、シェーグレン公爵夫人が王妃の実妹である事を思い出し、口々に言い出した。


「そういえば、シェーグレン公爵家のお子様方の誕生祝のパーティーでは、最近立て続けに珍しい物が披露されていると伺いましたわ」

「私も耳に致しました。教養習得に有効で画期的な玩具が、紹介されているとか」

「姉から話を聞きましたが、それはまだ子供のエセリア嬢が考案した物を、ワーレス商会が商品化して販売しているとか。もしかして、これもそうなのですか?」

 レナーテのその発言を受けて、他の側妃もマグダレーナに視線を向けると、彼女は嬉しそうに頷いてみせた。


「ええ、そうよ。あとエセリアは、『小説』とかいう物を書き始めて、最近巷で凄い人気らしいの。『クリスタル・ラビリンス』というシリーズなのだけど」

 そこでジュリスが半ば礼儀を忘れて、声を張り上げた。


「えぇ!? 私、《暁の王子編》と《信義の聖騎士編》の二冊を持っていますわ! 本当に作者のマール・ハナー様が、エセリア嬢なんですか!?」

 身を乗り出し、そう鼻息荒く尋ねてきたジュリスに、マグダレーナは若干引きながら答える。

「え、ええ……。本人は本名で書いても構わないつもりだったのだけど、ワーレス商会からきちんと原稿料を貰う関係で、『仮にも公爵令嬢が自らお金を稼ぐと言うのは、少々体裁が悪いので、他の名前で書きなさい』と、ミレディアが説得したそうなの」

 それを聞いた面々は、納得して頷き合った。


「確かに、外聞を憚る内容かもしれませんわ」

「シェーグレン公爵夫人のお立場からすると、そうですわね」

「ですから皆様、作者のマール・ハナーがエセリアと同一人物だと事実を知っているのは、今のところシェーグレン公爵家とワーレス商会の者だけですの。決して不用意に口外なさらないで下さいね?」

 にこやかに釘を刺したマグダレーナだったが、ここで興奮のあまりジュリスが声を上げた。


「えぇぇっ! 駄目なんですか!? 実家や友人に教え」

「ジュリス?」

 しかしすかさずマグダレーナが睨みつけてきた為、瞬時に我に返って神妙に頭を下げる。


「……取り乱して申し訳ありません。内密に致します」

「その様にお願いします。その代わり秘密にして頂けるなら、エセリアが出す度に届けてくれる新作をお貸ししますよ? 《苦悩の神の使徒編》は、まだ一般には出回っていないと思うのだけど」

 そうマグダレーナに提案された途端、ジュリスは先程の神妙さをかなぐり捨て、目を輝かせて食い付いた。


「是非ともお貸し下さい!!」

「それでは、お部屋に戻る時に持たせましょう」

「はい! ありがとうございます!」

 その当初の緊張など吹き飛んだ様なジュリスの姿に、他の側妃達は唖然としていたが、エリシアが思い出した様に問いを発した。


「小説と言えば……、ワーレス商会が最近手広く本を売る様になったとの噂を耳にしましたが、王妃様はエセリア嬢から詳細を聞いていらっしゃいますか?」

「ええ、ワーレス商会会頭夫人が出版部門を分離して、本専門の店舗を近日中に立ち上げるそうよ」

 マグダレーナが優雅に答えると、周りの者は驚きを隠さずに問い返した。


「まあ! 取り扱うのが本だけの店、という事ですか?」

「そんな店、聞いた事がございませんわ」

「商売になるのでしょうか?」

「エセリアの話では、彼女が書いた本を出してから、『自分の書いた話を本にして貰えないか』と、ワーレス商会に原稿を持ち込む方が現れて、最近ではかなりの数になっているらしいの。それで会頭夫人が厳選して、どんどん出版しているそうよ」

 そんな裏事情を耳にして、側妃達が呆れとも感心とも取れる口調で呟く。


「そんな事になっておりましたの……」

「初耳ですわ」

「それで最近では売り出されている小説の内容の幅もかなり広がっているみたいで、エセリアが時々選んで届けてくれているの。皆も宜しかったら、読んでみて下さい。……ライラ?」

「はい、こちらに揃えてございます。ジュリス様ご所望の本はこちらです」

 マグダレーナが少し離れた場所で控えている侍女に顔を向けて声をかけると、心得た彼女が既に傍らのテーブルに何冊かの本を揃えており、それらを手で指し示してから恭しく頭を下げた。それを見たジュリスのテンションが、再び上がる。


「ありがとうございますっ!!」

「それではお借りします」

「読ませて頂きますわ」

「本当に楽しみですね」

 他の側妃達も苦笑しながら頷き、それからは当初の険悪な雰囲気よりかなりましな状況でお茶会は無事終了し、側妃達は何冊かの本を借り受けてそれぞれの部屋へと戻った。


「母上、王妃様の部屋でのお茶会はどうでしたか?」

 部屋に戻るなり、息子のグラディクトが尋ねてきた為、ディオーネは無表情でソファーに座った。

「どうもこうも……」

「そんなに不愉快でしたか?」

 不自然に言葉を濁した母を見て、グラディクトが渋面になったが、同行して行った侍女が傍らのテーブルに借りた本をさり気なく置くのを見ながら、彼女は苦笑しながら言葉を継いだ。


「いえ、不愉快ではあったけど……、確かに、楽しくもあったわ」

「はぁ? それはどういう事ですか?」

 怪訝な顔になったグラディクトだったが、彼女はその疑問には答えないまま、考えを巡らせ始める。


「それにしても……。あの口振りだと、エセリアという娘、王妃に相当気に入られているみたいね」

「母上?」

「もし首尾良く事を運べたら、王妃は勿論、エセリア嬢のシェーグレン公爵家に加えて、王妃の実家のキャレイド公爵家や、王妃の姉妹が嫁いだ家にもグラディクトの後見をして貰えるわ」

「あの……、どうかされたんですか?」

「早速お兄様に詳細を調べて貰って、手を回して貰わないと。上手く行けば、これでアーロンより一歩も二歩も有利になれる」

 ぶつぶつと独り言を漏らしている母親に対して、グラディクトが心配そうに声をかけたが、そんな息子を鋭く見据えながら、彼女は力強く宣言した。


「この国の次期国王はグラディクトよ! 絶対に、私がそうしてみせるわ! 見てらっしゃい、レナーテ! あなただけには、絶対負けないわ!!」

 そうして「おほほほほ」と高笑いし続ける母親を、グラディクトは侍女達と共に、諦めきった表情で暫くの間見守り続けた。

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