(14)ワーレス兄弟の動揺
いつものように夕刻になり、ワーレス家の面々は食堂に集まったが、最後にやって来たラミアがテーブルの片隅に4冊の本を置きながら笑顔で告げた内容を聞いて、その場は一気に盛り上がった。
「ごめんなさい。皆に話すのをすっかり忘れていたけど、昨日からこの本を売り出しているの。皆に一冊ずつ渡すから、気が向いたら読んでみて頂戴」
その台詞に、まず息子達が反応した。
「え? まさかコーネリアお嬢様の?」
「もう売り出していたんだ……。全然知らなかったよ」
「母さん! そういう事は忘れずに、ちゃんと教えてよ!」
「本当にごめんなさいね。色々忙しくて」
ラミアが椅子に座りながら苦笑いで応じると、ワーレスが同様の笑顔で妻に尋ねる。
「そう言うな、ミラン。確かに、このところ忙しかったからな。それで、お前から見てどうなんだ? 本の内容とか売れ行きは」
「とても素晴らしいわ。エセリア様の作風を《完全創作物(ファンタジー)》とするなら、コーネリア様の作風は《社会現代物》とでも言えば良いのかしら。時勢や人間の営みを、鋭く切り込んだ作品なの。出足は鈍いけれど、これからどんどん売れる筈よ」
「お前がそこまで絶賛するとは……、それに新たな作風の確立だな。さすがはコーネリア様だ。読むのが楽しみだよ」
「ええ、期待していて」
それからはひとしきり本の中身を知りたがった息子達の質問攻めにあったラミアだったが、彼女はそれらを「後で実際に読んでみて」と悉く笑顔でかわし、家族達も(食事が済んだらじっくり読めば良いか)と納得し、他の会話で盛り上がりながら和やかに食べ進めた。
その後夕食を食べ終えると同時に、ワーレスと息子達はラミアから一冊ずつ本を貰い、各自の部屋に引き籠って早速本を読み始めた。それから暫く時間が経過し、そろそろ寝ないと翌日に差し支えるという時間帯になって、申し合せたようにほぼ同時に廊下に面した三つのドアが開いた。
「あ……、お前達……」
「兄さん!」
「デリシュ兄さん! クオール兄さん!」
長兄のデリシュは同様に廊下に出て来た弟達を見て意外そうに呟いただけだったが、下の二人はデリシュの姿を認めるや否や、涙目で彼に駆け寄って盛大に訴え始めた。
「あああのっ! 僕は別に、店の経営に関わっていない事を不満になんか思っていないから!」
「僕だって! 経営方針の差も何も、まだ子供の僕がそこまで考えたり口出しするわけないよ!」
「二人とも、ちょっと落ち着け」
「大体、工房に籠ってるのは好きでしている事で! 別に冷遇されているわけじゃないし!」
「店の経営に携われないのは当然だよ! 十歳にもなってないのに、当然だよね!?」
「僕は主に作業の道具とか、必要な素材の取り寄せとかの説明をしただけなのに、どうしてあんな毒物の密輸とか、殺人の細工なんて物騒な話になるんだよ!?」
「僕だって、店で手伝いをした時の話をしただけなのに、どうして従業員を丸め込んだり弱味を握って脅迫したり、官吏に賄賂を贈って証拠をでっち上げる事になるんだよ! もう本当に、わけが分からないよ!」
自分と同様、律儀に最後まで本を読み切った上で、激しく動揺している弟達の頭を両手で撫でながら、デリシュは疲れたような表情で優しく言い聞かせた。
「いいから、二人とも落ち着け。お前達に悪気は無いのは分かっているし、本に書かれた内容とかも実際にするような人間じゃないと、俺は分かっているから」
「兄さんっ……」
「デリシュ兄さん、ありがとう」
「うん……、本当に、俺は良いんだ。俺は……」
「……え?」
「どういう意味?」
何とか涙を引っ込めつつ、気持ちを落ち着かせたクオールとミランだったが、何やらデリシュが遠い目をしながら黄昏ているのを見て不思議に思った。その視線を受けて、デリシュが溜め息を吐いてから、その理由を説明する。
「あのな……、コーネリア様に全面的に協力して店舗を見学させて、俺達以上に気合いを入れてお嬢様とお話していた父さんが、本編開始後三ページ目で不審死しているんだぞ? あ、勿論父さんが死んだわけじゃなくて、父さんがモデルになった主人公の夫だがな」
「…………」
沈痛な面持ちで語られた内容に、クオールとミランは無言で顔を見合わせた。
「実質、ほんの数行しか書かれなかった父さんが不憫すぎて……。父さんの心情を考えたら、俺がどう書かれようと別に構わないから」
デリシュがそう告げると、弟二人は真顔で頷く。
「確かにそうだね……。暫くは父さんに、優しく接するようにするよ」
「うん。叱られても口答えなんかしないで、おとなしく頷いておくから」
「そうしてくれ。今回は本当にコーネリア様の想像力に驚かされたが、それ以上に母さんの商魂に恐れ入ったよ。父さんやワーレス商会が周囲から多少変な目で見られても、あの本は売れると判断して平然と売り出したんだから」
「母さん……、根っからの商売人だな。それにコーネリア様は、やはりエセリア様の姉上だ」
「母さんも恐いけど、コーネリア様はある意味、エセリア様や母さん以上に厄介な人だね」
そこで三兄弟は二人の女性に対する共通認識を新たにしつつ、彼らの父親の心情を思って密かに涙したのだった。
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