(13)予想外の展開

「主人公が夫を失った悲しみに暮れる中、店の内外で不審な出来事が頻発し」

「あの……、アラナ?」

「後継者と見られていた長男が密輸をしており、更に密輸した毒物で父親を殺害したとの密告があり、関与を疑われた長男が逃亡の挙げ句、事故で死亡」

「お願い、ちょっと待って」

「ですがそれは長兄とは異なり、小さな支店しか任せて貰えずに父親と長男に対して不満を溜め込んでいた三男の謀略で、長兄の関与の証拠をでっち上げた上、『ほとぼりが冷めるまで身を隠した方が良い』と兄を丸め込んだ末の出来事だったのです」

「アラナ、それって……」

「しかも様々な商品に紛れ込ませて本当に密輸をしていたのは、父親から商才が無いと判断されて冷遇されていた次男で、長男が逃亡に使った馬車に密かに細工をし、事故に見せかけて殺害していたのです。更に弟である三男が証拠をでっち上げた事を暴露した上、罪悪感に耐えきれずに父親を殺害した毒をあおって自殺したように見せかける工作まで行いました」

「…………」

 どこか遠い目をしながら語るアラナの耳には、控え目なロージアの制止など届かないらしく、彼女は淡々と説明を続けた。それでロージアも話を遮るのを諦め、おとなしく終わるのを待つ態勢になる。


「それで、邪魔な父親と兄弟を纏めて葬り、傍目には悲しみに暮れながら店の後継者として順風満帆な人生を踏み出す筈だった次男ですが、主人公が鋭い洞察力と周囲の助けを借りて真実に到達し、深く葛藤するのです。『例え恐ろしい殺人鬼だとしても、たった一人残った我が子。しかもこんな醜聞が表沙汰になったら、せっかくここまで築き上げた店を潰すことになる』と……」

「……それでどうなったの?」

 そこでアラナが、まるで主人公のように思いつめた表情で口を閉ざした。そこでロージアが思わず声をかけると、彼女が真顔で答える。


「主人公は断腸の思いで息子を自ら告発し、次男は母親に対して怨嗟の声を上げながら投獄されます。その後、主人公は従業員全員に十分なお金を分け与え、店を畳んで無一文で、独り故郷に戻るのです」

 その結末を聞いたロージアは、感嘆と呆れが入り交じった微妙な表情で応じた。


「なかなか壮絶な話なのね……」

「そして主人公が故郷の大地を踏み締めながら、『ここを出た時は、この身一つと若さしか持たなかった。今は若さは失ったが、それと引き換えに幾つも得難い経験をしてきた。またきっと、ここから這い上がってみせる』と、強い口調で再起を誓うのです」

「こう言ってはなんだけど……。そのような話、売り物になるのかしら……」

 かなり懐疑的な顔つきになりながらロージアが正直な感想を述べたが、アラナは軽く首を振ってその懸念を打ち消した。

 

「私的な感想ですが、先入観無しに読むなら、とても素晴らしい作品だと思います。予想を裏切る先の読めない展開、それでいて荒唐無稽とは感じない臨場感溢れる描写、加えて登場人物の心情を事細かく書ききっておられて……。エセリア様がお書きになった作品とはまた別の意味で、感情移入して読める作品ではないでしょうか」

 それにロージアが、溜め息を吐いて応じる。


「モデルになった方々の事を知らなければ……、の話よね?」

「……はい。もう本当にあれだけ良くしていただいた皆様に対して、申し訳なくて申し訳なくて……。あの本を読んだ方々が、ワーレス商会に対して変な先入観を持ったりはしないかと、もの凄く心配ですし……」

 そう訴えると同時にがっくりと項垂れたアラナに、ロージアは心の底から同情した。そして気に病んでいる部下を宥めるべく、できるだけ穏やかに声をかけた。


「アラナ……。登場人物の名前は変えているし、ワーレス夫妻のお子様達は下のお二人はまだ成人もしていない筈だから、年齢とかも変えているのよね?」

「はい、勿論です」

「それに、出版部門の責任者がワーレス夫人と伺っているし、彼女がきちんと目を通した上で出版するのよね?」

「そうなっています」

「それならこれを販売した場合、ワーレス商会の運営に支障を来すと判断したなら、ワーレス夫人が止めさせるでしょう。そうなっていないなら、特に問題が無いと判断されたという事だわ。その内容についてあなたの責任では無いし、気に病む必要はありませんよ?」

「はぁ……、確かにそうかもしれませんが……」

 まだすっきりしない表情で曖昧に頷いたアラナに対して、ロージアは辛抱強く言葉を重ねた。


「強いて言えばそのような作品を書いたコーネリア様の責任ですが、本(もと)をただせばお嬢様に本を書くことを許可した旦那様の責任になります。単なる随行の専属メイドが、負う責任ではありません。そこは勘違いしないように」

「……はい」

「今回の事で、ワーレス商会の方々が気を悪くする事はないかとは思いますが、ご迷惑をおかけしたことは確かでしょう。詳細を私から旦那様にお伝えして、近日中に内々にお詫びをして貰うようにします。後の事は私が引き受けますから、あなたはこれ以上悩まないでお休みなさい」

「分かりました。メイド長、よろしくお願いします」

「ええ、任せておいて」

 強い口調で言い聞かせると、アラナは漸く吹っ切れた顔つきで頭を下げ、それを見たロージアは安堵しながら表情を緩めた。

 それから二人は冷めたお茶を飲んでから各自の部屋に戻って行ったが、すっきりした表情のアラナとは対照的に、ロージアは(先程の話を、公爵様にどう伝えたものかしら)と、本気で頭を抱える事となった。

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