(11)ささやかな助言

 結局参加者を集めることができず、音楽祭の話は立ち消えになったものの、その後もグラディクト達は悪あがきを試みては企画倒れに終わったり、誰にも相手にされないまま無駄に日々を過ごしていた。


「音楽祭の話が流れてからというもの、アリステアの有能さを周囲に知らしめようとしても、全く実現できずに歯痒いばかりだな」

統計学資料室でモナとして顔を合わせた時、グラディクトが憮然とした表情で言い出した為、シレイアは神妙に頭を下げた。


「万人に賛同してご納得頂ける企画を立案する事ができず、誠に申し訳ございません」

「全くだ。怠慢過ぎるぞ」

如何にも面白くなさそうに吐き捨てた彼に対して、シレイアは心の中で罵倒した。


(このスッカスカ野郎……。ローダスの台詞じゃないけど、一度徹底的に殴り倒したい。大体、誰が有能だってのよ! そんな人間が補習常連者だとか、有り得ないでしょうが! いい加減、身の程を知りなさいよ!)

そんな彼女の心境など当然知らないアリステアが、困ったように取りなしてくる。


「グラディクト様、モナさんを責めないで下さい。私に、普通一般的な特技が殆ど無いのが悪いんですから。それにモナさんを初めとして、皆さんが着々と、エセリア様の悪事や不正の証拠を、集めて下さってるじゃありませんか」

「それは認める。実に良い働きをしているな。誉めてやるぞ」

「……恐れ入ります」

 つい先程とは真逆の調子の良い物言いに、シレイアは再度苛つきながらも、何とかそれを抑えてここに来た理由を口にした。


「実は今日、アシュレイからこちらを預かって参りました」

「何だ、これは?」

「先日アリステア様が、『放課後に気が付いたら制服に水がかかっていた』と、仰っていた件ですが、アリステア様が教室からこちらの統計学資料室に向かう道筋で、該当する時間帯にコップを持ったエセリア様を目撃した者がいたそうです」

 そう彼女が口にした途端、二人の表情が劇的に変化した。


「本当か!? さっさと見せろ!」

「はい、出すのが遅れて、申し訳ありません」

 そして受け取ったそれを覗き込みながら、グラディクトが怒りの声を上げ、アリステアは驚きの表情になる。


「やっぱりそうだったのか……。あの時、アリステアの制服は、かなり濡れていたからな。嫌がらせにもほどがあるぞ!」

「水をかけた人の姿は見えませんでしたけど、何かの間違いかと思っていたのに、やっぱりエセリア様の仕業だったんですか? 怖い!」

 そんな中、三人はそれぞれ全く別の事を考えていた。


(あの女は、どこまで他人を見下せば気が済むんだ! それにそんな嫌がらせなど、人品卑しい人間の所業だぞ!!)

(さすがにちょっとやり過ぎちゃったかなと思ったけど、エセリア様がタイミング良くコップを持って歩いていてくれて助かったわ。どうせ取り巻き連中が、これ位の嫌がらせをした事になっているんだろうし。本にも書いてあったから、定番中の定番よね!)

(本当に頭悪いわ、この人達……。そもそも、それだけ水をかけられたって事は、かけた人間は至近距離から狙わないと駄目じゃない。それなのに姿を見ていないなんて、矛盾極まりないわよ。それにどうしてエセリア様が、廊下をコップを持って歩かないといけないわけ? 本当に馬鹿馬鹿しいけど、エセリア様から頼まれた事を、きちんと伝えておかないと)

 そこで気合いを入れ直したシレイアは、二人に慎重に声をかけた。


「あの、最近小耳に挟んだのですが……」

「何だ、モナ?」

「剣術大会の日程が迫って参りましたが、近々接待係の皆様で集まって、打ち合わせを行うと言うのは、本当でしょうか?」

「はい、そうですよ? レオノーラさんから、お知らせの用紙を貰いました」

 事も無げに答えたアリステアに、シレイアの顔が無意識に引き攣る。


「確か長期休み前に、接待係の顔合わせの場で、何やら不愉快な事があったと漏れ聞いておりましたが……。アリステア様はそれでも、このまま接待係として参加されるのですか?」

「ええ、勿論よ! これから色々な場面で社交的な活動をしないといけないんだから、お茶を出す位できないとね!」

「はぁ……、そうでございますね……」

 打てば響くように返してきた彼女を、シレイアは何とも言えない表情で見やった。するとそれを見て勘違いしたグラディクトが、鷹揚に頷きながら自信満々に言い聞かせてくる。


「モナはその打ち合わせの席で、またアリステアが不快な思いをしないか、懸念してくれているのだな。安心しろ。その時も私がきちんと同席して、睨みを利かせておくからな!」

 それを聞いたシレイアは、心底レオノーラ達に同情しながら神妙に頭を下げた。


「それなら心配ございませんね。余計な気を回してしまいました」

「ううん、そんな事は無いわ。モナさん、いつも私の事を心配してくれてありがとう!」

「本当に、お前のような者がいてくれて、心強いぞ!」

「勿体ないお言葉です」

(心配なのはレオノーラ様を筆頭に、迷惑を被る事が確実の、接待係の皆様へのフォローなんだけど……。それにしても『社交的な活動』云々と臆面もなく言う辺り、本気でエセリア様に取って代われると思っているのよね。本当に救いようが無いわ)

 本格的に頭痛を覚え始めたシレイアだったが、気合いを振り絞って本題を口にした。


「取り敢えず、その打ち合わせの席では、皆様のお話をきちんと伺っておいた方が宜しいと思われます」

 そう控え目に忠告すると、アリステアは笑顔で力強く頷いてみせた。


「勿論よ。係の中に意地悪な人が多いのは確かだけど、それを理由に自分の仕事を疎かになんかできないわ! きちんと相手の言う事にも、耳を傾けるつもりよ」

「その通りだ。さすがアリステアは真面目で、責任感があるな」

「そんな……、グラディクト様。そんな事で一々、誉めないで下さい。人として当然の事ですから」

「いいや、その当然の事が全く出来ない上に理解できない、無教養で無礼な奴らが多過ぎる」

 そしてお約束通り、自分達の世界に突入した二人を、シレイアは白け切った目で眺めていた。


(真面目な人間は、平気で大嘘を吐いたりしないわよ! ……それにしてもどうしてエセリア様は、『良く話を聞いておくように、アリステア嬢にそれとなくアドバイスしておいて欲しい』とか、仰ったのかしら?)

 その指示を受けた時、特に疑問を覚え無かった為詳細を尋ねなかったシレイアは、今更ながら困惑したが、深く考える事無く二人に断りを入れ、長居は無用とばかりにその場から立ち去ったのだった。

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