(9)決別

 クレランス学園は二期制であり、長期休暇の前に行われる期末試験が済んだ翌週、その結果が講義棟のエントランスに貼り出された。


「カテリーナ様。期末試験成績、上位五十名の名前が発表されていますわ」

「本当ね。知っている方の名前が出ているかしら?」

 どこの教室に出向くにもそこを通る構造になっている為、それを目にしたカテリーナ達は自然に足を止めた。そしてたむろしている生徒達の頭越しにそれを目にした彼女達は、何とも言い難い表情になる。


「まあ……、ナジェーク様のお名前が……」

「私達の学年では二十三位、ですか?」

「官吏科に進む予定の平民の方々が、他に数多くおりますのに……」

「彼も来年の専科では、官吏科を希望しているとの噂もありますし、妥当な成績ではないかしら」

 どことなく不満げな周囲にカテリーナが説明すると、忽ち驚きの声が上がる。


「えぇ?」

「それは本当ですか!?」

「でもあの方は、れっきとした公爵家の嫡子ですのに」

「別に公爵家の後継者でも、官吏になるのに支障は無いでしょう? 領地の運営は、信頼の置ける家臣に任せれば良いだけの話ですもの」

(と言うか、寧ろ、能力のある人間に領地運営を丸投げして、自分は王都で社交に勤しんでいる貴族の方が、多いのではないかしら? その意味では、我が家もあまり他家を笑えないけれど)

 領地の運営管理を次兄に任せきりで、自身は王都で社交に勤しんでいる長兄の事を脳裏に思い浮かべながらカテリーナが告げると、アルゼラが胡散臭そうに尋ねてくる。


「カテリーナ様は、そのお話をどちらからお耳に入れましたの?」

「イズファインと雑談をしている時に、何かの話題のついでに聞いたのだと思うわ。それがどうかしましたか?」

「……いえ、何でもございません」

(イズファインから聞いたのは本当だけど、噂話に詳しいティナレア達からも、剣術の授業の時に色々教えて貰っているけどね。正直にそれを口にしたら、色々と言われる事は確実だわ)

 余計な事は言わずに口をつぐんだカテリーナは、相変わらずグループを形成している周囲を見回しながら溜め息を吐いた。


(入学してから結構日が経っても、貴族と平民の間に見えない隔意が存在していて、本当に残念だし鬱陶しいわ。騎士志望の女生徒達とは、そんな事は無くなったけれど)

 そんな思いを振り切るように、カテリーナは周囲に声をかけた。


「それでは皆様、これ以上見る物はありませんし、次の教室に参りましょう」

「そうですわね」

「早く行かないと、良い席に座れませんもの」

「私、一足先に行って、良い席を取って来ますわ」

 カテリーナ達を振り返りながらそう告げたファニーナが足を早めたが、その前方に他の生徒の姿を認めたカテリーナは慌てて警告した。


「ファニーナ、危ない!」

「え?」

「きゃあっ!」

 しかしそれは一瞬遅く、ファニーナは反対方向から来た女生徒の一人とまともにぶつかり、相手と共に廊下に倒れこんだ。


「いたた……」

「あなた達、怪我は無い? 大丈夫?」

「はい、なんとか」

 慌てて駆け寄ったカテリーナは双方に声をかけ、相手の女生徒は心配要らない旨を告げてきたが、ファニーナは一方的にぶつかった相手を罵倒し始めた。

「全く! よそ見をしながら歩くのは止めて! 危ないじゃない、気を付けなさいよ!」

 その言い草に、ぶつかった本人よりも、一緒にいた彼女の友人達が憤慨して言い返す。


「何を言ってるのよ! よそ見をしていたのはそっちじゃない!」

「何ですって! そちらが道を塞いでいたくせに!」

「はぁ? ぶつかってきたくせに、何を言ってるのよ!」

「どうして私が平民に、体当たりしないといけないのよ! だいたい、こちらが歩いているんだから、そちらが避けるのが筋でしょう?」

 同じ制服を着用していても、装飾品や私物で相手を平民だと判断したファニーナ達は、一方的に言いがかりをつけた。しかし理不尽にも程がある事を言われた相手は、ゆっくり立ち上がりながら、心底馬鹿にした目つきでファニーナを見やる。


「へえぇ? そちらはそんなに大きな目をしていらっしゃるのに、まるで周りが見えておられないんですね」

「本当に。人形の目と同じ、ガラス玉らしいわ」

「それどころか人形と同じで、頭の中もスカスカなんじゃないの?」

 彼女と同行していた友人達も同調してクスクス笑い出した為、アルゼラ達は益々いきり立った。


「何ですって!?」

「あなた達、失礼にも程があるわよ!?」

 この騒ぎを聞きつけて周囲に人垣ができつつある中、それを放置できなかったカテリーナは、彼女達の間に割って入った。


「こんな所で騒ぎを起こすのは止めて。取り敢えずファニーナ、あなたはこちらの方に謝って。あなたが彼女にぶつかったのだから」

 正論を繰り出したカテリーナだったが、頭に血が上っているファニーナ達はそれを聞いて激高した。


「何ですって!?」

「まず、その謝罪が済んだら、彼女の言動について」

「冗談ではありませんわ!」

「そうです! どうしてファニーナが平民などに、頭を下げなければならないのですか!?」

「あなた達は自分が悪い事や誤った事をしたら、自分の非を認めて謝罪するようにと、目上の方々から教わってこなかったの?」

「勿論、教わりましたわ」

「それは良かったわ。それなら」

「ですが、平民に頭を下げろなどとは、私、家族にも教師陣にも教わっておりません」

 アルゼラに堂々と主張されたカテリーナは、いっそ清々した気持ちで思うところを正直に告げた。


「そう……。どうやら私の家とあなたの家とでは、随分家風が異なるみたいですね」

「ええ。本当に残念ですわ。ガロア侯爵家が上級貴族に属するにしては、恥知らずな家であるのが分かりまして」

「今回、恥知らずな方に恥知らずと言われても、全く恥ずかしくないと言うことが、初めて理解できましたわ。ありがとうございます、アルゼラ様」

 嫌みにそれ以上の嫌みを笑顔で返したカテリーナを、アルゼラが遠慮などせずに睨み付ける。


「……後悔しますわよ?」

「何を、でしょうか?」

 最後まで余裕の笑みであしらったカテリーナを、アルゼラは最後に一睨みしてから、他の取り巻き達を引き連れてその場を後にした。


(清々したわ。それにしても一年位は我慢できるかと思っていたのに、私ったら意外に忍耐力が無かったわね)

 カテリーナがしみじみとそんな事を考えていると、いきなり目の前で論争が勃発して呆気に取られていた相手方が、恐る恐る彼女に声をかけてくる。


「え、えっと……」

「あの……」

「私達が言うのもなんですが、良いんですか?」

 そんな困惑顔も露わな彼女達に、カテリーナは苦笑しながら向き直った。


「あなた、怪我は大丈夫よね? 難癖を付けられるかもしれないから、暫くはあの方達の姿を見かけたら、離れた方が良いわね。それでは失礼します」

「……はぁ」

「どうも……」

 何とも言い難い顔で頷いた彼女達に会釈して、カテリーナもその場を離れた。


(これからあの人達は、好き好んで寄って来ないわよね? でもアルゼラ達が敵対視している王太子派の人間も、あっさり近寄って来ないでしょうし。暫くは静かにのんびり過ごせそうだわ)

 どう考えてもこの先、クラスで孤立する事は明らかだったカテリーナだったが、この間のあれこれで散々ストレスを溜め込んでいた彼女は、寧ろ晴れやかな表情で次の授業の教室に向かった。

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