(26)当てこすり

 終礼が終わり、担当教授が出て行った直後、教室内にざわめきが戻った。そして控え目な、またはあからさまな視線が集まるエルネストの所に、イムランが歩み寄る。


「エルネスト殿下。この度は、誠に申し訳ありませんでした」

 謝罪の言葉を口にした彼が、深々と最敬礼する。エルネストは、そんな彼を笑顔で宥めた。


「君のせいではないよ。寧ろ私の技量が足りなくて、君を含め周りの皆に迷惑をかけてしまって申し訳なく思っている」

「いえ、殿下のお相手を務めるには、粗雑な振る舞いだったと猛省しております」

「剣術の授業であれば、激しく動くのは当たり前だから。本当に気にしないで欲しい」

 二人がそんなやり取りをしている間にマグダレーナは席を立ち、彼らの目の前までやって来た。


「本当にエルネスト殿下は、周りの迷惑を省みることがない困った方であられますのね」

「マグダレーナ嬢?」

「あはは、耳が痛いね」

 呆れ果てたと言わんばかりの彼女の口調と表情に、教室内に緊張が走った。イムランが僅かに顔を強張らせ、エルネストが苦笑を深める中、彼女の容赦ない台詞が続く。


「笑い事ではございません。念のため、事実関係を確認させていただきますが、エルネスト殿下の選択科目は剣術で、本日その授業中にイムラン様と剣を交えたものの、打ち据えられて足を怪我されたわけですのね?」

 その指摘に、エルネストは軽く首を傾げながら応じる。


「今の話は、少しだけ違うかな?」

「違うとは、どこがどのようにでしょうか?」

「練習用の剣で打ち据えられたわけではないくて、イムランの剣を受け止めきれなくて倒れた時に、変に足首を捻って捻挫してしまっただけだから」

 平然と事情を説明したエルネストだったが、それを聞いたマグダレーナは声を荒らげた。


「なお悪いですわ! 何をやっておられるのですか!? 第一、王子殿下であれば乗馬とか弓術とか絵画とか詩作とか、他に選択する科目が幾らでもありますわよね!?」

「生憎と、それらには興味はなくてね。選択授業は教養科の一年間だけだし、どうせならやりたい科目にしたいだろう?」

「そんな事は知りませんわ! そもそも剣術に関して、殿下は自信がおありだったのですか!?」

「いや、全然。これまで王宮内で一応指導役が付いて一通り訓練はしたけど、それだけだし」

「それで、良く剣術を選択しようなどと思いましたわね!?」

「自信がないから、この際少しやってみようと思ったのだけど。それが拙いのかい?」

「当たり前ではありませんか!! 現に大して力量の無い殿下の相手を務めることになって、周囲が迷惑しておりますのよ!? 少しは王族としての自覚をお持ちになったらどうなのですか!?」

(全くもう! こういう我関せずのところは、あのろくでなし陛下と同類だと思わされるわね!)

 淡々と言葉を返してくるエルネストに、マグダレーナは本気で憤慨してきた。するとここで二人のやり取りを聞いていたイムランが、神妙に会話に割り込んでくる。


「マグダレーナ嬢、その辺で止めてくれないか。これは私と殿下の間の問題なのだし、部外者の君が割り込んで殿下の振る舞いについて言及する義務や権利はないと思うのだが」

 控え目に制止してきた彼を振り返ったマグダレーナは、不敵な笑みでそれに応じた。


「あら……、私はイムラン様が被ったような迷惑を他の方が受けないように、親切心で釘を刺しにきただけなのですが?」

「それが余計なお世話だと言っているのです」

「ところで、剣術を選択しているイムラン様は、それなりに腕に自信がおありなのですか?」

「それは、まあ……、それなりにありますが……」

 唐突に変わった話題に戸惑いつつも、イムランは素直に答えた。するとマグダレーナが苦々しい表情になりながら話を続ける。


「そうでしょうね。そうでなければ、剣術の教授があなたと殿下を組ませたりはしないでしょう。技量のない者同士が組んだら、何をしでかすか分かりませんもの」

「実例でもご存じなのですか?」

「……以前、兄と、その周囲について少々」

「そうですか……」

 何やら触れてはいけない気配を察したイムランは、それ以上余計な事は口にしなかった。するとマグダレーナが、含み笑いで告げてくる。


「あなた以上に、教授も真っ青になったでしょうね。まさか王子殿下を騎士科進級希望の平民と組ませるわけにはいかないと配慮した挙句、自分の授業中に怪我をさせる事態になるなんて」

「教授には、私から謝罪しておいたが」

「お黙りください。殿下にはお尋ねしておりません」

「…………」

 ここで思わず口を挟んだエルネストを、マグダレーナが一刀両断する。その容赦の無さに、教室内は完全に静まり返った。


「まあ、今回は相手が悪かった、ということなのでしょうね。ユージン殿下がお相手だったら、殿下の顔を潰さず怪我をさせる事もなく無事に終えたと思われますし」

 マグダレーナがどこか楽しげに口にすると、イムランの眉根が僅かに寄せられた。そのままの表情で、彼が静かに問い返してくる。


「……何を言いたいのですか?」

「いえ、ただイムラン様はユージン殿下の人となりや力量を良くご存知でおられそうですから、それに合った対応ができるだろうと思っただけですわ。王家への忠誠心が厚いことで知られる、ローガルド公爵家の嫡子であられるのですもの。ですが……」

 ここで不自然に言葉を区切ったマグダレーナに、イムランが怪訝な顔で尋ねる。


「何かご不審な点でも?」

「ユージン殿下にはできてもエルネスト殿下にはできない、というのであれば、ローガルド公爵家の王家への忠誠心の度合いが、透けて見える気がいたしますわね」

「…………」

 暗に、ユージンに対しては上手く手を抜けるが、エルネストに対しては大して敬意など持ち合わせていないのだろうと揶揄してきた台詞に、イムランの目が鋭さを増す。マグダレーナはそれを真っ向から受け止めたが、その視線は一瞬の事だった。




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