(27)密かなおせっかい

「そのような言われ方は、少しばかり心外なのですが」

 表情も口調も、いつもの貴公子然としたものでイムランがやんわりと返してくる。マグダレーナも先程の皮肉の色を綺麗に消し去り、穏やかな笑みでそれに応じた。


「お気に障ったのなら、申し訳ありませんでした。謝罪が必要でしょうか?」

「いえ、配慮不足で殿下に怪我を負わせてしまったのは事実です。忠誠心に欠けると言われても、反論するつもりはありません」

 そこで再度エルネストが、困惑気味に口を挟んでくる。


「いや、だからそんな大げさには」

「お黙りくださいと、先程お願いいたしましたが?」

「…………」

(お願いではなくて、実質的な命令ではないだろうか……)

 眼光鋭くマグダレーナが睨みつけ、流石にエルネストが口を噤む。周囲の者達が固唾を飲んで事態の推移を見守る中、ここでマグダレーナが話の流れを変えた。


「それでは、この話はこれくらいにして……。エルネスト殿下。お伺いしますが、殿下はこれまで捻挫や打撲傷を負われた経験がおありですか?」

 唐突に問われたエルネストは、怪訝な顔になりながらも素直に答えた。


「え? いや、初めてだが。それが何か?」

「それではその処置法なども、全くご存知ないのですね?」

「ああ。だから医務室で、医務官に処置して貰いながら一通り教わってきた」

「それは、持参してこられた紙袋で分かります。その中に湿布の材料と包帯が入っているのですよね?」

 そこでエルネストは、不思議そうに問い返す。


「その通りだが……、妙に詳しいね。君はこれまでに、この類の怪我をした経験があるのかい?」

「ございませんが、兄がしたことがありますので。それらの処置に関しては、直に目にする機会がありましたから」

「なるほど、そうか」

(本当に……、思い出すだけで苛ついてくるわ。あの時、ミレディアとエルシラは階段から転げ落ちて怪我をしたという説明を信じ込んでいたけど、どう考えても余計な事に首を突っ込んで乱闘に巻き込まれたか、面白半分に喧嘩をふっかけて返り討ちにあったか、そうでなくてもろくでもない行為の結果であそこまでボロボロになったのに決まっているわよ!?)

 かつて夜中に全身痣だらけ、切り傷擦り傷だらけで屋敷に帰還した兄の姿を思い出したマグダレーナは、内心で憤慨した。するとここで、控え目に声がかけられる。


「その……、マグダレーナ嬢?」

「どうかしたのかな?」

「はい? どうか、とはどう意味でしょう?」

 イムランとエルネストに揃って問われ、彼女は不思議そうに問い返した。すると彼らは一瞬顔を見合わせてから、エルネストが真顔で告げてくる。


「今、何かもの凄く怖い顔をしていたけど」

「余計なお世話です!! 放っておいてくださいませ!!」

 思わず怒りが振り切れたマグダレーナは、盛大にエルネストを叱りつけた。そのままの勢いで、教室内をぐるりと見回しながら声を張り上げる。


「全くもう!! このクラスでエルネスト殿下と同じ寮で、怪我の処置に詳しい方はおられませんか!?」

 その呼びかけに、一人の生徒が軽く手を挙げながら恐る恐る申し出る。


「あ……、ええと、その……、俺、じゃなくて、私が、殿下と同じ寮内に部屋がありますし、騎士科志望で怪我の処置にも慣れていますが……」

 その彼を振り返ったマグダレーナは、若干高圧的に言い聞かせた。


「それならあなたが、殿下の怪我の処置をしていただけないかしら? この何につけても初心者の殿下に、きちんと自分の怪我の処置ができるとは思えませんもの。用意された膏薬を布に塗って、それを患部に貼り付けた上で包帯で固定するような作業が、この方にできると思います?」

「え、ええと……、それは……」

 確かに難しそうだなとは思ったものの、正直に口にしたら王族への不敬罪にならないだろうかと懸念した彼は、困ったように視線を彷徨わせた。しかしマグダレーナは容赦なく畳みかけてくる。


「中途半端に処置をして回復が長引いてしまったら、迷惑するのは周りの方ですわ。下手すれば、教授方の責任問題にも発展しかねない事態ですもの。特に初期の対応が重要になりますわよね?」

「確かにそうですね。分かりました。殿下、差し支えなければ、私が部屋にお伺いして湿布を交換いたします。熱を持っていると乾いてくるので、今日は夕食前と寝る直前の二回好感しましょう。後は明日の朝と、様子を見て昼休みに交換するようにしますので」

 マグダレーナの指摘に、彼は納得して頷いた。そしてエルネストに申し出ると、神妙な言葉が返ってくる。


「ええと……、それならリュージュ。面倒かけて悪いけど、お願いしても良いかな」

 それを聞いたリュージュは、かなり驚きながら言葉を返した。


「大した手間ではありませんからお気遣いなく。でもまさか、殿下に名前を憶えていただいているとは思いませんでした」

「どうしてだい? 同じクラスだから、さすがに顔と名前は一致しているよ。リュージュ・マルクスだよね?」

 真顔で語りかけるエルネストに、平民の自分の名前をきちんと憶えて貰っていたことに感動しながら、リュージュは笑顔を返した。


「はい、そうです。処置の方はお任せください」

「うん、よろしく頼むよ」

「それでは寮に戻りましょうか。殿下は杖をついていますから、私が鞄を持ちますよ」

「鞄くらい持てるけど」

「バランスを崩して転倒したりしたら、余計な怪我を増やしてしまいますよ?」

「そうか。じゃあ大事を取って、お願いしようかな。これ以上不用意に怪我を増やしたら、マグダレーナ嬢に叱責を通り越して罵倒されそうだから」

「……何ですって?」

「それじゃあ、皆、また明日。騒がせてしまってすまなかったね」

 一気に意気投合したエルネストとリュージュは、そのまま楽しげに語らいながら教室を出て行った。それを見送った周囲は、緊張から解放されて安堵しながら帰り支度を始める。


(最後の一言は余計ですわ!! 本当にお兄様以上に、腹の立つ方ね!?)

 内心で苛つきながら自身の鞄を取り上げたマグダレーナは、微妙な視線の中、臆せずにドアへと向かう。そのまま廊下に出ようとした時、ドア付近にいたディグレスがすれ違いざまに囁いた。


「わざとするのも、ほどほどにしておけ」

「……………」

 しかしマグダレーナは足を止めたり振り返ったりはせず、そのまま無言で廊下に出て行く。


(なるほど。ただ唯々諾々と、王子の側付きをやっているわけではなさそうね。それなりに観察眼はありそうだわ。それにイムラン様も、ああ見えてなかなか気骨がありそうだし……。色々不確定要素が多くなってきたわね)

 今回の事で、王族に対しても容赦がないとの評価が下されそうな気配にも、マグダレーナは微塵も動じることはなく、寧ろ機嫌を良くしながら寮の自室へ戻って行った。





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悪役令嬢の怠惰な溜め息 篠原 皐月 @satsuki-s

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